休息の日々

 あの戦が終わってからそろそろ1週間が経過した。伯爵に報告を行い、レイシアと分担で事後処理を行い、あれ……これ客将の領分超えて無い?と思い始める直前あたりで伯爵に適当に切り上げて良いと言われて現在工房で休息中である。あの伯爵やっぱり見極めが上手いな。


 ちなみに、ジーンクラッドなる英雄の生首君だが、伯爵の下で死霊術を行い、質疑応答で情報を抜いたのだが……どうやら彼も犠牲者側だったようだ。大司祭から出動要請を受けて、あの砦が奪われれば姿を隠したままに適当に暴れて兵を減らし帰ってくるように言われていたとか。

 詳しい話は彼にもされておらず、あちらに帰ってから問いただすつもりであったらしい。教会は彼のような英雄を使いつぶす事を前提とした作戦を組んだのかという疑問が浮かんだが、レイシアが「いや、旦那レベルの相手とカチ合うとか予想外でしかないと思うよ」と言われ、伯爵の読みでも「ちゃんと帰還させるつもりだったのでは?」という結論に至った。


 ……何故か化け物扱いされてて心がちょっとだけ傷ついた、本当にちょっとだけ。なのでちょっとだけ意趣返し中だ。


「だ、旦那……もう良くないか?」


「まだだ!後半鐘一時間は付き合ってもらう!」


 顔を赤らめ、ベッドの上に上半身裸でシーツを手に持つレイシアを目前に、カンバスへとそのエロスを余す事なく描きこんでいく。そう、裸婦画である。


 どうやらレイシアはラフ画と裸婦画を勘違いしていたらしく、脱げといったら顔を真っ赤にして変な方向に勘違いしていた。言葉って難しいね。


「題材が良いからかなりの物が書けそうだ、気分も上がって来たな」


「あの、ルベド様、婚前前の女性相手に少々無体では……」


 さすがに気の毒に思ったのか、リアがそれとなく止めに入ったがダメです。止めません。


「何言ってんだ、コレをオークションに売り出せばそりゃもういろんな所の貴族から求婚すんごい来るって!平気平気!」


「ああ、旦那がなんか変になってる」


「芸術家とは得てしてそういう所あるの!お分かりか!?」


「分かりたくない!あああ、すっごい恥ずかしいんだぞコレ!」


「まぁ本当は小半鐘15分も見れば脳裏に焼き付くから大体問題ないんだけどな」


「じゃぁ私なんでずっと此処でこうしてるの!?」


「人の事を化け物扱いしたり、書類仕事を俺に丸投げした意趣返しだが?」


「自業自得だった!」


 そうはいいつつも、今だベッドから逃げ出す様子は無い当たり付き合いは良いのだろう。


◇◇◇


「まぁとりあえず裸婦画のラフ画は完成した訳だが」


「旦那、その冗談、面白くないよ」


 さすがに少し気の毒になったので、適当な所で切り上げ後は適当に脳内補正で色を塗る事にした。現時点での完成度は60%と言った所だが、絵具に使う鉱石が足りないので後で手荷物から加工するとしよう。


「とりあえず現時点ではこんな感じだな」


 そういって、改めてレイシアに見せるとしばらく見つめていたが、不意にハッとした表情を浮かべて此方を見た。


 うむ、我ながら良い出来だ。


 少女特有のあどけなさと、恥じらいを見事に書き上げたと感じる。たとえるならばそう……無自覚な煽情、手折りたくなる花。戦で傷後の残る体を手で隠し、無意識下で自らを女であると見せたい感情が働き、逃げ出せるのに逃げ出さないという、何処か騎士道めいた感情がそれらを引き立てる。


 矛盾、故に美しい。


 このままベッドに押し倒し、女にしてしまえばどれほどの愉悦だろうか。恐らくこの絵は金持ち成金の変態にこそ刺さる絵の筈だ。だが、同時に日々鬱屈とした生活を送る貴族にも同じく刺さるだろう。


 純朴にて美、素朴にて艶、いくつもの矛盾を決死にてカンバスに乗せ切った。軽口を叩くのも正直脳の疲れと出来の良さから来る感情の高ぶりがある。


 フフ、良い……良い絵だ。つーか手元に置いときたい気持ちも結構ある。あるけど流石にコレ手元に置いてたらただの変態なのでそこは止めとく。一線引くのは大事だ。


「流石に美化しすぎじゃないか?」


「いや、こんなもんだぞ」


「概ねこのような感じですよ、レイシア」


「ううー……ああー……」


 何やら校歌でも歌い出しそうな唸り声をあげてシーツに包まるレイシア。こうやって見ると年相応の少女らしくて可愛らしいな。


「見合い用の絵をかいて欲しいなら、リアもレイシアも格安で請け負うぞ」


「金はとるのか……」


「タダで書いたら絵で飯食ってる人が困るでしょうが」


 そう言いながら次のカンバスを用意して、今度は戦場の様子を大雑把に書いていく。皇子達の活躍に多少ハッタリを利かせた絵ではあるが、それでも割と面白おかしく……もとい、見た人が分かりやすく内容を誠実に書いたつもりだ。


「手早っ!?しかも上手っ!?ってか私の絵もこれぐらいの速度で書けたんじゃないの!?」


「模写とある程度自分の主観で雑に書けるのだと違うんだよ、芸術を素人目線で語ってくれるな」


「えっ……なんかごめんなさい」


「と、いいつつ俺も素人なんだけどな」


「……旦那って割といい性格してるよね」


「なんだ、今更気づいたのか?錬金術ってのは 諧謔かいぎゃく性が無いとダメなんだぞ。こっち風に言うならユーモアかね」


 クルクルと炭を指先で回した後、手を拭って立ち上がる。


「絵具作る……前に、作る物が結構あるんだよなぁ。リア、搬入予定はどうなってる?」


「はい、日が傾く頃には大釜は届く予定です、残りは明日以降に」


「大きさが大きさだからな、薬用の大型だとサイズが足りないし。むしろまぁ、よく伯爵も手早く用意出来た物だ」


 ほんと、あの人に頼めば大体の物は揃うな。


「釜?料理でも作るの?」


「魂入れる用のホムンクルスの体を作るんだよ、専用設備の方が楽に作れるけど、釜でも作れない訳じゃない」


「ほむんくるす?」


「人造生命体だ、ゴーレムとの違いは生モノなのと成長したり色々イジれたり」


「なるほど?」


 本当はもっと色々違いがあるのだが今回は割愛する。素人相手に専門知識を垂れ流しても仕方ないだろう。


「今後を踏まえて数体作る予定なんだが、素材が現状一体分しかなくてな。一体が完成し次第素材集めとフィールドワークを兼ねて、冒険者にでもなってみようと思う」


「ええっ!?旦那そんな面白そうな事するの!?」


「レイシアは騎士だから無理だけどな」


「急に立場でマウント取るのやめない!?」


「その、私は……」


「リアは伯爵から借りてる人員だからな、危険な目には合わせられんよ」


「そ、そんな」


 何故か二人で死にそうな表情を浮かべている。キミらアレだよ、血の気多すぎ。

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