貧乏魔術師
「しかし、改良とはいってもそれらのノウハウがありません」
「ノウハウなど無くて良いのです、いうなればこのスクロールは屋台骨であり船の竜骨。後は何を素材に何を動かすかを貴方達が考えれば良い、鉄・水・岩・魔力・肉・骨……動かすだけならば全てが動かせる。ならば後は用途と素材と使い方です。逆に言えばソレ以外は全てが完成していると行って良い」
「なるほど、逆に言えばそれら2つの点だけで貴方を驚かせなければならない」
そう言いながら、テイル殿がヒゲを撫でた。愛らしいようにも見える瞳には、熱が籠もる。それは覚悟を決めた男の眼であり、未来を見据える瞳だ。
良い、実に良い。その瞳はきっと私では見れぬ地平を見てくれる、私の作ったゴーレムを知らぬ地平へと誘ってくれる。
"ああ、ああ、広がれ技術、広がれ啓蒙、広がれ知識。世界の未知を既知として、我らの見果てぬ地平の園を、見知らぬだれかが見果てた地平を、我らが
だからこそ、我らは技術を人に託すのだ。俺には到達出来ない世界に我々を連れて行く為に。あまりに早い世界に我らが力が取り残されないように。
「わかりました、この技術を用い貴方を驚かせてみますとも。それが私達に行える、最低限の返礼という物……ふむ、返礼」
そう言って何かを考え始めるテイル殿。
「猫の噂に聞きましたが、ルベド殿は人員に悩んでおられるご様子。丁度我々で抑えている人員の中に、貴方の力になれそうな者がおります」
「テイル殿?」
と、すかさず止めに入る伯爵。まぁ、場合によっては密偵に見えるだろうし止めるのは当然と言えば当然か。
「私の個人的な返礼です、無論無粋な事はありませんよ。後ろめたく無い使える借金奴隷を回します」
借金奴隷とは、金銭を借りて返せなくなったり返す方法の一環として、自らを身売りした人たちの事である。拘束期間はまちまちだが、契約魔術を用いて行動をしばりつつも命に別状のない作業等を行う事が多い。
比較的ポピュラーな借金の返済方法でもあるので、伯爵領内では結構な数の借金奴隷が居るとの事である。俺の大陸にもいたが、こっちの方が扱いは良い気がする……いや、金回りの良い伯爵領内だから借金奴隷も純粋技能や知識の質が高く待遇が良いのかもしれない?
「借金奴隷ですか、魔術的な縛りは此方で書き換えても?」
「ええ、それなりに優秀なのでお気に召すかと」
「ならば私から言う所はありません、ルベド殿、どうしますか?」
ふむ、丁度魔術師の指揮官は欲しかった所だ。
「ちなみにどの程度お借り出来る予定ですか」
「50年程ですね」
「へぇ、50……うん?50年」
何かおかしくない?普通この手の契約は長くて10年で更新しても精々20年ぐらいだろう。しかも、大体の場合は途中で返済仕切る事も多いので実際の拘束期間はさらに短い筈なのだ。
「えーっと、裏の事情がおありで?」
伯爵も驚いたようで、戸惑いながら聞き返した。多分伯爵が聞き返してなかったら俺が間違いなく聞き返していたので、ある意味で手間は省けた訳だが。
「彼女本人に問題は無いのですが、ご両親の方に問題がありまして……保護を含めた事実上の終身雇用的な扱いだったのですが、我々は流浪の身。若い今の内ならば良いでしょうが、年を追うごとに辛くなるでしょうし、そうなる前にと思いまして」
「なるほど、確かに此方ならそういった面では融通はききますね」
「はい、とても腕の良い魔術師です。今までは護衛も兼ねていましたが、どういたしましょうか」
事実として悪い話しではないのだろう。彼らのような種族が、護衛として信用し雇える程度には義理にも深いと見える。
「一度見てから決めても宜しいですか?」
「それが無難ですね」
伯爵も頷いた。
「小半鐘もかかりませんが、この後ご予定があるならば改めて面通しの時間を設けますが、如何いたしましょう?」
「此方は問題ありません、伯爵は?」
「今回の話し合いに関してはそれなりに予定を取っています。小半鐘程度ならば何も問題ありませんよ」
「では、呼び立てますのでしばしお待ちを」
そう言って、精霊魔術を発動するテイル殿。系統は……風か?精霊魔術は本人側の精霊への親和性が高くなければ発動できない為、自分は土以外の物は発動できない。以前弟子が風属性の物を稀に使っていた為になんとなく見分けはつくが、詳細が分かる程に造詣が深い訳ではない。
戦闘系精霊魔術への対策自体は簡単なので、正直そこまで重要視していなかったのも一つの理由だろう。というか、既に発展され切っていて成長を望めない分野かつ、本人側の才覚による所が強い為に俺の理念に反すると言っても良い。
過去に人口精霊にも手を出したが、対費用効果的には微妙な事もあり研究を凍結した覚えもある。総じて扱い辛いというのが自分の中での印象か。
「連絡が取れました、すぐに来るとの事です」
「では、それまで我が領内の菓子の自慢でもさせて頂きましょうか」
パンパンと、伯爵が手を叩くと何時もの如く大量の甘味類が部屋の中へと運び込まれる。お決まりという奴だがそう悪くは無———。
視界の中に配膳しているメイドを入れ、違和感に気づいた。ああ、クソ、こいつら別口か。
足を地面に叩きつけると、バキバキと鈍い音を響かせながらメイドの胴体がねじ切れ、臓物をまき散らした。油断が過ぎた、この距離まで気づけないなど相手によっては殺されていてもおかしくなかったな。
「ルベド殿!?」
「変装した暗殺者です。僅かに毒の香りと変装魔術を用いている為に魔術的な"ゆらぎ"が強い」
足をさらに踏み鳴らし、周囲を魔術で探るとやや遠くに幾つか大きな魔力の揺らぎを捕らえた。一つはジーナの物で間違……いや、改めて見ると規格外だな本当に。我が事ながらよく戦って勝てたと思う。次戦ったら多分負ける気しかしないし、早めに身柄を抑えれて本当に良かった。
思考が逸れてしまった、もう一つの魔力の流れは精霊の物。さらにもう一つは少し遠いか。どうやら戦力になりえる奴は周囲にはいないらしい。強襲の線は低いと見て良いだろう。
「伯爵、此方のメイドに見覚え……はないでしょうね」
先ほどまで女性であった顔が、男性の物に代わっている。幻術と変装の双方を用いて違和感を削るやり方だ、事実俺も直接視界に入れるまで違和感を感じ取れなかった。扉越しで受け答えするぐらいなら少しキツイだろうな。
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