第4話 創像者

「……しかしどうしたものかな」


 ひろみは困り果てる。

 目の前の怪物の倒し方を考えているうち、自分が今置かれている状況を振り返っていた。

 トラックに撥ねられて短い生涯を終える所を、異世界とはいえ生き返らせて貰った事にはほんの少しだけ感謝していた。

 しかし、これから勇者として生きていかなければならないという現実はまだ16歳の陰キャ少女には少し重かった。


「あーくん残してしまったのは気懸かりだけど、もうどうしようもないし……せめてここがもう少しファンタジーっぽい世界だったら良かったのに……なんで町田に転生なんか……」

「どうされました?」


 ベルモッドが不安げな顔で訊く。


「あ、えーと」


 ひろみはベルモッドの顔をまじまじと見る。

 このイケメン青年騎士はこちらでは有力者。もし勇者として活躍すればこのイケメンの玉の輿に預かれる可能性も大である。元の世界の文明の利器に預かれないのは心残りだが、陰キャでモテない人生を過ごすくらいならこの世界にいた方か遙かにマシである。


(――ならば勇者として期待に応えるしか無いっ! 勝ち組になるしか無いっ!)


 それにはまずこの魔界の怪物を倒す方法を考えなければならないのだ。

 オネェ神から授かった力を如何に駆使するべきか。


「えーと、わたしが識ってるモノが具現化出来る……だっけ」


 ひろみは今にも時空の穴を突き破ってきそうな牙這髑髏サイデルを見た。


「……核ミサイルとかぶち込めば良いのかしら」

(おいよせやめろ)


 たまらず真顔でツッコむオネェ神。


「でもぉ、こんな怪物、戦車の砲弾とか効きそうに無いし」

(つーか、アンタ、核兵器の仕組みとか識ってんの?)


 訊かれてひろみは暫く傾げ、


「スッゴイ火薬で放射能まき散らして爆発する奴」

(識らないのに適当な事言わないの。アンタの能力はアンタ本人が知識として体得しているモノを具現化するのよ。いわば記憶の具現化。さっきアンタが乾いた制服を具現化出来たのはそれを日頃から着てて覚えていたからよ)

「なるほど。――ってそれじゃ伝説の聖剣どころか鉄砲すら具現化出来ないじゃんっ!」


 どぉぉん。牙這髑髏サイデルから放たれた衝撃波が駐車場内に轟音となって響き渡る。ひろみは溜まらず耳を指で塞いだ。


「不味いっ! もう空間が限界だ、あの怪物がこちらの世界へ突破してやってくる! 勇者殿、何か案はありませんかっ!」


 ベルモッドとその部下たちが牙這髑髏サイデルの出現に備えて身構える。もはや時間の問題であった。


「怪物……?」


 ひろみの顔が閃いた。


「……ああ、そうか、。ねぇオネェ神?」

(あによ?)

(具現化のこと? そりゃあアンタが知識として持ってるなら……)

「分かった」


 頷いたひろみは構えるベルモッドたちの前へ進んだ。


「勇者殿! 何か策がおありか?」


 ひろみがそう呟いた瞬間、ひろみの正面に巨大な光球が出現し、光の粒子を散らせて爆発する。

 ベルモッドたちはひろみがそこに具現化したモノを見て唖然となった。

 一枚一枚が鎧のような白く輝く鱗に覆われた一頭の巨龍。

 それが牙這髑髏サイデルが出現しようとしている空間の前に立ちはだかったのである。


「さぁ、あーくんやっちゃって! 滅びのバーストぉ」


 ひろみが言い切る前に、あーくんと呼ばれたその巨龍の顎から爆音が轟き大量の荷電粒子が放たれる。地下駐車場は一瞬にして白色の世界に塗り替えられ、そこにあった空間の穴ごと牙這髑髏サイデルの身体を虚数の世界へ消し去ってしまったのである。

 巨龍の光の咆吼は空間を粉砕したのみならず、地下駐車場の天井をぶち抜き、魔導具量販店バシの建物を半分吹き飛ばした上にその裏にあったいくつかの建物も光に変えてしまった。


「流石はわたしはの愛しいペットの究極白龍あーくん。いつもながら惚れ惚れするわねぇアルティメットブレス……ってあれ?」


 牙這髑髏サイデルを一蹴してご満悦だったひろみは、しかし後ろでどん引きしているベルモッドたちに気づいて傾げた。


「どうしたの?」

「ひ……ひろみ殿……その……怪物は……?」

「ああこの子? わたしのペットよ」


 ひろみは顔をすり寄せてきた巨龍の頬を嬉しそうに撫でながら応えた。


「ぺ……ペットぉ?」

究極白龍アルティメットドラゴン、愛称あーくん。夜店で売られていた子龍の頃から育てていた可愛い子なんだよ……ってあれなんでみんなどん引き?」


 異様な空気に気づいたひろみは、酷く困惑しているベルモッドたちを見て戸惑った。


「……あれ? やり過ぎちゃった? あーくんのブレスの威力凄くて時々うちの壁ぶち壊して困っていたけど今回は仕方無いよねあんな怪物相手じゃ」

「……というか、ですね」


 ベルモッドが引きつった顔で訊く。


「はい?」

「……飼われていたのですか……そ、それを」

「うん。ペットショップでも売ってる一般的な番龍だけど」

「ばんりゅう」

「うん番龍」

「一般的」

「子供のお小遣いでも買えるくらいだけど」

「……その、ですね」

「はい?」

「……こちらの世界には……龍なんでいないのですが」

「さっきそんなこと言ってたよね。ファンタジーらしく山奥の洞窟に住む伝説の怪物なんでしょ?」


 するとベルモッドは頭を振った。


「いえ……

「え゛――


                つづく

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