量産型魔剣


「疲れた……やっぱり真正面から剣士と争う物じゃないな」


 見せる手札を少なくして殺す予定だったが、結果として無駄な手札をさらし続けた事になった。やはり実力を正確に見抜けないのは俺の悪い所だな、前線で戦ってるうちに分かるようになると思ったが、今だにそういうの苦手だ。


 目前に散らばった……バラバラになった聖騎士を眺める。もっとスマートな方法があったのにやらかした感じが凄い。髭が無くて寂しい顎を触る。


「魔剣の性能確認と思えばそう悪い物でも無かったが、良いとも言えないなぁ」


 先程までガラスのような刀身が消えうせ、青いだけになった刀身を傾けながら眺める。この剣の銘は"偽魔剣グリモワール"。剣の形をした魔導書であり、魔剣に等しい性質を持ち合わせてはいるが元来は魔術戦に特化した杖とでもいうべき物だ。

 性能は無詠唱で行う事が出来ない魔術を事前に装填しておく事で、任意タイミングで魔術を放つ事が出来る。最大装填数は3発、派生形として刃に込めた魔術を乗せて放つ事が出来る。


 ……件の鍛冶屋に渡した打ち上げてもらった剣であり、本来は自分で使う予定はなくレイシアに渡す予定だったのだが、時間が無かった為に俺が使うハメになった。おさがりで良いなら後でレイシアに渡す予定である。あの子魔術戦不得手みたいだし。


 この剣は遥か昔、神代の終わりに作られた実在する魔剣のレプリカだ。本来は刀身に入れた魔術を体に纏わせたり、刃に乗せて放ったりするのだが俺はスクロールに込められないタイプの特殊な魔術を込めて使っている。

 原点の性能と比べて強度面でやや劣り、同時に込めた魔術の発動にわざわざ剣の解放という手順が必要だ。また、オリジナルは事実上の破壊が不可能であり、意識するだけで解放出来るのでまぁ滅茶苦茶強い。というか同じ材料があっても本当に俺が再現できるかは怪しいと思っている。言うまでも無く作った奴は天才だろう。


 なにせ使い手次第で神をゴミのように切り捨てるのだ、同時に俺の作成した剣ではそれに至らないあたり、現代の劣化した魔術技術に思わず歯噛みしてしまう。


 さて、今回刀身に込めた魔術の一つ目は俺オリジナル魔術の『虚幻書庫』。これは無詠唱での展開を行うと、使用者の脳が負荷に耐え切れず焼き切れる為に詠唱は確実に必要だ。なので事前にコレを込めておいて『虚幻書庫』発動中のみに展開可能な再現魔術を込めておいた。


 その魔術こそ『虚幻書庫』の発動中にのみ使用できる『サイ』と呼んでいる魔術。これは相手と自分が直近に受けた魔術や物理ダメージを再度"当て直す"魔術だ。分かりやすく言うならば双方が直近に受けたダメージを此方の任意タイミングで2倍に出来る。

 俺がとにかくダメージを回避し続けたのは、使用タイミングで自分もダメージ2倍効果を受けないようにである。ちなみに、発動のタイミングで守護系の魔術を使っていた場合、ダメージ自体はある程度軽減できなくもないので、絶対にダメージが2倍になるという物でもない。


 より正しく説明するなら、俺の使っている再現魔法の応用であり、直前の事象を再度引き起こすという物。

 だが、精々さかのぼって小半鐘15分程に与えたダメージを増幅するだけなので、使い勝手は実際の所かなり悪い。


 しかし、存外コレがハマると滅茶苦茶に強い。というよりも、この系統の魔術は相手側が想定し辛い物なので、先のようにダメージ覚悟で突っ込んで来る相手なら唐突な即死に持ち込めるのである。それに加えて、事実上の継続ダメージである重力魔術範囲で"再"を使用した場合、今まで加わっていた力場が一瞬に圧縮されて加わる。


 彼の場合、後方からの魔術障壁で体を守られていた為に、もしかすると発動した所で弾かれる可能性があると思い控えていたが、相手側の魔術接触光が弱まったのを確認して発動したがドンピシャリという奴だ。


「魔術に関する知識差がそのまま勝敗に繋がったな」


 今回の主な勝因だが……広範囲重力魔術は、彼の後衛である魔術師達の魔力を持続的かつ急速に削っていた。常時発動型の魔術に対して障壁持ちや身体強化持ちが入ると、その効果範囲内に居る間は魔力が削られ続けるのだ。


 確かに俺の魔力量と彼等の魔力総量は比べるべくもない、だが変換効率と魔術的相性の差において俺が圧倒的優位に立っていたのも一つ、重力への対抗で無駄に消費された障壁分の魔力と身体強化分の霧散魔力を回収し、重力の維持に使った事も大きいだろう。


 そして加え続けられた重力においては"再"の相乗効果で爆発的な火力を発揮する。


 持続系の妨害魔術と魔術障壁は相性が滅茶苦茶悪いというのは多少研究すれば分かるのだが、どうやら勉強不足だったようだな。


 彼や後方の魔術師がもう少し冷静であったなら、勝負はまた少し……いや、かなり変わっていただろう。此方を逃がさず倒すという目標と、焦りが故に強行したのが失敗だったようだな。

 間合いを取りながらあの光の刃を連続して放ち続けられれば、それなりに面倒だった気がする。


「それにしても、一人の人間を極限まで強化しての決戦兵器運用……実に興味深い」


 実際、あの実力だと俺が止めに入らなければ数千人は殺されていた可能性がある。流石に全部を殺し切る事は無理だろうが、事実上作戦行動は不可能となっていただろう。とはいえ、それは最後の手段だったのだろうが。


「しかし―――勿体ないな」


 名前も知らない彼の腕は中々目を見張る物があった。実際結構追い込まれて疑似魔剣まで使う事になったのだ、事前準備が足りなければバラバラになっていたのは俺だったかもしれない。前衛が居ればまた話は変わってたんだろうが、それこそ現時点であんな化け物出て来ると思ってなかったし……。


 というか、多少無理してでも前衛を連れてくるべきだったと反省する。ううむ、使いつぶしても良い前衛が欲しいな。基本俺後衛だからなぁ。


「……そういえば」


 ふと、面白い実験が頭を過った。


「超人を超人たらしめるのは、魂なのか、あるいは肉体なのか……興味がそそられるな。そして、運よく具合の良い実験素材が手に入った訳だ」


 久々の知的興味に思わず微笑み、その肉片たちを拾い集める事にした。


◇◇◇


 六本脚のゴーレムを歩ませて緩やかにレイシアの元に戻ると、大きく手を振って出迎えられた。流石に派手にやったせいか、俺が戦闘していた事に気づいているようだ。


「ルベドの旦那!さっきあっちでドンパチやってたの旦那だよな!?」


 相変わらずの満面の笑みに思わず気が抜ける。彼女の笑みにはリラクゼーション能力があるのではないだろうかと思い始める。


「ああ、厄介そうな超人が居たから狩っといた……んだが、有名人っぽいけど誰かわかんなくてな、聖騎士っぽいが誰なのかね」


 そう言って首と魔剣を懐から取り出すと、顔を僅かに青ざめさせる。


「嘘……でしょ……ジーンクラッド……?」


「やはり有名人か」


 本人もそれっぽい事を言っていたから確認してみたが、どうやら痛い勘違いした奴という訳ではなかった訳だ。


「有名も何も……旦那なんで彼を殺し……」


 怯えすら見せるレイシアの肩をポンポンと叩いて落ち着かせる。


「明確に敵対行動を取っていたからだ。最悪こちらの部隊を強襲しかねなかったから殺しておいた。結構強かったが対魔術師に慣れて無かったのと、キレイに初見殺しが決まって勝てた感じだな。運が悪ければ、今の貧弱装備じゃ逆に殺されてたかもしれない」


「敵対行動って……ルルティア教は中立でないとおかしいよ!?」


 ふむ、確かに俺の知識でもルルティア教は中立であったと認識している。だが、実情など歴史や時間と共に変わる物だ。


「なら、直接本人から聞いてみるに限るな。おい、起きろ」


 ペチペチと首だけになった男の頬を叩くと、首だけの彼が僅かなうめき声の後に目を開けた。


「んなぁっ!?」


 猫のように跳ねて驚くレイシア、普段なら笑っていたが今はそんな雰囲気ではない。


「レイシア、落ち着け、ただの死霊術の応用だ。捕虜を取らなくても良いから結構便利なんだぞ?」


 そういってもビクビクと怯え顔を青ざめさせるレイシアを再び落ち着かせる。すると、彼女が落ち着きを取り戻す前に聖騎士の首は語り始めた。


「……私は、負けたのか」


「ああ、負けた負けた。だがまぁ、死んではないから安心しろ……生きているとも言い辛いけどな。それで、アンタはなんで俺の妨害を?」


「……任務だ。私も詳細は……知らされていない……お前達が砦を落としたら……夜襲をしかけ……兵を減らす……算段だった。目撃者……殺せと…」


「やれやれ、先手で潰せてよかった。せっかく兵を減らさず落としても、それじゃ意味ないからな」


「私も…問うつもりだった…帰って……この…任務…意義を…」


 はっはーん……なんとなくわかって来た。ルルティア教の連中、コイツが此処で負ける事最初っから頭になかったな。だとすれば、此処でコイツを抑えたのはかなりの情報的優位性を確保したと見て良いだろう。


 さて、この情報をどう生かせば伯爵に利益が望めるかだな。如何せん政治方面への理解度が低いが故に、俺の現情報ではそこまでの利益を望めそうにない。物理的な価値であれば相当な物なんだがなコレ。


「とりあえずコイツは一旦此処で預かっておくぞ、皇子達には戦争後に伝えるか伝えないかを決める。今此処で変な情報を伝えるのは、次の戦闘に差し支える可能性がある」


「その気遣いを私の時に見せてほしかったなぁ……」


「レイシアは俺がカバーするから問題無いさ、それに戦争でコイツより強い奴が出て来る事はほぼ無い……と思う。というか、戦争で超人が出張って来た時は何時もどうしてるんだ?」


「皇子か私かレディアの爺さんが対処してる。王族は大体超人の血が色濃く出てるからね、あと一応私達騎士も投薬したら戦えるよ」


「ああ、増強薬があるのか」


「並みの超人ぐらいなら一人で仕留められるかな」


 薬学が発達しているという事は、そういう薬もあるという事だ。ちなみに超人も薬を使えるのかと言えば、彼等はそういった薬の効きが悪い為に一般人がリスク承知で使って立ち向かうのが主な使用用途になるだろう。


「とはいえ薬の効果が余程でなければ、この男相手はキツそうだがな」


「いや、シレっと旦那倒してるけどジーンクラッドは事実上の英雄というか……その、比べる方がおかしいからね?」


「かもしれないな。だが、マトモに戦えば勝てていたろうに愚直故に迷い敗れた男だ。恐らくだが実力の半分程度しか出せていなかったぞ、しかし、そうだな……不器用な男だが好感は持てるよ」


「……中立の筈がこんな所に邪魔しに来てるって事は何かあったんだよね?」


「だろうな、レイシアも迷って殺されないように気を付けてくれよ?私は少し疲れたから休息に入る、用があったら呼んでくれ」


「……うん、わかった」


 レイシアの様子が少し気になるが……今は馬上でひと眠りするとしようか。

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