ルベドの動く砦
「さて、大まかな殲滅は終わったが」
目に付けたモノクルをクイと上げて戦場を再び鳥のホムンクルスを用いて見下ろす。どうやら前線は崩れ、砦から逃げ出した兵達はレイシア達の騎兵が上手く踏み荒らして連携をさせないように動いているようだ。
既に士気が落ち切った末端の兵達は四方八方に逃げ出しており、マトモに部隊として動いているのは2000にも満たないだろう。
「ルベド特別顧問、砦が落ちました」
伝令からの報告に頷き、次の手を考える。というのも、このままだとレイシアの部隊の負荷が結構大きいのである。既に結構駆け回っているようであり、馬側の疲労も考えるとそろそろここ等で決めておきたい。
「報告ご苦労、次の策を使う為に今砦に入っている兵達に通達してくれ、今すぐ全員砦を出て欲しいと」
「は?いえ、了解しました。しかし決定権は第八皇子がお持ちなので……」
彼の反応も最もだろう、なにせ今先ほど必死になって落としていた砦から出ろというのだから。普通は「何言ってんだコイツ」となるのは分かる。
「ああ、許可を取ってからで良いし強制もしない。だが、全員出るのであれば完了した後魔術なりで合図を頼む。その際にはなるべく砦より離れるようにと」
「はっ!直ちに!」
そう言うと、伝令は速やかに駆け出した。
今から行うのは余ったゴーレム達を使った廃品利用だ。どちらにしろ、ゴーレムはこの戦で使い切るつもりだったので、より効率的な使い方を行う事にした。
皇子側の対応にもよるが、反応が芳しくない場合は適当に残りの魔力で大規模魔術ブチ当てれば大丈夫だろう。疲れるからあまりやりたくないのだけれど、其処は仕方ない。
等と考えていると、想定以上に早く兵達が砦より出ているのが見えた。思ったよりも敵の捕虜は少なく、どちらかと言うと撤退に近い形にも見える。皇子側の決断の速さと思い切りには参る。
「この状況でその判断を下せるか、まったくもって信頼が怖い」
さらに数分の後に魔術で合図が上がったのを確認し、砦の各箇所に配置したゴーレム達を基点に魔術を行使する。足を踏み鳴らし、砦の周囲に補助用の陣を魔術にて刻むと、周囲の魔力を吸い込み自分だけでは足りない魔力を補強した。
「"始まりは種子、命ありし物、命無き物、双方結い上げ、終わりに土くれ―――見下ろせ巨人、
大地が揺れ動き、目前にあった砦が組み変わり、緩やかに立ち上がる。
砦の材料を用いて、元あったゴーレム達を基点にして新たな超巨大ゴーレムを作り上げてみた。相手の士気を折り切る最後の一手という奴だ。
雲突く……程のサイズではないが、少なくとも動くこのサイズの物体など見た事があって精々竜種ぐらいだろう。爆発にも近しい衝撃を以って立ち上がる巨人の姿は、見る物を圧倒する……といいなぁ。
「る、ルベド特別顧問!?アレは!?」
周囲の護衛兵達が驚愕しながら問いかけて来たので、シンプルに回答しておいた。
「即席で作ったゴーレムの大きい奴だな」
寝起きの子供のようにフラフラと立ち上がり一歩を踏み出す巨人。緩慢にも見える巨人の歩みは、その大きさ故の物であり実際には相応に機敏である。見上げる味方の兵達ですら恐慌しているのを見るに、歩み近寄られる兵達の恐怖や如何程の物かという所だ。
とはいえ、実際の所は対策されていると割と容易く崩されるのだが……まぁそこはソレ、初見殺しこそ戦場の花だ。実際、先に戦った聖人相手に使っても片足から切り崩されて終わりだろうし、雑兵狩り専門の兵科である事は否めない。戦力あたりの圧縮率が悪いとも言える。
しかし、今回のように効率的に戦況を進める事にも使える。結局は使い方次第だ。
そもそもの話、この技術自体が敵を攻める為の技術ではなく、防衛拠点を動かす為の魔術だったりするのである。それに、本来複数人で使う魔術の為に自分の残存魔力は残り3割ぐらいだ、正直魔力面はカツカツなのでもう一度変な奴に襲われると下手すると死ぬ。
ちなみに皇子が引いてくれなかったら、残存魔力を計算しながら大魔術を何度も叩き込む事になっていただう。そっちの場合ほぼ魔力は0になる為、後は寝込むしかない所だった。
「とはいえ、手早く終わらせる必要もあるからな」
少なくとも並みの超人程度ならば軽く潰せる。ハッタリ以上の性能は備えているつもりだ。さて、敵はどう動くか……と思っていると、早々に降参したのが見てとれた。
「士気を挫けばこうもなるか、なんにせよレイシアが無事なら万々歳だな」
やや不完全燃焼ではあるが、俺の仕事自体は無事完了といった所か。久々に自前の魔力の7割近くを消費したので疲労が一気に来た感じが凄い。暫く寝たい気分だが、まだもう少しだけ頑張るとしようか。
「お見事です、ルベド特別顧問」
「ん、まぁ褒めるのは此方の被害が上がってからだな、それに捕虜の取り扱いも難しそうだ」
さて、もう少しだけ気張って働くとしよう。
◇◇◇
「いやはや、実に見事だったよルベド殿」
「然り然り、文句のつけようのない戦果だ」
して、現在は皇子とジーン騎士に捕まり色々と天幕で質疑応答中だ。やはり砦を動かしたのはかなり印象に残ったらしく、本当に1から100まで全部聞かれた。専門知識など聞いても分からないだろうに、それでも良いからと話を聞かれたのだ……王族相手だ、答えない訳にもいかないだろう。
「二人ともそれ話すの3週目な気がするんだけど」
「まぁまぁそう言ってやるな騎士レイシア、二人とも今回の作戦は失敗前提といった所でこの大戦果、祝わずにはおれまいて」
と、レイシアをなだめる騎士レディア。ちなみにブルーノ男爵は砦が立った時のショックで寝込んでいる。元から体弱そうな人に対して心労を与えてしまい、なんだか悪い事をした気分になった。
「此方の損耗は死傷者32人のみ。まさに大戦果と言って良い、あの後どうするか処理に迷う砦も、問題無く此方の優位な位置に移動させる事が出来る。更に言えば―――」
「砦を建造しては、また奪われるかもしれないという恐怖感を植え付ける事が出来たと」
騎士ジーンの言葉を引き継いで言うと、彼も満足したように頷いた。
「そうなる。これは我々にとって非常に大きい利点だ。今回のような離間工作の大きな抑止力となるだろう」
その言葉を聞きながらも、少し深刻な表情を見せて第八皇子が呟いた。
「……しかし今回の件、マカカ辺境伯だけの手で行われたにしてはあまりに大がかりじゃないか?それにマカカ辺境伯も、使者を送った現状においても知らぬ存ぜぬを通しているようだ」
「確実に背後に何処かの国からの補助があったのでしょう、流石に何処の手が回っているかまでかは分かりかねますが」
皇子もジーンも何処からの手が入ったのか少し気がかりなようだ。俺が伝えるべきだろうか?しかし、伝えた所でどうこうなる物でも無いのが困り処だ。
「皇子、その件に関してなんだけど」
と、レイシアが口を開く。……伝えた方が良いのかやや怪しい所だが、俺は別に彼女への命令権を持ち合わせている訳ではない。なので黙した方が良いだろう。
「その……ルベドの旦那が教会の手の者を見たって言ってるんだ」
おや、聖人の件は隠すつもりか。だが良い判断かもしれないな。
「申し訳ありません、皆の士気にかかわると思い、此度の戦が終わるまで内密にと口止めをしておりました」
「教会が……?情報を拾い集めているだけではないのか?」
「偵察中、明確に攻撃を受けました。しかし、逃げられてしまった為証明する手立てはありません」
「あの時の戦闘音か、あれほど派手な攻撃となれば殺意は明確だな。しかし……ううむ、にわかには信じがたい」
騎士ジーンはそう言いつつも、頭の中で何処か腑に落ちたのだろう。先ほどよりも深刻な表情を見せて此方に視線を送って来た。それはある種、救いを求める視線にも見える。
「残念ながら事実です。ですが、それが教会の頭の命令なのか、あるいは手足の暴走なのか……中立を謳う組織が何故この時期に妨害工作を行ったのか、詳しい事が分からない限り無暗に口に出す事も、その……」
と、言葉を濁しておく。とはいえ、詳細は後であの聖人に聞けば良いので裏付けと証拠をつかんでから問題として上げれば良いだろう。
「うむ、そうだな」
「少し湿っぽくなったね、どうだろう?街に戻ったら軽く祝賀会でも?」
「本当は参加したいのですが、私には今回の件を伯爵様に報告する必要があります。レイシアはどうする?」
「旦那だけ返す訳にもいかないだろ、名残惜しいけどお二方とは街で一旦お別れかな」
「砦は、伯爵管轄の街の近くで一旦下ろしてくれて良い、僕達みたいに足の早さが取り柄の部隊が持ってても仕方ない。伯爵なら良い再利用方法を思いついてくれるだろう」
「承知しました」
……本当の所、新しい実験を行いたいが為に早く帰りたいとは言えないのであった。
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