貧乏魔術師3
「……テイル様」
彼女が更に2歩後退り、俺の手から逃れた。
「面白い2人だろう?キミの新しい雇い主だ」
「テイル様!?」
かなり驚いた表情でテイルの方を見る彼女。どうやらただ呼ばれただけだと思っていたらしい。
「彼からゴーレムの魔術を購入してね、その代金の一つにキミの身柄を加えさせてもらった訳だ」
「な、そんな!?」
「……正直、我々の逃避行にキミを長く付き合わせる訳にはいかないのだよ。襲撃者の数も増え続けている、事実……先程悪魔契約者の暗殺者が此方に来た」
ああ、やはりアレはテイル殿を狙っての物だったのか。伯爵が一時的に警戒を散らしているのはテイル殿関連で他に力を注いでいるからであると、少しだけ納得が行く話の流れが見えた。
「っ、そんなの私なら―――」
「幸いルベド殿が見抜いて処理したが、彼程の実力者であっても直に眼で見るまで潜んでいる事を確認出来ていないようだった」
暗にお前では無理だと言わんばかりの発言である。
「私が実力不足と仰っしゃりたいのですか!?」
「先に言っただろう、逃避行にキミを何時までも付き合わせる訳にはいかないと。幸い、伯爵殿はこの大陸を股にかける豪商でもある。その政策から有能であれば女性でも十分に働き口を用意してもらえるし、キミにとっても良い方向に働く筈だ」
「納得できません」
「だから事前に借金奴隷という形に落とし込んだ。キミの意思に関係無く、身柄は彼等に引き渡される」
「っ……!なんで!?なんで私の気持ちをッ……!」
そこまで言って拳を握りしめ、そっと項垂れる少女。うーん、どう反応して良いか分からない。こういう時、女遊びを良くしていた弟子の弟子ならうまい事収めそうなんだけどな、俺には無理だわ。
「8年、8年だ。キミと共に旅をして、親代わりになった気分だった事は否定しない。魔力を多く持つという理由だけで君は親に売り払われ、そして今だに我々にその才能を搾取され続けている。もう、良いだろう……キミは妖精ではなく人間なんだ」
「………」
黙り込む少女、難しい話だな。部外者が下手に口出すのも良く無い感じではあるが。それでも一つ問わねばならない事が出来た。
「テイル殿、横から口をはさむようで申し訳ないのですが、一つだけ確認しなければならない事が出来ました」
「おや、何かね?」
「貴方は神世に上がりたいのですか?」
「別にそういう訳ではない、少なくとも私はと頭につくが」
「ふむ、ならば伯爵、此処に彼等の理想郷を作ってみては如何でしょうか?」
「おや、僕に振るのかい?」
そう言って惚ける伯爵。この人全部掌に乗せた上で惚けるからタチが悪いな。
「どちらにせよ我らも敵だらけです。それに此度の戦で我々の持つ領土も相応の物になる筈。将来を見据えた上でそれらを管理する人員、足りていますか?」
「フフ、痛い所突くじゃないか、正直な所足りていないし信頼に足る者ともなればさらに足りない。だが……まだ彼等を抱える程の力も我々は持っていない」
「だから技術を渡すのでしょう?」
ようするに伯爵は彼等にゴーレム技術を引き渡し、発展させ自衛力を付けさせた後に土地を用意するつもりなのだ。それにより、彼等によって進化した技術が後程収穫できる上に、自らの領地に裏切り辛い仲間を配置できる事になる。相変わらず素知らぬ顔で利益を追求していて苦笑いしか浮かばない。
成功すれば彼等の人員及び技術をそのまませしめて、失敗しても既に代金を頂いているから懐は痛まない。言うなれば放牧に近い事をテイル殿相手に行う訳だ。
確かに彼らが捕まればゴーレム技術は流出するだろう。しかし、今まで誰も捕まえる事が出来なかった妖精の尻尾を、いきなりつかめる筈も無い。つまり勝算は高い部類だ。
「うむ、ルベド殿相手に隠し事は出来ないね、まったく……本当に良い友人だ」
「いえいえ、伯爵のお考えなど私の頭では追いきれませんとも」
二人でクスクス笑いあうと、徐々に彼女とテイル殿は状況を飲み込み始めた。
「え、と、つまり私が此処で頑張るのは……将来的にテイル様の役に立つと?」
「テイル殿がどう思われているかは分かりませんが、どちらにせよ次に起きる戦争のいざこざで土地を得られる可能性があるのは確かでしょう。その上で、信用に足る取引先として此方を選んで頂ければと思いますが……」
そこまで言うと、テイル殿が何かに気づいた顔で懐から契約書を取り出し読み返し始めた。
「……伯爵、貴方まさか最初から」
「おや、条件に何か不備でもありましたか?良い取引相手を裏切らせないようにしておくのは常套手段ですよ?」
「まったく、以前からくせ者だとは思っていましたが、認識が甘すぎたようです」
「商人とは、双方にとって得になる商売を行ってこそ一流です。やり方が多少強引であっても、誰も損をしなければ怒られる事もありませんからね」
そう言って、小さくウィンクする伯爵。かつて弟子と戦った時も思ったが、自らの理解の及ばぬ存在への羨望というのは、如何とも抑えがたいな。
「という訳です、魔術師フェミア。貴方には私の下について頂き、将来的には魔術試験兵装を用いた部隊運用等を行って頂きたい。もちろん戦場で魔術師としての役割も果たしていただく予定ですが」
「……承知しました」
やや不服そうに頭を下げるフェミア。結構勝気なのだろうか?
「結構、不服であるなら実績で私の上に立って下さい。同時に私はそれを望んでいます、本音を言えば気ままな研究と戦争を行いたいのですが……現状やや面倒が勝つのでより賢い人が上に立ってくれた方が楽なのですよ」
後で魔術談義とかしたいなぁ……魔術だけなら間違いなく俺より強いと思われるので、色々と得る事も多いだろう。
こういう事を言うと大体の魔術師に変な顔をされるが、俺は魔術に年齢など関係ないと考えている。
戦場に置いて世界を薙ぎ払う魔術は即ち神だ。強さを求め、力を求め、命を求める。それこそ戦争における嘘偽りない真実。その真実を成すのが老人だろうが小人だろうが、他種族だろうがそれこそネズミだろうがなんでも良い。
堂々たる強さこそ正義、それは古今東西変わらない筈だ。
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