走狗達

 第八皇子は目を見張り驚愕する。ゴーレムを操り砦を落とすとは聞いていたが、実際にそれを目で見るのと聞く事とは違う。


「これほどまでか……」


「皇子、動きますか?」


「無論だ、詰めて落とし切る」


 戦においては流れと勢いが大切だ。砦の一画が扉ごと崩れたこの状況では、マトモに防衛が成り立たない筈である、ならば一気に攻め落とすべきだろう。


 元より、その作戦で行く予定であった為に混乱も少ない筈だ。


 崩れていない城塞の上では弓兵と魔術兵を優先的に殺して回るゴーレムの姿が捉えられているのが、総軍の指揮を高揚させている。兵達にとって最も恐ろしいその2つをゴーレムが身をすり減らしながら削っているのだ、この機会を逃せば4倍では足りぬ損耗が出る。それは皆が理解している事だった。


「総軍!突撃!」


 一気呵成に総軍が突撃を開始する。


◇◇◇


「本当にやった!?って事は……総員、そろそろ出番!」


「「「はっ!」」」


 正面から詰め寄せた兵達の数に驚き、このままではなぶり殺しに合うと判断した砦の兵達が後方の門を開いて我先にと逃げ出そうとする姿を遠目に捉え、部隊を動かし始めるレイシア。


「離脱までの判断が早いですね、もう少し粘れる気はするんですが」


 レイシアの副官の一人がそう言うと、レイシアはそれを否定する。


「いや、良い判断だと思う。ゴーレムに前線乱されて門まで砕かれてたら、野戦で空間確保できなきゃまず対処できない」


「そうなのですか?」


「敵味方入り乱れた砦って狭いから、敵に乗り込まれた時は場所あたりの戦力配置が凄い大切になって来る感じ分かる?あのゴーレムって、えーっと……人間一人が取る場所あたりの戦力が圧縮されるというか……狭い場所かつ敵味方同数だと私でも5体仕留められるか分からない、でもゴーレムは逃げ場がなくても耐久で受ければ良いし、同数での力押しだと明確に分があるというか……うーん?」 


「突入部隊としては非常に優秀だと?」


 曖昧なレイシアの言葉から、なんとなく意味合いを掴み取った副官がその言葉を口にすると、概ね言いたいことが伝わったとレイシアが頷く。


「うん、ゴーレムの力が凄く強くて閉所で力押しされると動き回って回避とか切り返しが出来ないから本当に厄介だと思うよ」


 砦の後方側、炎の魔術の被害を受けなかった木造陣からも兵達が出はじめ、離脱の為の陣形を整え始める。


「っと、アレは砕いた方が良いかな……総員足溜めて突撃の間合いに入るまで通常速度、間合いに入ったら全速力で背面から突き崩す!守りが硬かったら一撃離脱を繰り返して相手の足止め優先で動くよ!」


「「「了解!」」」 


 そのまま速度を抑えつつ敵兵に対して接近を試みるレイシア率いる騎兵部隊。彼女達は敵を離脱させない抑えの部隊である。

 戦場においてこの抑えが無ければそのまま追撃戦になるのだが、抑えが上手く動けば包囲殲滅という形で機能する。そして同時に最も危険にもなり得る配置である、なにせ相手の逃げ道を防いでいるのだから、逃げたい敵兵は殺到してすり抜けようとするだろう。


「旦那も随分私の扱いが荒い……まぁ、適当な所で引いて良いとは思うけど」


 僅かに目を閉じて、再び敵兵を睨むレイシア。


「だけど、伯爵の為って知ってるからね」


 レイシアはこの短い期間ではあるが、ルベドの性格は多少なりとも理解しているつもりだ。彼は非常に義理硬く、同時に恩という物を大切にする。


 そして、それ以外は全て敵か中立であり、それら2つを薙ぎ払う事に一切の躊躇を見せないという事も理解していた。

 レイシア本人ですら必要とあれば切り捨てるだろう、だが伯爵がレイシアを必要としている間であれば何があっても助ける。それは彼女も理解していた。


(ちょっと嫌な信頼関係だけど、信用させてもらうかな)


「レイシア様!」


「ああ、総員突撃!!」


 敵を間合いに収めたレイシア達騎兵隊が、陣形すら整わない敵部隊に殺到し馬上槍により一瞬で10の敵を串刺しにて見せる。隊長であるレイシアは、すれ違う5人を順番に切り伏せるという業の冴えを見せる。


(実は私だけコッソリ持ってたり)


 返り血を浴びてニヤリと笑うレイシア。ルベドより伯爵に渡されていた試作品の身体強化アミュレットを、こっそり伯爵より借り受けていたのである。


 彼女はある種ルベドに近い性格をしている。ある物はすべて使い、たとえ地を這ってでも結果をもぎ取るという信念を持ち、その全てを伯爵へと捧げる覚悟を決めている。

 故に彼女はルベドと走狗皇子を戦友として好いている。それは彼等もまた彼女の信念に近い物を持ち、特定の何かに全てを捧げているからだ。


 走狗皇子は容易く他者に指揮権を譲り容易く頭を下げる。他の王族が頭を下げられぬならと、自ら泥をかぶる事に一切の躊躇は無い。とうの昔に彼は個を捨て去り、そして国に殉じている。


 レイシアも伯爵に殉じている。騎士学校より引き抜き騎士に抜擢し、金銭と時間と慈しみを惜しみなくつぎ込み騎士にしてくれた。それを返すには走狗の如くに走り抜け狩り続けるしかないのだ。

 彼女に商才は無い、戦略の才は無い、魔術の才は無い、だが戦士としての才と戦術の才……そして走狗の才は人並み以上にある。


「殺せ殺せ殺せ!殺した分だけ後が楽になるぞ!」


「「「オオオオオオオオ!!!!!!」」」


 彼女の声の後に野太い男達の声が響いた。


 勢いの乗った騎兵達は敵部隊を真っ二つにし、その中央を横断すると更に体制の整っていない部隊へと向かい戦場を大いに荒らす。小飛竜リトルワイバーン、彼女の渾名を示すように部隊から部隊へと飛び移り荒らしては切り捨て、先陣を切る少女は既に血にまみれていない場所は無いと言わんばかりの朱に染まり、高笑いしながらゴミのように敵を散らしては離脱を繰り返して見せた。


 暫くすると、騎士レディアの旗が此方へと合流する素振りを見せた為に、部隊全体の疲労度から小休止を入れる事も視野に入れレディア側へと馬を向かわせた。


「滾っておるな!騎士レイシア!」


「ああ!私だけでも40ぐらいは切った!」


「ハハハ!小飛竜の小を取っても良さそうだな!」


 ややお堅いレディアが軽口を叩ける程度には勝ち戦という事であり、レイシアもその事実から一旦指揮官としての落ち着きを取り戻す。


「それで、前線は?」


「おお、ゴーレムが身を挺して超人兵・投薬兵・魔術兵の3つをほぼ処理した為に後は此方の後方部隊だけだが……ルベド殿が更に何かトドメを仕掛けるようだな」


「まったく敵も災難だ、旦那だけは敵に回したくないよ」


「クク、同感だ」

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