泥の兵
「では、レイシア配置を頼むぞ」
「了解、時間的猶予あんまりない感じだよね?」
「ああ、少々キツイだろうが頼んだぞ」
「問題無いよ、ルベドの旦那……幸運を」
そう言ってレイシアが馬を駆り森を迂回して敵の背面へと回るのを見送った。
レイシア達の駆る馬が砂煙を上げて移動する。彼女も俺の強襲が失敗すれば今回の遠征は失敗であるという事を理解しているのだろう、別れ際の表情はやや硬かった。
大きく息を吸い込む。
―——ああ、土と、風と、鉄の混じった香りがする。やがて此処に血の香りが混じり本格的な戦争の香りになるのだろう。
森と森に挟まれた場所に位置する目標の砦を睨む。さて、仕事の時間だ。
「では、往くぞ諸君。今日を以ってこの大陸の戦争の全てが変わる。あるいは……大いなる戦の前日譚となるだろうよ」
赤いローブを鞄より取り出し身にまとう。
赤い、金糸により我が王の紋章の入ったソレは殺しの外装。返り血を隠す為のローブ、そして自らが死するを是とする為のローブだ。
スクロールを取り出し、ゴーレムの一団を招来する。草木や土、砂、泥が絡まる異形の兵達はたとえ最前線であっても一切恐れを見せる事は無い。心が無い。故に強靭で弱く、その心無い弱さを自らが補強しなければならない。
ああ、心が高ぶる。
此方の動きに合わせ皇子の魔術兵達が一斉に炎を放った。空が炎で埋め尽くされたかのような錯覚と共に、木造の陣地がみるみる内に焼け落ちていく。後先考えぬ魔術の乱打により中から火だるまになった人々の悲鳴が上がり、炎の内を踊り狂った後に倒れ逝く。
ああ、気が高ぶる。
きっと私は戦場が無ければ生きられないのだろう。何故なら私の作品が最も躍動するのが戦場だからだ。私が生きている限り何度でも平和を作って、何度でも乱世を作って、破壊と平和を何度だって繰り返して、きっと沢山の人を殺してしまうのだろう。
「前進」
そう口にする。同時に周囲の兵、そして皇子の兵が全兵を前に出すように展開する。事前の打ち合わせを行っている為に、現時点でこの兵達が戦闘に加わる事は無い。この展開はゴーレムの援護というよりは、城塞に対して威圧をかけて兵を出させないけん制だ。
相手側としても野戦は望む所ではない、まずはマカカ軍がゴーレムを迎撃する所からその戦争が始まると見て良いだろう。そして、可能ならばそこで必殺を狙う。
展開した兵の一団から異形ともいえるゴーレムの軍団が突出し、その堅牢な砦に肉薄していく。一糸乱れぬ動きは自動操縦による物だが、物言わずそれを見せるのは初見であれば何処か不気味にも見えるだろう。
「撃て!」
マカカの砦から大きく聞こえた号令。恐らく後に続く筈の本隊用に魔術兵を温存するという判断で、マカカ側の兵がゴーレムに対して矢を射かけた。空から周囲を埋め尽くすような小さな影が雨のように落ち、ゴーレム達に突き刺さったのが遠目でも分かる。だが、矢の雨を意に介さずゴーレム達は乱れる事無く進み続けた。
以前にも述べたと思うが、ゴーレム側に弓等の武器を持たせるのは対費用効果が悪い。その為、現時点では応射すら起きずに針山のように体に矢が溜まって行くばかりである。
しばらくすると体に矢が溜まって来たゴーレム達の歩みは明確に遅くなった。ついには、横転するゴーレムも現れやがて全てのゴーレムが停止し、マカカ軍からは歓声が上がる。
「まぁ演技は……このぐらいで良いか」
砦からの歓声が突如として途切れた。倒れた筈のゴーレム達が再び事も無さげに立ち上がったからだ。立ち上がったゴーレム達は自らの体から矢を引き抜き、矢を山積みにして再び敵砦に向かい歩み出す。その様はまるで幽鬼のようでもあり、さながら不死の軍勢のようにも見えた。
これらは全て演出だ。普通の矢を受けた程度でゴーレムの歩みは遅くなる事は無いし、倒れる事は無い。そうする事が、劣勢を演じるフリをする事が、効率的に相手の戦意を削げると判断したから操作して行っただけだ。同時に、次の相手の行動をある程度制限する。
その想定通り、矢で無理ならばとマカカ軍から魔術が飛来し始める。
「本番だな」
これまでの自動操作ではなく半自動操作に切り替えると、今までの緩やかな前進しか出来ぬ愚鈍さが嘘のように機敏に動き魔術を回避し始めるゴーレム達。
回避の動きを見せた為に魔術ならば致命打を取れると判断したマカカ軍は、一層火力を強めて雨あられの如くに魔術を振らせる。
「まぁ、想定内ではあるが……」
事実として、魔術の直撃をモロに受けたゴーレムは砕かれ行動不能となる。だが、回避性能が高く動き回るゴーレムに上手く対応出来ず、通常より多くの魔術を打ち込み接近された際の防衛力を大きく落とし続けているのはマカカ側の失敗だろう。
数体が魔術の直撃を受けて破壊されながらも、他のゴーレム達が城壁に食いつき、砦の上から焦り落とされる落石を回避しながら、蜘蛛のように壁を踏破するのを確認し、少し思考を巡らせた。
さて……此処までの流れを総合的に判断した所、相手指揮官側の判断力は中々だろう。思ったよりも相手側の状況の見極めは早く、かつ対処行動も比較的に的確であると評価を下す。ならば念の為に、視界と耳を前線のゴーレム達に切り替え此方も不足に備えておくのが無難。
視界を城壁を乗り越えた前線のゴーレムへと切り替えると、その狂騒は中々の物であった。今だ悲鳴より怒号の方が多いのは指揮系統が崩れていないが故だ。現状自分の意識の1割程がゴーレムの内の1体に乗り移った形である為に、大雑把には動かせるので……まずは指揮系統を崩すとしよう。
「うおおおおおお!」
「奴等を近寄らせるな!」
「やれェ!!」
……ちょっと喧しいな。
敵兵達の声がぎゃあぎゃあと喧しいので、ゴーレムで拾う音量を絞り気味にする。どうせそこまで意味のある言葉を喋っていないだろう。
城塞の壁上という狭いスペースで魔術を撃っていた所に、ゴーレムという接近兵科が城壁を無視して乗り込んできた為、一瞬で貴重な魔術兵に大打撃を受けたマカカ。弓を撃っていた兵が盾になりつつ逃がしてはいるが、長物を持っていない為に対処に苦労しているようではある。
……まぁ初見で対応されたらそれはそれでちょっと凹むので、これぐらいの混乱が自尊心的には丁度良い。
敵兵の何人かを足蹴にして、兵達の上をピョンピョンと身軽に跳ねていく。もっとも、ゴーレム本体の重量が相当な為に足蹴にされた兵達はひしゃげて潰れるか、良くて骨折や脱臼だ。
城塞より魔術を放っていた兵を優先して他のゴーレムに狙わせ、自分は指揮系統を狙う。双方を狙いどちらか片方でも成功するか、相手が混乱すれば良いのだから比較的気が楽である。
幸い、魔術兵に向かったゴーレム達も飛び跳ねながら敵の魔術兵へ食いつき、腕の一振りで数人を肉片へと変えたのが見えたので成功したと言って良いだろう、ならば
咄嗟に何人かの兵が魔術兵に対する壁になったものの、ゴーレムの勢いは苛烈の一言だ。刃で手足を切断されても執拗に魔術兵を狙い何人かの魔術兵の首を引っこ抜き続けている。
彼方が派手にやっている為に敵兵達の意識が魔術兵側に強く向いている。此方が動きやすくなったというのに遊んではいられないな。
冷静に周囲を見渡し、指示を飛ばしている指揮官を狙い肩に飛び移り首をへし折っては跳ねて、へし折っては跳ねてと、どんどんと敵陣深くに切り込んでいく。
このまま敵大将を落とせれば良いのだが。
だが、そんな無茶がそう上手く続く筈もなく、身体強化の魔術と
薬剤の使用は兵のスタミナを大きく削る為長期戦には向かない。もっとも、しばらく休めば精々筋肉痛で終わる程度の非常に弱い副作用に抑えているのは、薬剤が発達したこの大陸故だろう。元いた大陸なら下手すれば廃棄手前だ。
さて、疑似超人が出て来たという事は、このまま手を打たねば前衛のゴーレム達の命運もそう長くは無いと考えて良い。
「第二陣、展開」
なので追加で手を加えていた、特別性の50のゴーレムをさらに展開する。
マカカ砦では今だ壁を昇ったゴーレムの対処を行われている中、ゴーレムの二陣が展開された為に僅かに混乱が起きる。今度のゴーレムは巨木を切っただけの大槌を携えており、明確に城門を割りに来ている編成であるが、魔術兵をゴーレムから守る為に一度下げてしまった為、対応が遅れる事は必定となった。
此処でマカカ軍の守兵長が焦りを見せた。先のゴーレムへの対応は魔術兵ありきであった事、そしてゴーレムを迎撃中の乱戦下で魔術兵を前に出せば役目を果たす前に殺されかねない。今度は最初から全力で走っている為に、城門を取るか、魔術兵を取るかの判断を迫られたのである。
そして、守兵長は魔術兵の安全を取ったようだ。
城門が易々と突破される事はまずないと判断し、落石や弓矢での対処を取ったのである。同時に、先の魔術兵が襲われた際に、通常の兵である程度対応出来た事もその行動を取らせるに至ったと考えて良いだろう。
それが罠とも知らずに。
同時点でレイシアは手勢の騎兵200を全て動かし近場の森に潜んだのを確認した。相手の混乱具合から、動きを捉えるのは難しい筈。
これで全ての策が成った、後は蹂躙だ。
「突撃!」
ゴーレムに魔力を流し指示を飛ばす。すると、先のゴーレムの更に3倍の速度でゴーレム達が駆け出した。騎馬の速度よりも尚早く見える程の速度、その秘密はゴーレムに仕込まれた身体強化のアミュレットにある。……以前納品の為に作った物だが結局訓練が間に合わなかったのでゴーレム用に改造して組み込んだのだ。普段なら勿体なくて絶対にしないが、今回は時限もあり切れる手札が極端に乏しかった為の苦肉の策である。
巨大な1本の大木を10体のゴーレムが抱え走り、それを守るように展開し走り抜ける残りのゴーレム達。致命打になり得ぬ矢嵐を囮のゴーレムがその体に敢えて受け、まるで丸太のゴーレムが弓矢で止まるのではないかという錯覚を与える。
無論、そのような事は一切ない。だがそう動いたのならば、一抹の望みを掛けて矢を射かけるしか無いのだ。もしも相手が、このゴーレム達が速度と攻撃力に特化していると考えれば、その耐久性能が低下していると考えてもおかしくは無いだろう。
「撃て撃て撃てえぇぇぇぇぇ!!」
最早絶叫にも思える程の声が戦場に響き、矢嵐がゴーレム達に飛来する。しかし、その効果はまったくと言って良い程無く、一切脚を止めずにゴーレム達の破城槌が城門に直撃した。
ゴーレム達の質量と速度と大木が合わさり、恐ろしい衝撃が城塞全体に響く。たった一撃で壁の一部がガラガラと音を立てて崩れ、門がへし折れ、三度目は無いと言わんばかりにゴーレム達が遠ざかりトドメの一撃を与えにかかる。
「崩れるぞおおぉぉぉぉ!」
絶叫が再び上がる。慌てて魔術兵を前に回したが、最早遅い。ゴーレム達の槌が2撃目を城門に浴びせかけ、堅牢な筈のその門を容易く粉砕した。
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