第2話 町田駅南口で会いましょう

 ぽしゃん。

 異世界町田へ転生した勇者、蓮埜ひろみは浅瀬の水たまりに落ちて戸惑った。


「な、なにここ」

「おおっ、貴女が勇者殿ですか」


 声が降ってきた。ひろみが顔を上げると、それは橋の上から見下ろしている人物が発したモノだと分かった。


「あ……ここもしかして、川?」


 ひろみは辺りを見回すと、少し深めに掘られた堤防に挟まれた川の中にいる事に気づいた。


「飛んだところにやってこられましたな。この時期の境川は浅瀬で良かったです、向かいに堤防用のはしごがあるのでそれで上まで上がってこられませんか」

「あ、はい」


 ひろみは声の言う通りに、向かい側に見つけたはしごを登って川の上に出た。


「勇者殿はびしょ濡れだ、直ぐ代わりの服を用意せよ」


 びしょ濡れでうんざりしていたひろみは、橋の辺りにいた人だかりからさきほど聞いた声の主を見つけた。高価そうな宝飾がちりばめられた鎧を着た、くるっとした天パーの髪を端正な顔に冠するイケメン青年騎士だった。どこか高貴そうな雰囲気を漂わせて、正直言ってひろみのタイプであった。


「わたしの白馬の王子様っ!」

「は、はい?」


 突然奇声を上げるひろみに青年騎士は怯んでしまった。 


「あ――ああああああああああああああ」


 ひろみは我に返ってやらかしたことに気づきその場に蹲って頭を抱えてしまう。

 青年騎士は挙動不審すぎるひろみを暫く険しそうに見ていたが、敵意が無いことを理解したのか恐る恐る声を掛ける。


「だ、大丈夫ですか?」

「あの……失礼しました……あの、もしかしてオネェが言ってた王様ですか?」


 ひろみは気まずそうな顔のまま立ち上がり、萎縮したまま青年騎士たちの方へ歩み寄りながら訊いた。


「王様?」

「王子様でもOKです!」

「いや、我はベルモッド・ドゥエ・ゼルビアと申します。王都の聖帝からこの町田を統治よう任されております」


 ベルモッドと名乗るこの場の最高責任者らしき青年騎士はそう応え、ひろみに握手を求める。ひろみも応じて手を差し出そうとしたが塗れて汚れた手に気づき、スカートのポケットからハンカチを取りだして拭こうとするがそれも塗れていて思わず仰いだ。


「はは、お気になさらずに」


 ベルモッドは手甲を外し、濡れたひろみの手をかまわず取って素手で握った。その暖かくマメのある嘘の無い掌にひろみはどこかほっとした。


(ていうかこんなイケメンと握手出来るなんて異世界転生も悪くない……デュフフ)

「??」

 

 ベルモッドは妙な気配を放ちながら笑うひろみにに気づいて少し戸惑った。


「……あの、そろそろ手を」

「あ、はいっ」


 ひろみは慌てて、しかし名残惜しそうに手を離した。


「女神様から話は来ております。勇者ひろみ殿ですね、お待ちしておりました! 流石、異世界の町田の方、想像通りの方で安心しました!」


 うれしそうに言うベルモッドに、ひろみは引きつった笑顔で応えた。


(……オネェ神、いいの本当にコレ 私知らないよ?)

(いーんだよ細けぇ事は)


 ひろみが頭の中で訊くとオネェ神は無責任に応えた。


「来て早々で申し訳ありませんが、既にお聞きのことでしょうが火急の問題が起きておりまして――おいまだ着替えは用意出来ないのか?」

「あ、自分でなんとかします。――えーと、『創像者クリエイター』、だっけ?」


 ひろみはそう唱えると、ずぶ濡れだった服が光り輝いて一瞬にして乾いた。それを見てベルモッドたちが驚く。


「……勇者殿、今のはいったい?」

「ひろみで良いですよ、堅苦しいの好きじゃ無いから。乾いた服を想像しただけで――なるほど、こう使うのか」

「そうですか……ではひろみ殿、早速ですがご助力願い……どうされました?」


 ふと、ベルモッドは辺りを見回して困惑しているひろみの様子に気づいた。


「あの、質問、良い?」

「どうぞ」

「ここ、町田ですよね」

「はい、町田ですよ」

「それは分かるんですが」

「はい?」

「ここ、異世界の町田ですよね?」

「異世界……ああ、そちらから見れば異世界ではありますか」

「というか、ですね」


 ひろみは辺りをぐるっと指さした。

 川を挟んだ向かいにはその手のホテル街、手前には明らかに電車の駅らしき建物と、そして、


「なんでヨド○シカ○ラあんのっ!」


 ひろみは手前の建物を指して日本で有名な大手家電量販店の名前を叫んだ。


「向かいにはデ○ーズがあるしっ! どうみてもここ日本じゃね?!」

「と言われても……」


 ベルモッドは部下たちと顔を見合わせて戸惑う。町田駅南口に西洋鎧姿の集団がいる光景は流石にシュールではあるが。


(だから地の利に明るい町田住人の勇者を所望したのねぇ)

「オネェ神、他人事のように言ってるけどあんた大失態の自覚ある? ちゃんとリサーチした?」

「ひろみ殿、何か申されましたか?」

「その、あの……オネェ、もとい女神とちょっとオンラインで話してて」

「素晴らしい! お声しか聞いたことが無いのですが女神様とご面識があるとはうらやましい、さぞ美しいお方なのでしょう」

「知らぬが仏……」

「はい?」

「イヤ別にっていうか、なんでここまんま町田ぁ? このヨ○バシは何? そこのデ○ーズはファミレス?」


 ひろみがまくし立てると、ベルモッドは困惑した顔で傾げる。


「……ひろみ殿の世界では我々の文字はそう読むのですか」

「文字? 読む?」

「ひろみ殿がヨド○シと呼ばれているその建物は魔導具を販売する帝都の大型量販店バシと言う名前です」

「バシ」

「駅の反対側には競合店のビクがあります」

「ビク」

「そこのレストランも近い名前でデニと申しますが……」

「じゃあ、この駅の名前はまさかマチ」

「いえ、町田駅です」

「そこはそのままかいいいいっっっっっ」 


                つづく


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