パイレーツ・オブ・スペース

櫻井 理人

パイレーツ・オブ・スペース

 2353年、かつては金持ちだけが楽しんでいた宇宙旅行も、今ではすっかり庶民の娯楽の一つとまで言われるようになった。各旅行会社がこぞって格安ツアーを企画し、顧客の獲得に躍起になっている中、その客たちを標的ターゲットに商売を行う者たちがいた。


「お嬢、早くしないと検査場が閉まりますぜ!」

「そう焦らせるな!」


 部下にせかされ、必死に宇宙航空ターミナルの中を走る女。名前はジェシカ。


「どうにか間に合った」


 保安検査のゲートにどうにかたどり着いた彼女たちは、検査を待つ列に並ぶ。ジェシカは安堵の溜息をもらし、胸をなでおろした。


「ジェシカはいつもこれだ。兄貴がハラハラしながら見守ってるぞ、きっと」

「ポルト叔父さんには言われたくないけど? 私は『そろそろ行かないとやばくない?』って言ったのに、『もうちょっと粘れ』って言ったのは誰でもない、叔父さんだし。まあいずれにしても、でかい取引に時間の遅れはつきものだ。このダイヤが売れれば間違いなく、父さんの船を買い戻すことが出来る」


 ジェシカは、袋から100カラットはありそうな大粒の青いダイヤモンドをちらつかせる。


「……毎回毎回、走らされる……こっちの身にも、なってくだせぇ!」


 半ば息を切らしながら必死に訴える部下に対し、ジェシカは呆れたような物言いで、


「だらしないな……それでもか?」

「おいおい、ジェシカ……海賊だって騒がれたらいっぺんでつまみ出されるぞ」


 ポルトは、彼女に静かに耳打ちをした。


「……分かってるよ」

「次のお客様、前にどうぞ」


 ジェシカは、ゲートの前で宇宙渡航許可書を見せた。

 職員に促され、ゲートを通過しようとした瞬間、


「バチッ!」


 スイッチの切れたような音ともにターミナル内が真っ暗になった。


「何だ?!」


 辺りが騒然となる中、1本の無線が入る。無線を取った職員は、目を見開きながらこう言った。


「何だって?! 宇宙海賊が前の旅客船を襲撃して、ターミナルの一部を爆破?! 狙いは何だ?」

『青いダイヤを取引した者がいるとうわさを聞きつけてやってきたらしい。乗客から探し出そうとしているようだ』


(青いダイヤって……まさか、私たちのこと?!)


 ジェシカは戦慄した。彼女はその場で座り込み、頭を抱え込んでしまった。


「ジェシカ!」

「お嬢!」


 ポルトや部下たちがジェシカに近寄る。

 だが、彼らの声はジェシカの耳にまるで入っていない。

 かつての恐怖が、彼女の頭の中で蘇る。






 5年前、ジェシカがまだ宇宙海賊だったころ、彼女の父は「銀河の宝」とまで称された虹色のさかずきを手に入れた。

 だが、その杯を奪いに来た別の宇宙海賊がジェシカを人質にとったのだ。


「娘を返してほしければ、その杯を俺たちに渡せ!」


 恐怖のあまり、当時14歳だったジェシカは、声を出すことが出来なかった。

 すると、彼女の父は、


「……分かった」

「お頭!」


 部下たちが叫ぶ中、ジェシカの父は、


「娘の命には代えられない……だが、先に娘を放してもらおう。杯を渡すのはその後だ」

「だめだ! 先に渡せ!」

「ならばこうしよう……」


 ジェシカの父は懐から拳銃を取り出し、男の方へ転がした。


「杯を持った俺が、お前さんたちの前に行ったら、すぐに娘を解放しろ。仮に、俺が杯を渡さず、娘と逃亡すれば、その銃で俺を撃てばいい。これでどうだ?」

「いいだろう」


 相手が条件をのんだのを確認し、ジェシカの父はポルトに告げた。


「……ポルト、娘や皆を頼む」

「……兄貴?」


 ジェシカの父が男の目の前に行くと、ジェシカはようやく解放された。


「虹色の杯だ……受け取れ」


 ジェシカの父が男に杯の入った箱を渡そうとした瞬間、1発の銃声が鳴る。


「父さん?!」

「……やっぱり、そう来ると……思った」


 ジェシカの父は胸から血を流していた。


「賞金首ゲット! 杯なんてのは二の次だ。まんまと引っかかったな!」


 男は大声で笑う。


「さて、引っかかったのはどちらかな?」

「何?」


 男が箱を開けると、中には……。


「ば、爆弾?!」


 だが、気が付いた時には遅かった。爆弾のカウントは残り3秒――。


「振り返るな、ジェシカ……未来を見ろ!」


 ジェシカの父は、この言葉を最後にこの世を去った。






「お嬢!」

「ジェシカ!」


 ジェシカはようやく我に返った。


「大丈夫か? ジェシカ」

「顔色が悪いですぜ、お嬢」

「皆……」


 ジェシカは懐から巾着袋を取り出した。


「ジェシカ、それは……」

「ああ、父さんが死んだときに壊れた杯の破片だ。私は、いや……はあの時から一度も忘れたことはない。父さんの後ろ姿を、あのデカい背中を見て育ってきたんだ。オレがやらないで、誰がやる?」

「ジェシカ……」


 ジェシカは職員の肩を叩いた。


「……なあ、悪いが旅客船をひとつ貸してくれ」

「えっ?」

「えっ、じゃない。さっさと貸せって言ってんだよ。オレが海賊を止めに行って来る」

「お客様、ご冗談は……それに、保安検査を通過していない方をここから先に入れるわけにはいきませんよ」

「冗談じゃない! 泣く子も黙るのジェシカ様が、暴れ者どもをとっちめてやるって言ってんだよ。さっさと用意しな!」

「ひぇー! か、かしこまりました!」


 ジェシカの迫力に押された職員は、慌てて無線を入れる。


「ジェシカ……いいのか?」


 ポルトの言葉に、ジェシカは力強く頷いた。


「オレは父さんの娘だ。だが、オレは父さんと違う……ひとりであの世にいくような真似はしない。全員で戦うぞ! オレに続け!」

「さすが、お嬢!」

「お嬢、万歳!」


 などと、部下たちから声が上がる。


「ポルト、今まですまなかった……皆も。過去を振り返るのはもうやめた。だから、もう……海賊を憎むのは今日でしまいだ。これからは、商いとして、海賊としてお前たちとともに戦う」






 ジェシカたちは、ターミナルを襲った宇宙海賊をあっという間に撃破した。

 青いダイヤモンドも無事に売却し、かつて父親が使っていた海賊船をしちから買い戻すことに成功した。

 ジェシカは荒くれどもの海賊たちを率いて、商船の艦長として、また、女海賊として今日も宇宙という大海原へ航海に出る。


「お嬢、次の行き先は?」

「太陽系第3惑星、地球だ――父さんの墓参りに行く」

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