向かうべき戦場


 軍議を終えて資材の本格的な準備に入った伯爵を見送り、一度帰宅。戦働きは苦手とは伯爵の談であるが、1万もの兵力を支える兵站の構築においては文句の付け所が無かった為に伯爵に任せておいた。

 伯爵にとっては味方に食事・資材・人員を無事に戦場に届ける事こそが本当の戦争なのだろう。途中の村や町で食料を摘発させず、進軍開始時の荷物は少なく纏めて道中の大都市で事前準備した荷物を少しづつ増やす事で迅速な移動を行うようだ。


 各大都市には事前に早馬を送り、到着日時を伝えて都市側で野営と食事の事前準備をさせておき戦前の兵への負担を軽減する方法も取っている。大体は兵側で野営や食事等の準備をするが、兵を元気なままに前線に送り出すのも兵站の一部という事を理解しているのだろう。そこでケチらず身銭を切れるあたりやはり有能だ。


「後は天候次第か」


「何の話でしょうか?」


 帰り道、馬車の中で呟くとリアが反応した。


「ん、進軍の話だ。悪天候が無ければ伯爵の計画通りに行くだろう」


 雨さえなければ行軍に送れる事は無いと思われるので、王子との合流まではスムーズに行くだろう。天候は仕方ないとしても、砦が見えてからは我々の戦いだ。此処まで気を使われ失敗したとなれば前線錬金術師の名折れ、万が一に備えて幾つか手札を増やしておく。

 とはいえ、精々が城壁破壊用の魔術を3つ程用意して例外的状況に備える程度か?正直な話、現状で俺が功績を取り過ぎるのは良くないと考えている。でも、必要ならやるしかないかな?レイシアに負荷がかかりそうだったり、そもそも負けそうだったり、被害が嵩むと感じたら即座に俺が動くとしよう。


「そういえば、リアの妹弟子のレイシア殿と戦ったよ、剣士としての才能は良いが若さ故の詰めの甘さが少し気になった。だが同時にその若さは柔軟な発想を彼女に与えているようにも思える。良い意味で若い子だった」


「彼女はシリス流剣術の誇る一番の剣士ですから」


 少しうれしそうに、だけど僅かに悲しそうな口調でリアは言った。


「シリス流というのか」


「はい、シリス流剣術は比較的数の少ない女流剣術にあたり、殴打や蹴り、足さばきと言った体術面に重きを置いた剣術です。女流の中ではさらに珍しい大型の武器を使う流派で、体術及び小技を起点とした"崩し"の後に一撃必殺の大振りを叩き入れるのが基本思想となります」


 リアと模擬戦を行った時も確かそんな感じの立ち回りを行っていた気がする。だが、その際にリアはロングソードを使っていた筈だ。


「以前リアと手合わせした時は大型武器ではなかったが」


「恥ずかしながら、身体強化という点において私は大きくレイシアに劣ります」


「私からすれば双方、身の丈に合わない武器に振り回されているように感じた。レイシアならば特注のロングソード、リアならば打刀かショートソードだろうな」


「確かに、開祖であるシリス様は身の丈2mを超える方であり、体格という面では私達と比べるべくもなく」


「技術として落とし込み、同時に身体強化で自分自身との対格差を埋めたのだろうが、やはりそこは人体だ。格差はあり、それぞれにあった武装という物は求められる。2人とも既に皆伝に至っているならば、それこそ新しい流派として立ち上げても良いんじゃないか」


「新しい流派、ですか」


「ああ、至ったからとそこで満足しては先に進めない。ならば新たな地平を開拓すべきだと俺は思う、それこそ人の数だけ流派はあっても良い筈だ」


「少し……考えてみます」


「それが良い」


 そう言って目を閉じてしばらく考えていると、一つ忘れていた事を思い出した。


「不味いな、アミュレット渡すの忘れていた」


 完全に戦の話に気を取られていて、本来の役目を忘れていた。不味ったな、何時もなら弟子が大体気を聞かせてくれていたのだが、今思えば頼りすぎだったかもしれない、これを機にもう少し真面目に―――。


「そちらは大丈夫です、私が渡しておきました」


 と、思ったらしっかりミスをカバーしてくれていたようだ。いやはや、頭が上がらないな。


「おお、助かる。何かに集中していると細かい所が抜けたりしてな、すまない」


「従者として当然の事です」


 かつての弟子に似たような事を言うリアに思わず笑いが漏れる。


「ハハ、思えばこういったポカもよく弟子にサポートしてもらったな」


「弟子、ですか……どういった方かお聞きしても?」


「………いや、喋らない方が良い」


「え?」


「恐らく


 パンと手を叩いて話を区切る。これ以上はにバレる。


「さて、とりあえず今後の方針としてはアミュレットの増産……は迷うが現状で行える戦力の増強にある。アミュレットの増産は自体は片手間で行えるが、戦力の増強という点においてそれが有効なのかは微妙な所だ。つまりは現状取れる手段が少ない、それというのも設備が整っていないからというのが一番大きいだろう」


「現時点から準備を進めても、今回の戦には間に合わないと?」


「流石に3日で状況を整えて生産まで行くのは難しいからな」


 普通であれば物資の流れ等で事前に周囲状況がある程度分かり、事前対策等もある程度練れるのだが、今回においては状況や前提条件が異なる。

 全ての諸国が必死に戦争の為の物資を集めるのが当然となっており、それをやめろとも言えない状況。それを見越しての小規模な反乱、まったくもって嫌になる。


「とはいえ……此方で攻城戦用魔術の用意も一応は行っておいた方が良いだろう。使う予定はそこまで無いが、必要であれば砦を半壊まで持ち込む予定だ」


「耐魔術加工の砦だと思われますが、通じますか?」


「むしろ得意分野だ。一から百まで魔術で破壊しなければいけないならやや難しいが、破壊を物理や化学に任せれば左程難しい話でもない。という訳でお使いを頼みたい」


 そう言いながら小さなメモを取り出し走り書きを渡す。


「其処にある物を集めておいてほしい、今回は俺の手持ちを使うから以降を考えてだ。なるべく秘密裏に集めれるなら良いが、無理そうなら急いで集めなくても良いぞ、覚えたら燃やしておいてくれ」


「ここに書かれている物ならば、他の工房を回れば簡単に手に入ると思われます。それに秘密裏に購入されなくても、恐らくそこまで怪しまれる事も無いかと」


「……ああ、そういえば錬金術師多かったな。変な物にも需要があるのは錬金術師にはよくある話か」


 その薬品や材料を基点にして何かを発見しようとする研究を行った場合、大概それらが自らの工房から枯渇し他に求める事も少なくはない。安いし使われない素材だからと思って大量購入して研究を続けて居たら、地味に値上がりして値段が落ち着くまで研究を断念しなければならないというのも昔聞いた話だ。


「では、一旦此処で降りて買い集めて参ります」


 そう言って馬車から降りる準備を整え始めた彼女を一度止める。


「いや、俺も付いて行くとしよう。他の人達の工房を見ておきたい。何か新しい発明に至る可能性もあるしな」


「承知致しました」


「すまないが位置が分からないからそちらで馬を操ってくれ、えーっと……御者は出来るか?」


「無論です」


「それなら普通に馬を操るようにしてくれれば良い、なんなら普通の馬よりも操りやすいかもしれないな、一旦停止させたら御者の人形を消すから後は頼んだ」


「承知しました」


 いやはや、まったくもって話が早くて助かる。やはり持つべき物は便利な従者と有能な部下だ。

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