貧乏魔術師2
「見覚えは無いです、しかしそうなると本物の今の担当は……」
「殺されたと見て良いかと。一先ずは死霊術で情報を抜き……いや、対処済みか」
上着を脱がせ皮膚を確認すると、上半身には悪魔契約の紋章が入っていた。これは死後肉体と魂を悪魔に供物として捧げるという物だ。副作用として治癒までならば大丈夫だが、死の淵からの賦活が可能な系統の魔術を受けれず、また死霊術の効果を受け付けなくなる。
理由としては、死に瀕した時点で悪魔と対象との契約が成立されたと見なされ、その肉体と魂の所有権が悪魔に移るからであろうと言われている。暗殺者の中でも覚悟の決まった奴は使うが、数は少ないと思って良いだろう。
こういった悪魔契約は魂の自由意志による所が強い物であり、他者からの強要や洗脳での契約は万全の効果を発揮し得ないのだ。
「悪魔契約……!」
「かなりの腕の暗殺者だったようですが、即座に見抜かれ殺されるとは思っていなかったのでしょう。流石にこれ程の者が後何人もいるとは思えませんが、用心はお願いします。それで、狙いは分かりますか?」
「ふむ、なら私かな」
そう言って伯爵が軽く手を振った。恨みは色々買ってそうではあるが、此処まで露骨な手段で来るのは相手も焦っているという事か?
「何をしたのか聞いても?」
「何、ルベド殿からの情報の精査ついでに他国の市場価格を荒らして、少しばかりテイル殿に渡りを付けてゴーレム技術を保有しているというだけだ。ああ、ついでに言うなら国内の悪童連中の抑えもしているね」
「なるほど、狙われるに十分ですね」
とはいえ、それらは常々行っている事の筈だ。客人が居る手前真実を語る事を控えているのだろうと判断し、一応話を切り上げておく。あるいは、伯爵が客人に気を使った可能性もあるしね。
「しかしそうなると、殺したのは失敗でした。よもや悪魔契約を結んでいるとは思わず」
本能的というか、相手の間合いに入ってしまった状態だったので思わず手が出た形である。
「咄嗟の判断としては間違っていない筈です。我々に危害が出る前に処理出来たのは良いですね」
「そう言って貰えるとありがたいです……しかし、いえ、過ぎた事ですね」
一応は許しをもらっているのだ、そこまで卑下する事も無いか。
「遺体は此方で頂いても宜しいですか?」
そう言うと、2人が僅かに怪訝な顔をした。
「何か使い道が?」
「悪魔契約を行える者の体のサンプルが足りていませんので正直欲しい所です。ホムンクルスに契約の対価を支払わせる研究を何度か行っているのですが、サンプル不足でして」
「なるほど、そういう事でしたら」
「感謝します」
地面にスクロールを置いて展開し、血液ごと全て納める。血の臭いすら消えた部屋に改めて静けさと落ち着きが戻ってきた。
「恐らく大丈夫でしょうが、しばらく周囲警戒を続けます。それと、テイル殿の魔術師と思われる魔力が此方に向かっていますね」
魔力保有量で負けているのはまぁ、言うまでもない。大体俺の5倍ぐらいかなぁ?直接戦ったら勝てるだろうが、戦場のような広範囲戦闘であれば相手の方が上手く戦えるだろう。
「感知魔術ですか?」
「ええ、脳の大半の機能を割り振らないと安定しないので、正直使いたく無いですが」
恐らくホムンクルスの鳥に感知魔術を組み込み飛ばす方が楽かつ手早いので、正直使い勝手は悪いと思う。それに俺の得意分野であるマルチタスクが失われてしまうので、正直戦闘等では使わない技術だ。
しばらく近づいてきた魔術師の魔力を眺めていると、不意に観測から外れた。
「感知の外し方が上手いですね」
「分かりますか、戦闘技術も中々ですよ」
「そうでしょうね、この手の技術は訓練だけじゃなく実戦を重ねて初めて手に入る。途中で上手く精霊と本体を入れ替えてダミーを此方に観測させてたようで、その後やや目立つ囮を上手く複数置いてますね」
同時に、コンコンとドアがノックされた。恐らく扉側に意識を引いてから窓から入ってくるつもりだろう。正面玄関の者はダミーで本体は窓側か、此方も舐められないように姿を消しておくか。
「失礼します、テイル様お付きの魔術師フェミア様がお出でになりました。いかが致しますか?」
扉の向こう側からメイドの声が聞こえる。
「ああ、問題ない、呼んでくれ」
「承知致しました」
そう言って、メイドが出ていった瞬間に窓側から体を闇と一体化させて音も無く入る女性。精霊魔術の専門家と言った所か、俺も同じ事は出来るが彼女程スムーズという訳にはいかないだろう。
再びノックが響き、メイドが彼女を部屋に入れると同時に迎え入れられた方の人形は闇に溶け落ち本物がカーテンの裏から姿を現した。
「お初お目にかかります伯爵様、フェミアと申します」
そう言ってドヤ顔で深々と頭を下げるフェミア。……なんというか、独特な魔術装束だ。恐らく飛行魔術を行い下から見られても良いように、レオタードタイプの珍しい魔術装束に伝統的な魔術外装を肩からかけるようにして纏っている。
ブーツや小物も非常に職人によって作り込まれた物であり、彼女が如何にテイル殿に重用されていたか分かるという物だ。
……そして若い。14歳程だろうか、それにしては実戦慣れしており俺が姿を眩ませた後に隠したダミーの方をチラリと見てクスリと笑ったのも見えた。
ちなみに彼女が俺の本体の場所に気づけないのは、純粋な経験差及び暗殺者の技術に関する造詣の深さの差だろう。とはいえダミーの方とはいえ、しっかり見抜けているあたりかなりの実力者である事は間違いない。
「うむ、ジスタニアだ。そしてそちらがルベド特別顧問、詳細を聞いているか分からないが今後キミは特別顧問の下についてもらう事になる」
既に部屋に入っていた事を責めるでもなく淡々と説明を始めた伯爵は、俺の本体の方を手で指して来た。伯爵には見えるように位置取りを変えていたが、テイル殿は先程まで視界に居た筈の俺がフェミアの背後に回っていた事に眼を丸くした。
「おやおや、もう少ししてからバラそうと思っていたのですが」
「っ!?」
フェミアの真後ろで俺が言葉を発したので、彼女が一瞬ビクリと跳ね上がり此方をチラリと見た。
「精霊魔術、それも闇の系統……非常に興味深い、ルベド・フレストニアと申します、以後お見知り置きを」
彼女の肩に手を置いてそう言うと、俺のダミーの方を改めてチラリと見たので軽く指を鳴らすと、彼女の見ていた場所から人形がゴロリと倒れた。
「普通の相手ならダミーの方にも気づけないんですけどね、その年でその才覚……お見事です。ああ、ちなみに私は30超えていますので、嫌味ではないですよ?」
彼女が改めて振り返り此方を見ると、喉を鳴らしてつばを飲んだ。恐らく俺が数え切れない程の人間を殺めて来た事を察したのだろう。
こういう機会は少ないのでまじまじと顔を見てみる。瞳は宇宙の暗き叡智の青、少し才能を鼻にかけた高慢ちきな所はあるが、学問へは真摯であるのが読み取れる。長い髪の毛をまとめて、揉み上げのみを長く垂らしている。揉み上げを長くするのは髪の毛を使って魔力ブーストを行う為なのだろう。
「っ、伯爵様、テイル様、お言葉ですがこの男……あまりに危険です」
後退りながら、少女がそう口にした。否定できないのが痛い所ではある。
「精々大国一つ焼いた程度だろう、その程度で怯えていたのでは伯爵など出来ない。それに、この国の現状を打破する事が出来るのは彼だけだ。毒であろうと、危険であろうと、誰かが彼を用いて問題を取捨選択して焼き払うしかない」
「恐らく歴史上一番人を殺している個人であるという事を危険と言われては否定し辛いですがね」
自虐気味に笑うと、伯爵が優しい笑顔で笑った。
「未来にも殺し続ける技術、戦争の先導者ともあればそれはむしろ誇りでしょうね」
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