戦後反省会

 伯爵の元へと帰る道中の馬上、提出する予定の報告書を書き上げながら今回の反省点を探してみる事にした。やはり一番のイレギュラーはあの聖騎士の存在だっただろう。

 危なげなく倒したかのようにも見えるが、正直結構死ぬかと思った。変わり身あたりの下りとか、内心動揺を隠すの必死だったし。そもそも高重力下であの速度は正直ズルだと思う。


 しかし、危険を冒しただけあって得た物は最高だと言って良い。教会側の情報に英雄と呼ばれる程の超人の肉体。ああ、既にワクワクが止まらない。素体を元に何を作るか、良い考えがどんどん浮かんでくる。


 ……っと、反省点の話だったな。


 そうだな、総合的に見てやはり準備不足が目立った事は否めない。時間が数日と限られていた為に出来る事の限度もあったが、施設が充実していればもう少し出来る事も多かっただろう。……というか、伯爵の準備の手際の良さをを考えるに明らかに内乱の予兆はあったと思われる。俺の情報収集不足も付け加えておくか。


 最初から伯爵に多額の献金を受けて、なりふり構わず状況を整えていればより安全に戦争に参加出来たとは考える。帰ったらそのあたり踏まえて伯爵に話して、手早く設備を整えるとしようか。


 しかし同時に伯爵だよりで本当に良いの?と思わなくもない、やはり早急に商品の売り出しも行いたい。しかしなぁ、手軽に作れる薬品類は資格必要だし……。


「あ、そうか」


 別に個人使用分に関しては問題無いのだから、最前線でコッソリ売るのは法的にグレーゾーンな気がしてきたぞ。


「旦那、ルベドの旦那。悪い顔してるよ」


「気のせいだろ」


 顔に出ていたらしい、失敗失敗。とはいえ、仮にその方法でも稼ぎは微妙だな、精々が小銭稼ぎという奴だ。こういう時は……やはり経営か。その手の技術をそれとなく伯爵から拝借して、自分でなんとか資金繰りしていくと良いと思われる。

 最悪失敗しても、伯爵に技術提供しておけば小言も言われないだろう。商材は幸い沢山あるし、使い用―――!?


「ハッ!?」


「えっ、怖っ、どうしたの旦那」


「いや、今すごい事閃いてしまった」


 ヤバイ、今世紀最大に今頭が冴えわたった気がする。


「聞いて良い奴?」


「今回拾った超人を転用してさ、戦力増強しようかなって」


「………聞かなきゃよかった奴じゃないこれ」


「どう足掻いても何処かで聞く事になるんだから別に良いとは思うけどな」


 お互いに沈黙し、カッポカッポと馬の蹄の音だけが暫く響く。そんなに後悔する事あるのだろうか。


「ゴホン、それはそれとしてレイシアの絵を描きたいから折を見て工房に来てくれ、大体居るから」


「え、本当に書くの?」


「うん、裸婦画でいいよな」


「ラフ画……ああ、うん炭とかで書く奴か」


「まぁ炭とかで書く事もあるけど割と表現難しいからな、俺は筆とか使う」


 レイシアの裸婦画、本人が結構カワイイ系だからいかにして美人に書くかが肝だな。短めの銀髪に眩しい笑顔だからこそ、羞恥心とかそのあたりを上手く書ければ非常に煽情的な絵になると思うのだが……裸婦画を嫌がってないから体を見せるのに抵抗は無いか、その当たりは脳内補正で行くかな。


「前も言ったと思うけど、二枚書いて伯爵経由で一枚売りに出すぞ」


「前も思ったけど売れるのソレ?」


「まぁ売れるだろ、いつの時代もそういうの求めてる奴は以外と多い」


「ふーん……そうなんだ」


「一枚はレイシアにプレゼントか」


「ええ、ウチにあっても仕方ないから伯爵にでも渡しておいてよ」


「なら、全力で書くしかないな」


「まぁ、うん、そうだね」


 さて、とりあえず色々とやる事はあるがとりあえずは……。


「さて……レイシア、すまないが、暫く寝るから後は頼む。魔力を使い過ぎたのとロクに睡眠取ってないからちょっと眠いんだ」


「分かった、ゆっくり休……いや、どうやって寝るのさ?」


「これ馬じゃなくてゴーレムだからな、こういう事も出来る」


 そういうと、馬型ゴーレムの背が広がり簡易ベッドと天幕が広がる。


「ええっ!?凄っ!?」


「だろ、コレ一つで国家予算1年分以上だ、俺の元雇い主が謀反食らった原因……の一つである可能性も否定できないぐらいの凄いヤツ」


「ええ……」


「という訳でこれ報告書、適当に添削しといてくれ、それじゃぁオヤスミ」


 良い錬金術師の素質の一つに、数秒で眠りに入れるというのも付け加えておこうか。


◇◇◇


 天高くにそびえる白い鐘楼の元、12の円卓の内、6人のルルティア教大司祭が円卓に座り鐘の音を待っていた。周囲は日当たりの良い草原であり、まるで幻想と思わしき程に美しい。

 其処はこの大陸の何処にでもあって何処にも存在しない場所であり、世界から一つズレた位相空間に存在している。この場所こそ、ルルティア教の秘匿する秘奥が一つであり、同時にこの空間に自力で入る事こそが大司祭としての最後の条件となっている。

 現在ルルティア教に存在する大司祭は12人、そして今回の会議に参加しているのは机仕事が多い人員のみであった。


 鐘楼より鐘の音が響き渡ると、6人の白いフードを被る大司祭全員が顔を上げた。顔が見えぬように全員が面を被っており、精々性別が判断できる程度の物である。


「定刻だ、定例会議を始める……前に一つ急ぎの報告を」


 大司祭の中で最も古くより存在している男が口を開くと、それに続いて老婆のような声が響いた。


「ジーンクラッドの件かい」


「ジーンの兄貴がどうしたって?」


 ジーンクラッドの名に敏感に反応した少女の声が響く。ジーンクラッドもまた彼等と同じく大司祭としての資格を持ち、この空間へと入る事が可能なのだが……彼は前線で戦う為に大司祭の座を拒絶した一人だ。


「ジーンクラッドが現在消息不明、しかも事前にどのような任務に就いていたかの情報が消されている」


「んー?まぁ彼強いし、その内戻って来るんじゃないのぉ?」


 間の抜けた男の声、それにいら立つように先ほどの少女が声を上げる。


「黙ってろオッサン、婆さんも情報拾ってんだろ?何があったか分かるか?」


「ヴァリア共和国の国境付近で聖剣を抜いたのは確認してる。その後の消息が完全に不明って事ぐらいしか分からないねぇ」


「はぁ?なんでヴァリア共和国にジーンの兄貴が?」


「誰かが依頼投げたんじゃなぁ~い?」


「オッサンは黙ってろって、婆さんも隠し事せずに手早く話してくれよ、流石にちょっとヤベェだろこれ」


「嬢ちゃんの言う通りだね、消息は不明だけどヴァリア共和国の国境線沿いで戦闘があったのは確認してる。それと、何人か魔術を使える司祭も動いてる事から偵察任務かと思ったのだけれど、聖剣抜いてるって事は余程があったみたいだね」


「兄貴はオッサンと違ってあんまり剣抜かねぇからな、そんで?」


「おいおい、オジサン早漏みたいに聞こえるじゃないか」


「バカは黙ってろって!」


「はいはい、落ち着きな。今派遣されている司祭の確認してるから、詳細情報が上がって来るとしても最短で5日はかかるね、嬢ちゃんはそれまでもう少し大人しくしときな……それにアタシの勘だけど、どうにもきな臭い」


「だよねぇ、国境線で剣抜いたって事は小競り合いに巻き込まれたとか?でも中立のウチに喧嘩売って来る程、何処の国も狂ってもないよねぇ?」


「ま、どっちにしろ情報待ちだ、ジーンクラッドがやられたとも考えにくいから、ちょっと厄介事に巻き込まれたぐらいだと思うがね」


 ある程度話がまとまったと見たか、再び古い男が口を開いた。


「聞いての通り、現在ジーンクラッドが行栄不明だ。私も心配していないが、各位留意しておいてほしい……それでは改めて定例会議を始めるとしよう」


 そういって、本来の会議を開始する6人。ジーンクラッドの死を彼等が知るのは、まだ先の話である。


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