聖剣 3
まずは先手を取って魔術を放つ。マトモな殴り合いで勝てる筈も無いので、寄せず放さずでとにかく削ってスキを見て行く事にする。超人の遥か後ろにはサポートを入れる複数人の一流魔術師まで居る為に、素直な削り合いは敗北まで一直線だ。
もっとも、彼我の総合魔力量では泣ける程に劣っているが、やりようなどそれほど腐るほどある。
「"ファイアーボルト"」
詠唱破棄と呼ばれる魔術方式で此方の大陸の魔法を放つ。これは呪文名だけを口にして放つ詠唱方法であり、魔力消費が無詠唱よりもやや軽減できる。基本的に詠唱というのは発動安定と魔力消費軽減の為に行う物なので、魔力量が少ない自分は余裕があるならば詠唱したい派だ。
さて、自分の放つ魔力は大体が水平に放つのではなく撃ち下ろし。理由としては前衛部隊を挟んでの撃ちあいが多い為に、角度をつけなければ味方に当たるからである。それに、角度をつける事は他にも色々利点がある。
完全に余談だが大体の魔術師の炎は赤だが自分は青か白色。視界を潰したい時や小細工をする時は白メインである。そして今回は白の視界妨害重視だ。
「無詠唱で無い魔術など!」
鎧の男が叫んだ瞬間、その姿が線になる。接近された時と同じくトンデモ加速だが―――。
「織り込み済みです」
ダン、と強く足を踏みつけると周囲の地面に陣が刻まれる。これは土魔術を応用し、地面を一部風化させ文字を刻む自己開発した刻印魔術だ。これにより事前準備が必要な類の魔術を、足を地面で叩く動作のみで発動可能状態まで持ち込める。
刻んだ陣は重力増加の陣であり、周辺の魔力を吸い込んで起動する物だ。先ほど放ったなけなし2割の残存魔力を吸い込んで稼働させたそれは、確実に男の速度を引き下げた。
「ッ!?」
「はい、直撃」
ガクンと速度を下げた所に、撃ち下ろす形となる白い炎の矢。魔術は男の鎧に突き刺さるが……変わらず魔術障壁で弾かれた。もっとも、これも織り込み済み。
「軽い!」
「でしょうね」
チラリと男を見ると重力軽減と身体強化の二つの術に強く負荷がかかっているのが見て取れた。
(かなり強めにかけた重力魔術でも、そこまで余裕が作れそうにないな)
重力増加の恩恵で、なんとか俺の反射神経であっても普通に戦える程度の速度にはなった。しかし、此処からが本番。上手くハメれるかな?
◇◇◇
かつて、この大陸の人口を10分の1に減らすまでに激しく行われた宗教戦争は4つの大きな宗教を残し終結した。もはやどの宗派も戦争を続ける事すらできない程に疲弊したからだ。
続ければ魔物によって滅ぼされる。そう思った4人の教祖はやむなく手を結びあらたな宗教を作り出した。
それが我らが"ルルティア教"、潰しあった数多の宗教が最後に残した合併教。そこから戦争負傷者を癒し、社会復帰させる為の治療技術集団の"ケリュケイオン"が生まれ、4つの宗教が持っていた治療技術から宗教色を抜いて、純粋な技術として扱う"錬金術師"が生まれたのだ。
私は……生まれ落ちた瞬間、力を授かった。それは神からの福音であり、私が聖騎士となる導でもあった。
超越者、聖人、超人、呼び名は多々ある。だが私は自らを神の轍だと思い、ルルティア教の中でも事実そのように振る舞い行動してきた。
ルルティア教はどの国に対しても中立を貫き、その中立を通す為にのみ我ら聖騎士が戦力として存在している。筈であった。
だが、我々は今まさに極秘裏に他国に牙を向けている。これが本当に正しい事なのかは分からない、本当はダメな気すらしている。だが……いや、全ては帰ってから問いただせば良い。
だからこそ、その前に。
「"ファイアーボルト"」
「無詠唱で無い魔術など!」
目前の敵を切り伏せねばならない。相手は典型的魔術師タイプだが、明らかに戦い慣れている。遠方からの一撃必殺を狙った大規模魔術や空間確保の為の大規模魔術、そして接近されても一切動揺を見せぬ胆力。見た目通りの子供で無い事など百も承知。
初動の遠距離魔術で、私の補佐に入っていた魔術師の内半数が魔術障壁ごと吹き飛ばされ即死した。ついでに言うならば、先に彼が放った空間確保の為の風魔術に巻き込まれた際に、さらに1名が魔力切れだ。遊ぶつもりなど毛頭無いが、急ぎ処さねばこの後の作戦行動に明らかに差し支える。
否、既に撤退のラインだ。だが、姿を目視された彼だけは確実に仕留めなければならない。
身体強化と後方からの補助魔術により、劇的な加速を得ながら目前の少年に肉薄する。ルベドと言ったが……彼の得体の知れなさや、先ほどから感じている異質さは決して勘違い等では無い筈だ。
速攻、様子見などしない。一撃必殺、手加減など出来ない。とにかく早く倒せと、自らの直感が危険性を訴えてくる。
「織り込み済みです」
「ッ!?」
不意に、体が鉛よりも尚重くなる。身体強化の補助魔術が入っていなければ確実に転んでいただろう。大規模な重力系統魔術、この規模を事前準備無しで放つ事など不可能な筈。
周囲を見渡すと、魔術陣が地面に刻まれていた。一体どのタイミングで仕込んだ?森への落下時には既に刻んでいたと?それこそまさかだ。
体はまだ問題なく動く、後衛の身体強化に感謝の念を感じつつ直進。手段が分からないが警戒を引き上げて前進する他無い、というよりも私に選択肢などほぼ無いのだ。
「はい、直撃」
体の周囲で炎の矢がはじけ飛ぶ、後方支援による魔術障壁でダメージは入らないが……相手の狙いは確実に別の所にあるだろう。分からない、分からないが直進する。あと15歩。
「軽い!」
「でしょうね」
体の周りで派手に炸裂し続ける炎の魔術。狙いはなんだ、先の2つの大魔術で既に魔力切れか?だとすれば何故そこまで落ち着いて―――。
「ハッ!」
軽く飛翔する。斜め下の視界から突き上げる無詠唱でのアーススパイク、あと一歩反応が遅れれば串刺しになってい――ッ!?
背中に何かが直撃し、後衛の魔術師の内2人が魔力枯渇に追い込まれた。油断した。否、油断させられた。バランスを崩したが、その後の倒れこむ位置を狙った追撃のアーススパイクはなんとか切り払った。
詠唱破棄によるファイアーボルト、通常であれば水平に撃ちこむ事の多い魔術だが、彼は斜めからの撃ち下ろしを選んだ。これは僅かでも私の視界を上へと上げるためだ。同時に派手に炸裂する事により目隠しを行った。
続いて視界を上に誘導した上で斜め下からの無詠唱でのアーススパイク。土の槍を作りだす簡単な下位魔術だが、此方の移動速度が速い為に当たれば負傷は避けられないだろう。同時に、先に詠唱破棄で魔法名のみ呟きファイアーボルトを発動した事で無詠唱を出来ないと意識させた。ここまではギリギリ読めた。
だが、最後の一手。無詠唱による先のアーススパイクを合わせた
翻弄されている。歴が違う。此処までの巧者に出会った事が無い、だが彼は明確に私のような相手を何人も殺して来ている。たとえそうだとしても―――!
「オオオオオッ!!」
前に出るしかないのだ。愚直に、あるいは一心不乱に。————後5歩。
「キヒッ」
少年の顔が歪む。愉悦を含んだ歪な笑みと笑い声、そしてその裏に交じる僅かな焦り。彼は……愉しんでいるのだ。この状況を、この戦闘を、追い込まれる事を、全てを是としている。
心の芯が冷える。心を強く持て、呑まれるなと自らに言い聞かせる。
彼から焦りを感じた。つまり私の選択に間違いは無い、信じろ、
剣を改めて握り直す、此処からだ。
「"聖剣開放——
「魔剣の類か!」
間合いまで残り2歩の時点で"聖剣"を開放し、祝福された斬撃を飛ばす。アンデッドの魔物であれば一撃で消し飛ぶが、人間相手では其処まで高い威力が出る訳では無い。
だが、目隠しにはなる。彼相手に真正面から仕掛けるなどごめん被る。此方から仕掛けるには、少ない手札をやりくりして切り込まなければ勝負にならない。ギリギリまで手札を隠し、効率的に放———ッ!?
目隠し替わりに放った光の刃が収束し、此方の刃が彼を捉えた。その筈だった。
「魔剣!?バカな!?」
光の刃を切り払われた、いや、それよりも何故魔術師が魔剣を?
「数日前に仕上がった物なので、信頼性はイマイチなんですけどね」
魔剣同士が触れ合った際には、接触抵抗により虹色の魔力の彩光が放たれる。如何様にして私が放った光をかき消したのかは分からないが、虹色の彩光は魔剣特有の魔力接触反応である為に彼が持つのは正しく魔剣である。だが……あの蒼く透き通る刃は何だ?魔剣は本来オリハルコンかアダマンタイトの合金を利用する筈であり、あのような刀身は有り得ない。
ミスリルに近い色彩だがほぼガラスのような透明感だ。あのような物見た事も聞いた事も無い。それに数日前に仕上がったと言った。
「作ったのか!魔剣を!?」
更に飛び込み刃を振り下ろす。それが正しく魔剣というならば、彼方側にも特殊な力が備わっている筈だ。彼の使う物であるのならば―――おそらくひねくれた……と言ってはなんだが、やり辛い魔剣である事は間違いない。
更に言えば此方は本来対人用の魔剣ではない、相性は想定では最悪。だが、彼の剣術は私程では無い……筈だ。故に、このまま押し切る!
「量産魔剣の上質な物です。貴方の持つ物に品質は及びませんがッ!使い捨てしても惜しくないのが特徴ですね!」
俺の刃を受け止め、此方の脇腹を狙いすました無詠唱のストーンバレット5発が飛来する。合わせるように此方も魔力を体から放ち、力技でストーンバレットの魔術ごと僅かに彼の体を弾き飛ばした後、即座に光の刃を4連で放ち切り返す。後方からの強化があれば普段なら32発は飛ばせているが、彼の重力魔術があまりに重すぎる為、一息に4発が限度だ。
彼の剣術は妙に格式張っているように感じるが、王宮剣術の系譜だろうか。だとしても技量は明確に私が上だ。いかに魔術で剣術の隙を消そうとも障壁で守られている以上は、そこまで気にする必要性も無いだろう。とはいえ、後数発貰えば後方支援は無くなると考えて良い。もっとも、其処からは自らの魔力でなんとかするつもりではあるが。
「"偽剣解放・グリモワール"」
「させるか!」
瞬間的に魔力を背から放ち加速し、先に放った4つの光を壁にしながら首を狙い一閃を放つ。
4つの内一撃が彼の足を捕らえた。出血こそ無かったものの、足を地面に引きずりながら後方に飛びのき、一瞬自らの足を確認する少年。
「取った!」
その隙は逃さない。間合いに飛び入り――――。
「クハッ!」
吐き出すように嗤う少年。
瞬間、地面が燃え上がり我が身が焼かれる。少年が足を引きずったラインから炎が溢れた。誘われた、視線の動き、一撃を受けた動き、足を引きずった動き、焦った表情、全てが演技で誘い。だが―――!
「取ったと言ったぞ」
刀身が少年の首半ばまで入り込んだ。
同時に少年がニィと意味深に笑い、手ごたえに違和感を感じる。
瞬間彼の姿が丸太に代わり、割断され転がった。
「ッ!?炎で目が眩んだ一瞬に入れ替わりを!?幻術との併用か?」
……いや、それよりも何処に消えた!?
思わず飛びのき周囲を見渡すが姿が見えない。逃げられたとしたら不味いが……。
「忍法、変わり身の術。異国の魔術の亜種です、面白いでしょう?視界を取った時に丸太を一本拝借しておきましてね、中々の手際であると自負しています」
不安と裏腹にボコリと地面から姿を現す彼、その姿は一切砂や土で汚れた様子は無い。…………ここまでいいように翻弄されるとは、本当に情けない限りだ。
同時に冷や汗が流れる。わざわざ姿を現したという事は此方を刈り取る手順が整ったと見て良いだろう。
「……魔導書?」
魔剣を開放したと思われる彼の周囲には、螺旋を描くように半透明の本が浮かんでいる。これは一体何だ?
「さて、死ぬ準備は出来ましたか?」
彼が距離を取る素振りを見せたので、即座に寄り切り込————。
「私の勝ちです」
彼の言葉が聞こえ、そこで意識が途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます