第3話 回廊の飛び地

 ひろみは見慣れているはずの光景が凄まじい情報量となって襲いかかっている事にようやく気づいて立ちくらみがした。

 ふと、ひろみはベルモッドたちを見る。

 ベルモッド本人はひろみに近い種族というか人間族であろう、ベルモッドの部下には、耳の長い美形のエルフや髭もじゃのドワーフ、そして小人のホビットと、ファンタジーものではお馴染みの面々がいて、いずれも西洋鎧に身を包み、槍や剣、弓を携えていた。

 この光景、普通に考えたら町田駅前でファンタジーもののコスプレをしているアレな集団にしか見えない。

 しかしひろみが先ほどから気にしている、外装はまんまヨ○バシカ○ラ町田店なのに、魔導具の量販店バシの店内には家電のかの字も見当たらず、恐らく呪文が書かれたものであろう巻物や、呪文が刻まれた刀が並んでいるのである。更に奥には装飾品とおぼしき石像鬼ガーゴイルまで鎮座していた。

 この異世界町田は、街並みの見た目は日本そのままのファンタジー世界というタチの悪い冗談みたいな異世界なのだ、とひろみは理解せざるを得なかった。


「……とはいえ……あの遠くに見えるす○家は何を売ってるんのかしら」

「ひろみ殿、まさか召喚でお疲れなのでしょうか」

「見て分かりませんかしらっ?」


 ひろみはそろそろ現実に限界を感じていた。


「それは困った……事態は急を要しておるのです」

「事態?」

「はい」


 頷いたベルモッドは、魔導具量販店バシを指した。


「実はあの店の奥でやっかいな怪異が起きてまして」

「怪異?」

「ええ」


   *   *   *   *   *


 ベルモッドの案内で、ひろみは店の横にある大きな入り口から地下にある駐車場へ立ち入った。

 駐車場と言ってもひろみが識る、ガソリンを燃料にした燃焼機関エンジンで動く自動車ではなく、客や荷物を運ぶ馬車を止める広間であった。


「なんか地下迷宮ダンジョンの入り口っぽいね」

「入り口は地下にありますが、その先に、地上にある空中回廊へ通じる登り道があるのですが――本来は」


 険しい顔をするベルモッドが広間の奥を指す。そこには確かに登り坂が見えるのだが、しかしその手前がどうも薄暗い。否、薄暗いのでは無く、


「……穴?」


 ひろみは眼鏡を外して裾で拭いてかけ直し、もう一度目を凝らした。

 錯覚では無く、確かにその手前にはいくつかの空間に出来た穴が存在していたのである。


「空間の穴?」

「正確には――導士たちの観測によるとですが、魔界に通じる穴だそうです」

「魔界」

「はい。この町田という土地はかつて、魔人たちが住む魔界との戦争に勝った人類が領土として獲得したと言う経緯がありまして」

「ベルモッドさん、質問、良い?」

「はい?」

「その魔界って、相模原とか神奈川とか呼ばれてる?」

「そんな、相模原は隣国、山岳信仰国家神奈川の地名ですよ、魔界とは無関係です」

「流石に“町田は神奈川”ネタは無いか、はははっ」


 思わずやけくそ気味に笑うひろみ。ベルモッドはそのノリについて行けなくて戸惑った。


「と、兎に角ですね、この回廊の所々に出現している魔界の穴が――」


 ベルモッドがそう言いかけた時である。

 手前の穴から凄まじい咆吼が聞こえてきた。


「な、何、ドラゴン?」

あれは魔界の巨獣、牙這髑髏サイデルです」

「何それ――ナニアレ」


 ひろみは穴の向こう側に通じているであろう魔界で暴れ回る白い髑髏の怪物に気づいた。全身を骨で構成した、生物とは到底思えないそれは、穴に何度も体当たりを仕掛けてこちら側へ出てこようとしているようであった。


「あいつ、こっち側へやってこようとしているの?」


 壮絶な光景を前に唖然とするひろみに、ベルモッドは説明を続けた。


「先ほども申しましたが、この町田は魔界から獲得した領土が故に、こうして時折不安定な空間が出現して、魔界の飛び地が生じやすくなっています。ひろみ殿が現れた境川の沿岸にもいくつかその飛び地はありますが、まだここよりは安定していて」

「やっぱり境川って名前なんだあの川」

「あ、はい」


 ベルモッドは暴れ回る魔界の怪物を前に、唖然としてはいるが臆した様子も無く牙這髑髏サイデルを見ているひろみに、流石勇者と感心した。


「この回廊はどうやら特異点的な地帯のようで、かねてより回廊を移動するたびに魔界になったり現界になったりと厄介な事が続いておりましたが、先日からあの牙這髑髏サイデルが現れるようになってから空間が不安定になってしまって……あんなバケモノ、我々ではどうにも対処出来そうになく、女神様にご助力を願った次第です」

「気軽に言ってくれてさぁ……」


 ひろみは困り果ててるベルモッドたちに同情はするが、こんな怪物自分の手でどうやって倒すのか悩んでしまった。

 ひろみたちがもてあましている間にも、牙這髑髏サイデルの暴れぶりは激しさを増し、今にも次元を突破してこの穴から出現しそうであった。


                      つづく

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