心が凪ぐ

 釜を工房に設置して、自分は即座に作業に入った。2人には食事の続きをさせているが、食事が進んでいないのは仕方がないだろう。


「旦那も先に飯食った方が良くないか?」


「割と小食なんだよ、というかお二人さん程運動はしてないからね。求めてるエネルギーが糖分寄りだから、その鍋から得る物は少ない」


 2本のスクロールを取り出し、開いた状態でそのまま鍋に投げ入れ水を投入して火を入れると、不意にリアが噴出した。


「そ、そのまま入れるんですか」


「スクロールに必要な物を既に入れてあるのと、起動術式をスクロールと釜側に刷り込んであるから作成までの時間短縮になるんだよ。あと視界から作り方を抜かれないから、機密保持にも役立つ」


「へー……色々考えられてるんだな」


 と、やや関心しながら頷くレイシア。


「機密保持は得意分野だからな、情報戦や騙し合いで負けた事はほぼ無い」


「騙し合いかぁ、旦那は得意そうだよね」


「まぁな、ほら、もう出来るぞ」


「えっ!?早くない!?」


「魂の構築は別口だ、現時点で行ったのは肉体の構成のみ。そう手間取る物でもないさ」


「理解の及ばない所にあるから、早いとか遅いとか分からないよね……」


「まぁ、そうね」


 そう言って頷き合うリアとレイシア。仕方ないと言えば仕方ないか。


 立ち上がり釜の内部へと手を突っ込むと、完成した一体の女性の肉体を引きずり出した。灰色の美しい長髪に切れ長の瞳、猫科のような美しい肉体美。


 なるほど、野性味のある美しさだ。


「おお、美人さん……えーと、旦那の趣味?」


「これから肉体の中に突っ込む英雄さんの遺伝子配列をベースに……ええと、魂と拒否反応が出ないように似たような肉体を作成しただけだ」


「趣味じゃないのか、ちょっとリア姉に似てるかなって思ったんだけど」


「ジーンクラッドの遺伝子からくみ上げたんだよ、中に入れるの彼だしな」


 その言葉に、2人の動きが停止する。


「え?」


「彼は死んだのでは?」


「無駄な殺しはしない主義だ、魂と肉体は確保してある。今回の戦争において、彼の存在及び生存は我々の切り札になり得るからな」


「死霊術の応用って旦那いったじゃん!?」


「よく覚えてるじゃないか、その通りだ。ようするに、半生半死相手に使えるように応用した訳だな」


 自白させるだけなら殺した方が早い。だが、相手を生かしたままに自白させるとなると、色々と状況が変わってくるからな。


「人体構造と魂の扱いを理解していれば、一見して死んだように見える者であっても賦活は可能だ。今回の場合肉体側と魂側を切り離し、それぞれを蘇生する為に保管していた」


「え、あれ?ジーンクラッドって男だけど、女の体?」


「教会に逃げようにも、本物の体を人質に取ってれば逃げられないだろ?女の体では色々不都合もあるだろうから、其方のサポートもしてやってくれ」


 俺の言葉に2人ともドン引きした表情を見せる。当たり前の危機回避措置だと思うのだが、違うのか?


「旦那とんでもないな!?」


「外道が過ぎませんか!?」


「英雄を使い潰すような俺以上の外道が居るんだ、此方も相応の手を打たざるを得ない。それに、再利用してるだけ此方の方が有情だろう?」


 心外であるが、錬金術師の革新的技術が信用を得られないなど世の常である。なので無視して作業を続けるとしよう。


 一先ず女の体を床に置いて、石畳の地面に魔術で魔法陣を刻む。


「そういえばさ、旦那が結構使ってる刻む魔術だけど、どういう魔術なの?聞いた事も無い奴多いよね」


「正式には魔術じゃない。直接土を操る系の魔術を失敗した際に、掛けた周囲の物体が劣化及び崩壊を引き起こす。コレの失敗状況と削れる状態及び範囲を割り出し落とし込み、技術化した物……というのが正しいか。意図的失敗魔術だな」


「……自在に刻むまで、相当に時間がかかったのでは?」


 リアは魔術方面の知識がそれなりにあるのか、この失敗魔術の難易度を正しく理解しているようだ。


「基礎に5年、発展に3年、即時発動に持ち込むまで11年ぐらいか?なんにせよ、長くかかったのは事実だな」


 スクロールを取り出し開き、封じた魂を直接肉体に叩き込む……訳なんだが。


「2人とも、暴れ出す可能性があるからそうなったら抑えてくれ」


「うへぇ、まだ食べてる途中なんだけど」


「レイシア、タダ飯程高くつく物は無いですよ」


「ふぇーい……」


 仕方なくという雰囲気を纏わせ、2人が立ち上がるのを確認すると本格的に魔術を行使する。


 錬金術の最終目的とは黄金、即ち神に等しい精神と肉体を作り上げる事にある。故に、魂と肉体の制御及び保存・移動は基礎範疇と言って良いだろう。生死を冒涜しているとは思うが、その程度の良心の呵責で止まれるならばそもそも錬金術師などやっていない。


「"至れ"」


「カハッ!?」


 言葉と共に新ジーンクラットの体がドクンと跳ねあがり、心臓を抑える。激しい呼吸と周囲をキョロキョロと世話しなく見回す瞳が、俺の瞳を捕らえた。


「ルベ、ド……私は、俺は、死んで……」


「良かったな、死に損なったぞ」


「そう、か」


 息をきらしながら、だが少し落ち着いたように瞳を閉じるジーンクラッド。


「思ったより落ち着いているな」


「死を……見たからな、そう悪い物でも、なかったが」


「そうか、俺も見たから分かるよ。心が凪ぐようで、静かで、冷たくて、それなのに何処か温かみを感じた」


「クク、何が起き、るか……はぁ、世の中、分からない物だ」


 そういって、自らの手を眺めるジーンクラッドだったが、その手の細さにピタリと動きを止める。


「まて、私の体は……どうなっている?」


「本体は俺が預かっていて、その体は仮初の物。それらを踏まえておちついて人の話を聞くように」


「……え、あ、ええ!?」


 自らの体を弄りある筈の"モノ"が無い事や、無い筈の物がある事を確認し、此方を信じられないという表情で見つめるジーンクラッド。ううむ、良い表情をする。


「せ、説明を聞こう」


「思ったより落ち着いているな」


「そうでもない、バカらしい話だが……死んだ時よりも、今の方が驚いている」


「そうか、俺は体験した事は無いから分からないな。どうだろう、心が凪ぐようで、静かで、冷たくて、それなのに何処か温かみを感じりするか?」


「少なくとも冷や汗が止まらず、鼓動が痛い、あと頭がおかしくなりそうだ」


「貴重な意見だ。実験結果として記録させてもらう」


 そういって、彼女の為に用意していた服を手渡した。

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