聖剣 2

 軍から離脱してやや先行する。想定外……いや、一応は想定内の敵が居たのだ。コレを叩かねば軍が勝利しても力技で押し切られる。しかしまぁ、本当に現れるとは思っていなかったが。


「英雄、あるいは超人」


 ボソリと口から洩れた言葉。一人で以って一軍に匹敵する程の力を持つ天然のキメラとでも言うべきか。どういう理由で彼等が生まれるのかは分からない、俺も其方側に両足が浸かっていると言われたが、これは技術と知力による研鑽という奴だ。

 だが、彼等はなんの努力も無く人外に足を踏み入れたままに生まれ落ちる。そして只管に強い、しかも努力なんてしてたら最悪だ。そして今回は恐らくその最悪のパターンだ。


 後の消化試合などどうでも良い、今はコイツを潰す算段を決めて切り崩さねばならないのだから。


(にしても、鳥形のホムンクルスをあの距離からの投擲で撃ち落とすか)


 索敵を中断して鳥を戻したのもこの為だ。あのまま飛ばしていては全て落とされ、余計な金がかかる。我が財布伯爵殿は笑って許すだろうが、減らせる被害を減らさないのは職務怠慢という物である。

 金は力だ、つまり無駄に使えば消耗する。どうせ使うのならばもっと生産的な事に使うべきだろう。


「レイシア達と結構離れ――――ッチ!」


 想定の5倍早く相手の射程に入った。どうやら先の鳥のせいで相手が警戒網を広げたか、そりゃこの大陸に居ない鳥を模してりゃそうもなるってか。


 遠方から光の如きソレが飛来し、遅れて音階の破壊音が響いた。


「音速越えの投擲か、流石の超人だな」


 弾丸の如くに飛来する剣を回避しながら先へと進む。とんでもない強肩だ。それに、それなりの価値の剣を使い捨てて投擲するとは羨ましい財力である。


「あの距離から此方の軍を攻撃してこないって事は、観測技術は弱いと見ていいな」


 観測技術こそ稚拙だが、魔術師より間合いが広いとはまぁ恐れ入る。仮にレイシア達の進軍ルート上にアイツが待ち構えていたら下手すりゃ終わってたな。この投擲だけで数百は死んでただろう。


 ……逆に言えばなんで待ち構えていなかった?


 待ち構えていなかった理由を考える。今だ姿見えぬ超人が今此処に居るという情報を此方に与えたくない?それなら軍ではなく情報収集しているホムンクルス側や俺を狙った理由も分かるが。


「少し確認が必要だな。"雨風、螺旋が如くに混じりて剛矢と相成る。芯に宿るは劫火の雫"、合成魔術————氷槍発破・氷瀑双樹ひょうそうはっぱ・ひょうばくそうじゅ!」


 不可視の魔術が放たれ、自身と距離が離れる事に徐々に周囲の水分と風を巻き込み氷の槍が形作られていく。それは徐々に肥大化し、やがて成人男性の腕程の長さまで成長。


 そのまま風を纏いて敵へと直進する魔術。その軌道を見届けながら此方は高度を一気に落として森へと入る動きを見せる。


 頭を下げた瞬間、十本以上の剣が此方に飛来した。奴からの視界を切ろうとした瞬間にこの連射、つまりは―――。


「誰か知らんが、お前が其処に居るのがバレると不味いって事だ!」


 投げて来た剣の中には追尾性能のある魔剣まで混じっている。本気過ぎるが、此方も以前作った蒼い剣を取り出し、飛来し続ける数撃ち切り砕き、落下に近い形で森へと分け入った。


 だが、追撃のように大雑把な位置を狙った剣が飛来し続ける。


「一体何本剣持ってきてるんだアイツ!?というか思ったより山林の中でも精度が高———いや、先に砕いた魔剣の付与か!?」


 腕を調べると腕に呪印のような物が浮かび上がっていた。このタイプは対象をマーキングして大体の位置を割り出す物の筈。流石にここまでの乱打を食らったらその内不運で一発ぐらい直撃を貰ってもおかしくない、根幹を断つしかないようだ。


「っと、そろそろ此方の魔術が直撃する筈だが、どうなる」


 少し視界を空に上げると、立派な樹木の如き氷の柱が2本立ち上がった後、それが凄まじい水蒸気爆発を巻き起こした。どうやら直撃したようだ。しかし、呪詛の印が消えていない。

 つまりはあの剣を投げた誰かは今だ生きているという事だ。まぁ超人があの程度の魔術で死に絶えるなど、欠片も思っていない為に別に良いんだが。


「周辺が乾いたか、もう一撃打ち込むのは無理だろうな。多分こっち直接つぶしに来るよなぁ……化け物相手に接近戦はキツイぞ」


 先に放った魔術は、魔力を込めてその分だけ威力を得る通常の魔術ではない。空気中の水分と風の流れと魔力と温度を集めて奪い、螺旋を描きながら一発の弾丸にする。直撃すると、大量にため込んだ魔力とそれら全てを放出、その後最初に込めた炎の魔術で、凍った大量の高濃度酸素ごと集めたそれらに着火して爆散させるという物だ。


 本来なら魔力で破壊力を上げたり、物質変化の現象を雑多に行うのだが、俺は魔力量が少ない為にあんまり雑にそういう事をするとすぐ魔力が枯渇する。


 当たりさえすれば強いが、放った後相手との相対距離が遠くなければ発動せず、同時に連射が効かない。遠距離狙撃用と言えば聞こえは良いが、ソレしか出来ない一発撃ち切りの欠陥魔術である。とはいえ威力はそれなりなので、対軍に対して初動で当たる前に一発ブチかますぐらいの運用が丁度良いと思う。


「まぁ、もちろんのごとく来るよな」


 遠方から強い魔力の動きを感じた。ならば行幸、レイシア達の為にもさっさと殺すべきだ。


 だが……。


「仕込みは必要だな」


 自らの手に収まった、蒼い刀身の剣を見つめながらそう呟いた。


◇◇◇


「おいでなすったな」


 疾風、そう言わざるを得ない程の速度で突貫してくる姿を視界の端に捉える。仕込みは本当に最低限、そんな中での超人との接近戦は怖いとしか言えない。


 魔術を用いた瞳により、線のように輝き遠方より駆け抜けるソレを捉えた訳だが……想定の2倍以上の速度で駆け抜けてくる。普通に切りあったら100%死ぬタイプの相手だ。


 大剣を携えた騎士。白銀の鎧を身に纏い、わき目もふらず此方へと一直線に突貫してくる。姿から察するに……宗教関係、クルセイダーか?


「視界取れないと何やっても死ぬな……"風塵・細断木っ端"」


 口から放たれた細やかな風の刃の嵐は、範囲を広げて周囲の木々を粉微塵にしながら鎧の騎士へと飛来する。広範囲攻撃なのでこの距離ならどんなに足が速くても回避不可の筈。保有魔力の2割を練り込んだ大技だが、使って木々を切り払い視界を確保しておかなければ何やっても間違いなく死ぬだろう。


 まぁ、視界を取っていても下手打つと死ぬんだが。


 木々の間をあの速度で縫って此方を切断しに来るとなれば、いかに強化した視力や身体能力とはいえ一方的な戦いになる事は必定という物だ。


「当たったが……別の場所から魔術師複数人で援護入れてるのか」


 魔術……というより此方の大陸の技術である忍術である"細断木っ端"が直撃したのは見えたが、どうにも完全に無視して突っ切って来たように思える。仮に障壁無しで直撃しても、運悪く首や腕がもげる程度の低威力ではあるとはいえ、一切回避の素振りさえ見せずの突撃は流石に豪胆過ぎる気はするな。


 直撃時に複数色の魔術接触の干渉光が散った事を考えるに、後方から魔術障壁で彼を援護している存在が居るのだろう。あの狂った移動速度も複数人からの身体強化と見るが正しいか、となれば……お得意の幻術ハメも難しいだろうな。


 そんな事を考えていると、騎士が此方の間合いギリギリで停止する。どうやら少し話をしたいらしい。とりあえず仰々しく一礼して挨拶しておく。


「何処の何方様かは存じませんが、相応の腕とお見受けします。私、ルベドと申す外の大陸の前線錬金術師。失礼でなければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「……先の面妖な魔術は大陸の外の物だったか。作戦中故名は語れぬが、我が首取って誰かに見せれば知っているだろう」


「有名人ですか、結構。武名を上げたい訳ではないが、我が雇い主の利益となるならばその首頂きましょうか」


「名乗れぬ事、残念に思う。———いざ」


「尋常に、いえ、尋常ならざる勝負と行きましょう」


 こうして、非常に分の悪い殺し合いが始まった。

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