町田転生。

arm1475

第1話 異世界町田に喚ばれた。

 黄昏色の世界で蓮埜はすのひろみは自ら置かれている状況を把握しようと考え唸り続けていた。|


「あー、無理もないわねェ、転生者は死んでここ来るとみんな戸惑うから」

「いやそっちじゃなくて」


 ひろみはそう言って、先ほどから自分をじろじろ見ながら値踏みしている巨漢を指した。


「もしかして、オネェ?」

「あによぉ、ちんちんなんかとっくの昔に取っちゃったわよっ!」


 どう見ても究極まで仕上がったボディビルダーのタチの悪い女装にしか見えない、自称「転生のコンサルタント女神」はキレッキレのポージングを取りながら顔を歪めて――恐らくコレが笑顔なのだろうが、反論した。


「とにかくアンタは死んだの。そしてここで新しい世界で転生して生きるためのレクチャーを受けているのよ」

「えー?」


 困惑するひろみの前で、女神ならぬオネェ神はコ○ヨのバインダーを広げてそこに記載されているデータをなぞりながら説明を始めた


「蓮埜ひろみ……ショートカットに丸い眼鏡が似合う着痩せする16歳、職業女子高生、彼氏いない歴イコール年齢」

「うるさい黙れ、彼氏いなくても死なないわよっ」

「でも死んじゃったし」

「うええ……」


 辛辣なオネェ神の言葉にひろみは泣き出してしまった。


「陰キャはコレだからメンタル弱いのよ……ほら、泣かない泣かない、若いんだから異世界行ったら白馬の王子様と出会えるチャンスはいくらでもあるわよ。職業勇者よ? 花形よ? モテモテよ?」

「……モテモテ?」


 今のワードにひろみは反応して速攻で泣き止んだ。モテないことによほどコンプレックスを抱いていたらしい。


「そう、モテモテ」

「モテモテ……デュフフ」


 ひろみの不気味な笑い方にオネェ神は僅かにその太い眉をひそめるが、構わず話を続けた。


「えーと出身は東京。死因は……あの二人もそうだったけど、どいつもこいつもトラックよねぇ、怖い怖い」

「あ、やっぱり撥ねられたんだ」

「あら、アンタ自分が事故に遭ったこと覚えてんだ」

「てっきり夢かと」


 ひろみはそう言って掛けていた眼鏡を外してハンカチで拭いた。そしてくるっとしたあどけない瞳でレンズを隅々まで見て傾げてみせる。


「確か、の餌が切れたから近所のコンビニへ買いに行った時に横断歩道で信号無視のトラックに……」

「わたしのペットの名前よ。凄く可愛いんだから……ってあれ? トラックに撥ねられたなら、なんで眼鏡割れてないの?」

「アタシが直しておいたよん、サービスサービス」

「だったら生き返らせてくれてもいいのに……」

「死ななきゃここに呼べないわよ」

「ここ……」


 ひろみが辺りをまた見回し始める。

 だだっ広い、そして何も無い黄昏色の空間である。恐らく視界には世界の果てすら見えていないのであろう。気の遠くなりそうな世界であるが、目の前のボディビルダーなオネェ神に全部興味を持っていかれているのでそれほど気にはならなかった。


「さっきも言ったけどここは転生の場。空港の税関みたいなものよ。アンタは不慮の事故で死んで魂だけになった所を、異世界の召還魔法を受けてそちらへ引っ越すことになったからアタシがレクチャーするコトになったワケ」

「異世界……よね?」

「どうしたの」

「さっき言ってたよね、これから行く異世界の名前」

「うん、

「だからそれが分からせないのよっ! なんで町田!? 神奈川県町田市でも郵便が届くあの町田ぁっ!?」


 意外と思われる方もおられるだろうが、町田は東京都である。


「アンタの知ってる町田じゃ無いわよ、名前が同じなだけ」

「んな事言われたって、あんたが言うと胡散臭く聞こえるのよね……」


 警戒するひろみをあえて無視してオネェ神は話を続けた。


「まー、レクチャーと言っても、必要な情報は身体を再生させた時にアンタの頭にインストールしてあるからもう終わり。不明な点があったらオンラインで説明してあげる。死んだことはもう諦めて、新しい生で勇者として存分に異世界楽しんでらっしゃい」

「勇者って言うけどさぁ、わたし、喧嘩なんかしたことないしぃ」


 ひろみは頬を膨らませて抗議する。その仕草は町田リス園で客の手から奪い取った餌を頬張るリスを想起させる。


「そういやまだ言ってなかったっけ、アンタに与えた勇者の力ギフト

「ぎふとぉ?」

「勇者クラスへ転生するにあたり、サービスで本人の適性やコンプレックスからランダムに生じるものなんだけどね、転生してから説明しようかと思ったけど、アンタ面白い能力なんで転生前に教えておくわ。

 『創像者クリエイター』。」

「く、くり……えいた?」

「コレ、並みの人間には発露しない星5つの能力だけど、アンタは持ってるからかもね。

 これは『見たモノや経験したモノを具現化する力』で、アンタが識ってるモノなら異世界で作り出すことが可能になるのよ。但しモノがモノだけに制限させて貰うわ」

「制限って?」

「だって創造主に匹敵する力じゃないの、こんな万能な力好き放題にさせたら世界が滅茶苦茶になるわよ。

 ざっと能力行使の制限は3つ。

 転生先に存在するモノは具現化出来ない。

 そして同じモノは複数同時に具現化出来ない。

 どうしても具現化する場合は先に具現化したモノが自動的に消滅する。任意で消す事も出来るわ。

 但し力の行使は常に監視させて貰うから、状況次第では今後増える可能性も覚悟して」

「うーん、便利そうだけど不便にも聞こえるような」

「まー、アンタ頭回りそうだから大丈夫よン」


 不満そうに言うひろみをオネェ神はなだめる。


「さあ、そろそろあちらの連中も首を長くしてお待ちかねよ。王様直々の依頼で、勇者に至急解決して欲しい問題があるんだって。頑張って勇者の仕事果たしなさいな」

「でもなんでわたしなんかが……」

「ちなみにあっちのニーズは、異世界町田の問題を解決出来る力を持った、地の利に明るい町田の住人を探しててね」

「ちょっと待って」

「あによぉ急に怖い顔して」

「わたしは町田市民じゃない」

「へ」

「田町。た・ま・ち。――みんなが憧れるオシャレな港区民っ! ベイサイドな田町に住んでいた、良いところのお嬢様よっ!」

「うっそ」


 目を丸めたオネェ神は慌てて手持ちの資料を手の風圧で捲りながら再確認する。


「あ」

「あ、じゃないっ! どーすんのよ!」

「いや、だいじようぶ、かみさまだからにーずにこたえるぎむはないし」

「言ってる意味分かんないんですけどっ! 消費者センターに訴えられるわよそれ!」

「ほら転生の時間よ」


 オネェ神が棒読みで言うとひろみの身体が粒子化し始める。転生先の異世界町田へ送信が始まったのだ。


「つーかオネェ! さっき地の利がどうのとか言ってたけど本当に異世界の町」


ひゅん。ひろみの転生送信が完了して、オネェ神は額に滲む冷や汗をぬぐった。


                 つづく

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