走狗皇子
さて、昼寝の時間もつかの間。これまで皇子との接触無く上手くやってきたが、それも終わりらしい。自分から避けていて「ようやく」と言うのも変な話だが、ついぞ呼び出されてしまった。
「やぁやぁ、貴方がルベド殿か!」
気さくに微笑み手を伸ばして来たのはエガル・オブ・ヴァリア第八皇子。継承権こそ破棄しているものの、王位継承が三位以内であれば確実に王となっていたと目されている男だ。
レイシアからはそこそこ戦が強い気さくな人であると聞いている。だが、彼我の戦力差が同数であればまず負けないとも言っていた。それ即ち、私的には超が付く名将である。というかレイシアの求める戦上手の基準が高いあたり、劣勢を覆してこその名将と思っているフシがある。
そのあたりよくない傾向なので、今後お話する必要性があるな。
彼我同数での勝利というのは中々に侮り難い。少なくとも条件さえ対等の状況にしておけば派手な負け方はしないという事であり、後は足りない部分を補える補佐官が居ればどうとでもなるのだ。それこそ後方から物資を融通する我らが伯爵しかり……。
「幼い見かけによらず随分と血の臭いをさせておられる、伯爵殿が重宝されるのも分かるという物よ」
そして皇子の隣に佇む爺さん然りだ。間違いなく超人かつ相当なやり手、この皇子の能力を理解して補佐する為の存在と見て良いだろう、まぁ話すに当たりやり辛い事この上ない。交渉面も戦術眼も俺より間違いなく上手だろうな。長期的な戦術や戦略レベルならギリギリ俺が上と言った所か。此方は千日手と消耗戦と負け戦のプロであるので、そのあたりは任せてほしい。
と、そんな事を考えて皇子の手を取るか悩んでいると、レイシアがそっと俺の手と第八皇子の手を握らせた。
「旦那も警戒しなくていいよ、少なくとも皇子はこっちの味方だから」
「無礼打ちでもおかしくない事をしたぞレイシア」
「やらないから大丈夫なんだってば、アタシと伯爵や男爵にもとても良くしてくれてるんだよ」
「まったく……とにかく、平にご容赦を」
「ハハハ、あまり気にしないでくれ」
深々と頭を下げると、溌剌と笑い手をしっかり握る第八皇子。随分と気安い人だが、王族としてそれで大丈夫なのだろうか?
「お初お目にかかります、ご存じでしょうがルベドと申します」
改めて一礼を行うと、納得したように皇子と老人の2人が頷き口を開いた。
「私は第2近衛騎士団のグラーグ・ド・ジーンだ。騎士レディアとは長い付き合いである、詳しく知りたければそちらに聞くと良い」
「うむ、私はエガル・オブ・ヴァリア第八皇子だ。時間が無いので早速だが少し状況のすり合わせを行いたい。私はレイシア殿から其方で前衛を受け持っていただけると聞いているが、なんでもゴーレムを使うとか?」
「そうなるかと、相手の弓兵及び魔術兵に関してはゴーレム側で被害を引き受け本隊を温存。状況次第になりますが、ゴーレムで城門を破壊した後に皆さんに後詰めを行って頂く事になるかと」
「ルベド殿、キミの頭の中では何処まで流れが読めている?」
おや、これは試されているのか?
「考えられるのは3つの状況です、もっとも可能性が高いのがゴーレムの被害と200程の兵の損害で城砦を落とせる。ついで高いのがゴーレムのみで全てのカタが付く。最後がゴーレムが全滅し、この遠征が失敗する……といった所でしょうか」
「ほう、ゴーレムだけでは流石に難しいと」
「流石にそこまでは己惚れてはいません、ゴーレムとはすなわち兵の為の壁。人的被害を出さない、あるいは減らす為の城壁や攻城兵器の延長線上であり、それが正しい運用であると考えています」
もちろん、金をかければその通りでは無いが今回は金を掛けていないので程度が知れているだろう。
「なるほど、キミは正しく将であるようだ。フフ、キミのような人と肩を並べて戦える事を光栄に思うよ」
貴公子もかくやと言った笑顔を浮かべてキラキラとしたオーラを放つ第八皇子。この皇子はどうやら大概人たらしだと思われる。……女も結構泣かせてそうだ。
そんな事を考えていると、レイシアが自分だけに聞こえるように後ろからこっそり話しかけて来た。
「皇子は他の皇族達からも愛されてるから、仲良くしといた方がいいと思うよ」
「誰も仲良くしないとは言って無いだろう」
「いや、なんか避けてたから」
「そりゃ避けるだろ、皇族だぞ、何処に地雷があるか分からん」
なるほど、と、レイシアが少し納得した顔を見せて少し下がった。
「では、改めて状況の確認を行うとしよう」
老人が口を開いた。まぁ説明は前にレイシア達に行った事の繰り返しだろうけど一応はしっかり行うか。
◇◇◇
という訳で一体のゴーレムを使って再び似たような説明を行うと、第八皇子とそのお付きのジーンの双方とも関心したように頷く。
「接近戦での破壊は超人であっても間違いなく手間取る。おそらく10も切りつぶせば私のような老人では疲れ果てるだろうよ、それに主目的である魔術師側に魔術を吐かせ、息切れさせてからの接敵であれば確かに被害は大きく減らせる。実運用があっての戦術であろうが目的と運用が一致した見事な兵科よな」
「素晴らしい兵器だね、なにより食事が必要無く騎兵でスクロールを運搬すれば相当早い展開が可能だ。所で……此方のスクロールに物を入れる技術なんだけど、他の補給物資を入れたり出来ないのかい?」
と、双方にかなりの好印象を与えた。二人とも見るべき所をしっかり見ているらしく、運用に際してどういった動きになるかを伯爵やレイシアよりも明確に想像出来ているらしい。
「スクロールに封じる技術に関しては恐らく食料等の運搬に行うには割が合いません、封じるにあたり魂の無い物体である事が前提条件になりますので、兵の運搬も行えない限定的な技術です。実用的運用となれば……砦建築の為の資材等を入れて運ぶぐらいでしょうか?」
嘘でもないが真実でもないギリギリのラインを話しておく。
「素晴らしい……大陸向こうの戦争はこうも進化していたか、是非時間がある時にルベド特別顧問の話をじっくり聞きたい物だ」
「ええ、腰を落ち着けてじっくり行いたい物です。私としても皇子とジーン騎士の兵の運用に非常に興味をそそられます」
「レディアではないが、私も年甲斐も無く気が高ぶって来たな。戦争における時代の変換点に立ち会えるとは、武人としても一人の男としても抑えきれぬ物がある」
やはりそこは男の子なのだろう。自分も新たな兵器を開発してはワクワクしながら戦場に投入して来たので、彼等の気持ちはよくわかる。
与えられた物をそのまま使う事も大切だが、他の運用方法が無いかと探る事も大切だ。そういう意味では、第八皇子の立場は非常に試験兵器の運用に向いているかもしれない。なんなら今後、試作兵器の運用に協力してもらっても良いかもしれないな。
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