伯爵と錬金術師への客
昨日、家に帰るとジーナは連中の対処で1日程家を空けると言伝を残して出ていってしまった。何処かに宿を取らせた上で対処を行うのだろう。
さて……そんな翌日現在、伯爵の屋敷。応接間にてお互い向かい合って紅茶を嗜む。いきなり本題から入らないのは貴族の礼儀という物らしい。厄介だが、しっかり守っていかねば無礼にあたる。
「それにしても……伯爵からの呼び出しとは珍しいですね、どうされましたか」
昨日の今日でいきなり伯爵からの呼び出しを食らった訳だが、何か問題でもあったのだろうか。
「いやはや、実はルベド殿に合わせたい方がおりましてね、そろそろお出でになる筈なのですが……」
そう言ってチラリと外を見ると、コンコンとドアを叩く音が響いた。
「テイル殿がお出でになられました」
「噂をすれば、ですね。案内を頼む」
「かしこまりました」
更にしばらく待つと、扉が開き小さな影が部屋に入ってきた。
「ケットシー……?」
少なくとも俺の知識では二足歩行で歩く猫はケットシーぐらいしか思い浮かばない。外の大陸に居る生物に関しては、其処まで詳しく無いとも言える。
長毛種の猫がキレイに着飾り、深緑のローブを纏い何処か澄ました顔が可愛らしいが……見た目通りの猫という訳ではない。
「おや、ご存知でしたか。彼らはケットシーの血を引く種族です」
ケットシー、妖精族。かつて神代が終わる時、この世界に残った奇跡の残照。魔法も奇跡も存在していた時に、彼らは神の世界に至る道を得ながら人と共に此方側に残ったのだと言う。
だが、話しによれば彼らは奇跡を求めた妖精狩りによって滅んだという話しだが……。
「お初お目にかかります、テイルと申します」
「はじめまして、ルベドと申します」
小さく伸ばされた彼の手を取ると、見た目によらない魔力のうねりをその小さな体内から感じた。精霊魔術と呼ばれる神代の魔術を使うとされているが、どうやら彼の戦闘力も中々の物のようだ。
「伯爵様に無理を言いましてね、強引ながらこのように引き合わせていただきました事、深くお詫び申し上げます」
深々と頭を下げるテイル殿、ふむ……なにやら面倒事が起きそうな予感ではあるが。
「どうぞ、お気になさらず。伯爵様がそう判断されたのであれば、必要な事ですので」
「今回ルベド殿をお呼び立てしたのは他でもありません、ゴーレムの技術を我々に売って頂きたい。無論、報酬はお支払いします」
ゴーレム技術の販売、問題は無いが現時点でこれを伯爵が許可したのか?彼らは相当な借りを伯爵に作っているという事で良いのだろうか。
「まぁまぁテイル殿、まずは順を追って話しましょう」
新たに並べられた紅茶を前に、3人で改めて着席した。
「ルベド殿はケットシーをご存知でしたが、我々の事をどの程度御存知でしょうか?」
「珍しい精霊魔術を扱い、神代を目指した大馬鹿者達の妖精狩りによって乱獲され、絶滅したと聞き及んでいました。私の元いた大陸にはいませんでしたが、まさか本当に存在していたとは」
「フフ、そうおっしゃるのも仕方のない事。事実我々は滅亡の危機に瀕しており、流浪の民と相成っております。住まう場所無く、逃げた先で追われる日々」
「ゴーレム、つまり自らの身を守る兵士がほしい?」
「それもあります。ですが、我々にはソレ以上に求める所があります」
なんとなく理解した。
「……動く城、いや、動く街ですか?」
「ええ、その通りです。あなたの扱うゴーレムの魔術であれば、定住を許されぬ我らに新たな希望が齎される。動く街、動く城、我らは街と共に放浪し、そして……安息を手に入れる」
「良いですね、実に良い。あなたは正しくゴーレムの実用性を理解し、そして運用を理解されている。伯爵、彼に技術を与える事による危険性はどの程度ご理解を?」
敏い伯爵の事だ、危険性をすべて理解した上であえて黙っている可能性もある。それはフェアではない、なればこそ知らさねばならない。正しい取引とはそういう物だ。
「危険性というと、どの可能性かな?」
「ホムンクルスの技術を狙い、彼らが狙われる可能性です」
「全て、承知の上です」
言葉をついでテイル殿が答えた。
「我々は常に狙われ逃げるように生きてきました。今回ゴーレムの魔術を得る事で、確かに狙われる事はあります。しかし、それこそ今更の話し……そしてソレ以上に得る物の方が大きい」
「なるほど、其処まで理解されているならば私からは正当な―――」
と、金銭関係に関して口を出そうとした所で伯爵から一旦ストップがかかった。
「その件だが、少し此方で元手が必要になってね。ルベド殿には此方から分割して支払う形を取りたいが良いかね」
「ほう、伯爵様がそうおっしゃるのは珍しい」
「迷惑をかけるね、とはいえもちろん損はさせないよ」
「その点においては信用しておりますので問題はありませんよ」
金勘定にかなり寛容な伯爵が口に出すという事は、どうやら相当な額が動くか彼らとの取り決めがあるようだ。とはいえ、俺の商品を売る訳だから後で少し伯爵と話しをしなければならない。
少なくとも損をする事は無いだろう。現時点において伯爵の中での俺の価値は相当高いと見て良いし、同時に俺から不評をかうことになろうとも彼にとって必要だと思える程度の事が裏にある筈なのだから。
「拠点移動型のゴーレムの技術と通常戦闘型ゴーレムの2つの販売、以上で宜しいですか?」
懐からマスターピースのスクロールを2枚取り出し、指先でクルクルと回す。
「そんなに早く決められても宜しいので?」
テイル殿がそう首をかしげた。それなりの年齢であろうに、その姿だけで愛らしいのは中々にズルい。
「元よりこれは陳腐化する技術です、私が貴方達に求める物は……発展とその成果です」
「発展……ですか」
噛みしめるようにテイル殿がその言葉を口にする。この技術に関してはほぼ発展の余地が無い程に改良し尽くしたと言って良い、その上で後必要な物は新たな目線だ。
「私はこの技術を戦争の為のみに作り上げた。それこそ開発し尽くしたと言って良いと思います、これから先100年これ以上効率面での進展はほぼ望めないでしょう」
言葉を続ける。
「このスクロールには私が手の届く範囲にあったあらゆる魔術知識が込められ、馬鹿げたばかりの試行錯誤が成され、我が弟子達が幾度となくもう無理だと泣き言と血反吐を吐いて尚、極限を突き詰めた最高効率があります。これが覆される時はそもそもゴーレムという技術が廃れ、消え去った遠い未来に誰かが趣味で行った効率化……それさえも我々の技術を下地にしてという前提がつくものであると考えています。技術としての完成は見た、ならば次は発展が見たい。そしてそれを行うのは我々のような戦争屋ではなく、貴方達のような求める者達である筈だ」
「技術は求められてこそ、発展がある……そう仰っしゃりたい訳ですね」
彼の言葉に俺は小さくうなずいた。
「私は、我々は、未来100年までの戦争に応えられるようにこの技術を完成させました。たとえ街から街の距離に、一撃で城を崩す魔術が何百発と撃ち込まれる戦闘になったとしても尚、これらの技術は生き続けると胸を張れる。これが完成に至ったのは、私達前線錬金術師が何百年も戦争の事のみを考え生きてきたが故」
俺が弟子と弟子の弟子を総動員して無理に完成させなくても、いずれこの技術は完成に至っていただろう。
だが、少し功名心というか……完成に至らせて歴史に名を刻みたくなったのだ。それが悪名と共であろうと、弟子の名と共であろうと、きっと今後100年未来に刻まれる物であってほしいと願ってしまった。
これだけは私の完成させた技術だと、胸を張って言えるように。何れ打ち捨てられる物である事は理解している。だが、そうであっても自らが生きた証拠を残したかった。
少し間を置き、伯爵を視界の端に気づかれないように入れて反応を伺いながら、改めて言葉を続けた。
「ならば何百年と追われ続けたあなた達ならば、平和的に100年使われる技術を作る事ができる事はもはや道理と言って良いでしょう。どうか、良き物が出来たのならば私に見せて頂きたい。これは伯爵の介しての物ではなく、私個人が貴方に対して願う事です」
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