軍議4


 そこからは暫くレイシアの技の見に回る。流石に両手剣を使い慣れているのか、大振りの間に体当たりを重ねたり、蹴りや足払いを上手く混ぜて来ている。此方もレイシアの剣術を学ぶ事がメインなので、無理に攻めず回避と防御に徹して隙を探るが……一旦防戦に回るとそのまま押しつぶそうとするレイシアの動きが見えた。


「ここ!」


 此方が返しの一撃を放たなくなったと見るや、烈火の如き連続攻撃を放つレイシア。此方が技術で弾いた瞬間には手の中で剣の持ち方を変え、最速で剣を振り抜き続けている。

 更に剣速は加速していき、徐々に此方の姿勢崩し狙いに移行し始める。


「くっ!」


 受け損ない衝撃を殺し切れずに剣が横へと流されると、トドメとばかりに大振りの一撃が飛来する。


 だが、それを此方が間一髪で止め鍔迫り合いとなる。


「取った!」


「甘い!」


 レイシアが鍔迫り合いの一瞬の隙をついて片手でボディブローを打ち込む動きを見せた為に、鍔迫り合いしている刀身をそのまま全力で押し、彼女を吹き飛ばした。先ほどまでレイシアと同程度に身体強化を抑えていたので、レイシア側の剣を持つ手が片腕のみになった瞬間、出力を更に上げてツヴァイヘンダーごと吹き飛ばしたのだ。


「そこまで!勝者ルベド!」


「ああああ!ハメられたぁ!」


 かなり悔しそうに倒れ込んだままバンバンと地面を叩くレイシア。とはいえ、彼女も決して弱い訳ではなかった。むしろ思った以上に強く、此方から小手先の技を差し込めなくてびっくりしたが……年齢故、あるいは性格的にだろうか?とにかく絡め手に弱いようだ。

 とはいえ、並大抵の絡め手であればそのまま押し切れる実力もある。伯爵も良い騎士を捕まえたと見える。


「いやはや、年齢からすれば恐ろしいまでの実力ですね。少し待って下さい、"人知人能、万知万能、全知全能至るまで、我らが導を此処に置く、来たれ『虚幻書庫』"」


 何時ものように周囲に本が展開され、さらに追加詠唱を行う。


「"記録、記憶、双方辿りて奇跡の再誕。来たれ『奇曵写本』"」 


 魔術で作られた一冊の本が手に納まると、そのまま燃え上がりかつて見た魔術の再現が発動する。再現された魔術は外の大陸にある星海教高位司祭の扱う"星雲の癒し"だ。星の外に意識を飛ばす秘術で、外なる神から得たというこの魔術は非常に技術的に完成・洗練されている筈なのに、コストを一切度外視しても魔術紙に込める事は出来なかったという曰く付きの魔術。


 恐らく物質にとどまらない精神性が作用するという所までは掴んだ為に、再現用魔術を作成すれば俺にも使えるのでは?と思い、なんとか使える所までは持ち込めた。しかし、使用難易度自体は変わらず最高位魔術以上に扱いは難しい為、一般使用には向かないと言って良いだろう。


 まぁ、確かに一般使用には向かないのだが、使用魔力が他の同規模の奇跡に比べておおよそ消費魔力が半分近いという凄まじく魔力変換効率の良い奇跡なので、いずれはこれも手軽に使えるように改良したいと考えている。


「うわ……本当に治ってる」


 ペタペタと自分の胸当たりに出来ていたであろう青痣のラインを触り、痛みを確かめているようだ。


「なんと!?教会の秘術と同質の魔術か!?」


 レイシアの細かい傷や痣が治って行くのを見て思わずといった様子で声を上げる騎士レディア。基本的に戦場に司祭クラスは出てこないだろうし、ポーション等で欠損を直すとなると薬液代もバカにならず、なにより使用後にはしばらく安静な場所で寝かしておく必要がある。

 奇跡と呼ばれるこれらの秘術は戦闘中での即応性が非常に高く、四肢欠損を直せる奇跡を扱える者ともなればそれこそ数が少ない。故にこそ、それらの秘術を扱える聖職者が戦場に出る事は基本的に無いと考えて良いだろう。もっとも、俺や弟子は前線に出るが。


「同質ではなく明確に格上ですよ、即死でなければ賦活しますし部位の欠損ぐらいなら即座に戻る。そして何より同等の奇跡であればこの倍の魔力を消費する」


「はて、ルベド殿は司祭でしたか?」


 男爵がとぼけた声で問いかけてくる。まったくもって司祭などと思っていないであろうに、何故聞いてくるのか。


「いいえ、神は信じていますが恐らく誰よりも信仰より遠い位置にいる男です。神々は我々の尺度で存在していない、故にあまりに雑が過ぎる」


 本当に……雑が過ぎる。


◇◇◇


「お互い実力も分かった所だ、私が直接前線に出れない以上は今だ経験浅いレイシアの補佐……いや、軍師としてルベド殿を推したいと考えている」


 あの後、再び軽く打ち合わせを行ったのだが、レイシアが今回が初めて伯爵領の名代として動く事が話題に上がった。戦働きは何度かあったが、それは伯爵が傍に居ての活動という事なのだろう。


 訓練こそしているものの、やはり不安はぬぐえないので俺に補佐としてついて欲しいという話になったのだが……否定するかと思っていた騎士レイシアは以外にもそれを肯定した。


「アタシも指揮に関しては並みだからそれが良いとは思うけどさぁ、伯爵様としては問題無いの?」


「客将扱いだからね、問題無い。それに、ルベド殿が指示を飛ばしても最終判断はレイシアだ」


「っ……うん、最善を尽くす」


「まぁそう難しく考えなくても、突撃のタイミングさえしくじらなければ問題ないです。被害と先陣は此方のゴーレムで受け持ちますので、今回の戦は人的被害を少なくしつつ敵の追撃や掃討を行う事が主な任務であると意識してもらえれば」


「そもそも私は騎馬の指揮だからね、歩兵はレディアの爺ちゃんに任せるつもりだし」


「やれやれ、老骨に無茶を言う」


「爺ちゃんアタシと同じぐらい強いからいいじゃん、男爵は戦下手だし将来考えるならもっと指揮できる将増やさないとダメだよねぇ」


 思った以上に先をしっかり見据えているレイシアの言葉に頷きながらも、それぞれの指揮権限の自由さに思わず口が開いた。


「……随分と自由な指揮系統ですね」


 指揮系統に融通が利きすぎている気がする。基本的に指揮権は領地内部で完結する物ではあるのだが、男爵に一部の指揮権を譲渡したりと……良く言えば柔軟、悪く言えば混乱が起きかねない状態だ。


「どうにも我々は戦がそこまで上手くなくてね、指揮をとれる者に指揮権を預けておいた方が効率的だろう?前回の大戦もどちらかと言えば資金力で物資を買い集めて、後方支援に回っていた事の方が多かったから……恐らく王は我々に戦う力を付けてほしいのだろう」


 以前の戦いで使えない奴等は死んだ。だがその結果、戦があまり得意ではない伯爵がほぼ無傷で残り、同時に次の大戦では駆り出されざるを得ないと。

 同時に、この次の大戦への準備期間で問題点を直視させ、改善に取り組ませる慈悲はある。伯爵の言いたい事はそういう事らしい。


 そう考えれば、王家からの5千の兵士と王族の派遣も通常に比べれば破格という事なのだろう。いったいこの伯爵、どのぐらいの金を王家に積んでいるのやら……ここまでの優遇となると国家予算の5分の1ぐらいは彼が捻出してそうだな。


「兵数はもちろん即座に動員可能な1万5千程保有していますが、指揮が伴わねば雑兵にも劣りましょう」


 んんん?一万五千?ああ、総数がソレで今回出すのが5千って事……いや、結構多目に領地に残してるのは何かある気がするが、聞いて良い奴なのか?


「負けるような戦いはもちろんしないが……普段から被害が嵩みがちでね、やはり人頭というのは高い物だと痛感させられるよ」


 伯爵がそう言って少し落ち込む。人頭云々は兎も角として……ブルーノ男爵はちょっとヒョロいし軍事面はそこまでらしい、レディア騎士は齢50を超えており、レイシア騎士は15と若い。もうちょっとマトモな将が欲しい所ではあるな。最悪兵数はどうとでもなるし、やはり将が欲しいというのは皆の共通認識なのだろう。


 というか、騎士の数に対して兵力過剰まである。他にも騎士は居るのかと問いかけたら、騎士には信用できる人員を置きたいらしく現状では敢えて数を抑えているとの事である。つまりレイシア一人だけだ、もっと居てもよくない?と言ったら何やら色々きな臭い話になった。


 なんでも、先代から伯爵を継ぐ際に騎士の大半が隠居や不審死を遂げたらしい。怪しく思い調べた所、武門を重んじる派閥が自分達を頼らせる為に裏から手を回していたそうだ。しかも伯爵の奥方が絡んでるとか、面倒だなマジで。

 彼等はサイフとして伯爵が欲しいという事なのだろう。しかし、伯爵は俺のサイフなので絶対に譲りたくない。


 伯爵的に武門を重んじる連中を信用出来ないのは分かるし、心情的に頼りたくないのも分かる。だが、正直な所を言えば国として早い段階で伯爵と軍派閥の橋渡しはした方が良いと思う。言っちゃなんだが現状もめてる暇があったら、さっさと一枚岩になるべきだろう。


 もっとも、どちらかが先に声をかける事で声をかけた方が頼ったという事実が出来てしまい、その後のマウント取りに繋がる。

 そのつなぎを王家が行う事で、口では王家が言うなら仕方ないという事を言いつつ、同時に表面上は王家に貸しが出来ながらも事実上は王家に借りがある状態にして派閥を纏められるのがパッと考える限りは良い流れの筈だ。


 良い事しか無いと思うのだが……やらないって事は多分武官派閥側に問題があるんだろう。大戦が近く起きるだろう事は理解しているので、自分達が居ないとダメってのが分かってるから武力持ちは強気なんだろうね。バカは早急に死ねばいいのに。


「まぁ被害が嵩んでも伯爵様は資金繰り得意だから、金ですぐ補っちゃえるんだけどね」


 と、俺の頭の中で盛大に脱線した所をレイシアの言葉が現実に引き戻してくれた。


「代々資金繰りの才能だけで商人から伯爵まで来たから、其処は自慢できるよ。それにしても……娘と武門の爵位持ちを結婚させるか本当に迷う。実際幾つか見合いの話が来ているのだが、如何せん踏ん切りがつかなくてね」


 不信感も恨みもあるが実利もある。親としても思う所もあるのだろうな、色々複雑そうだ。


「アタシみたいに騎士学院から適当に指揮できる騎士引っ張ってこれないんです?」


「いやー……実はあんまり見る目無くてね、レイシアの時はパッと見ただけで優秀と分かったから金を積んで無理やり引っ張って来た訳だけど。それに、娘が私の後を引き継いだ時に同性だと色々都合が良いかとも……と、思ったのもあった訳だが」


 なるほど、見て分かるぐらいレイシアは優秀だったか。それなら少しは期待出来そうだ。それに自らの娘への配慮も欠かさないあたり、やはり軍事方面以外は相当有能らしい。後、女を選ぶ事で何処の息がかかっているか分からない相手と娘が、男女の仲になる事を避けたのだろう。


 ふと思ったが、レイシア事態が王家からの贈り物である可能性も高い。普通ここまで都合の良い娘など、他の所も欲しがるだろうに。


「そうだ、今度ルベド殿に見て来てもらったら良いんじゃないかな」


「それが良い、冴えてるぞレイシア、この戦争が終わったら準備をするか」


「えへへ、褒められた」


 嬉しそうに無邪気に笑うレイシア。こうやって笑うと年相応といった所だ。


 ……しかし人材不足は簡単に解消できないのが困り所だ。変な奴を中に入れる訳にもいかないし、最悪バカじゃなければ自分が育てれば良いかもしれないな。


「伯爵様がそう仰られるならば私は構いませんが……いえ、問題無いですね」


 数秒考えたが、俺を信じて託してくれたのだ。ならば、其処は期待に応えるべきだろう。


「それと魔術師を率いる部隊長も欲しいな、現状魔術兵に関しては男爵に任せっぱなしなんだが……先を考えてそろそろ大規模な部隊を編成したいとも考えている」


 魔術兵は俺の大陸でも比較的花形に位置する部隊だった、教育が凄まじく大変だがその分投射火力は非常に高く機動力も持たせられる。

 というかゴーレムとキマイラ騎兵等に対して明確な有効打を出せるのが、魔術兵ぐらいしかほぼ居ないのである。その為、伯爵の言っている事は今後を見据えても非常に合理的だ。


「足りない物が多いですね。あまりお勧めはしませんが、どうしても人員が足りない場合は此方で魔術行使可能な指揮能力を持ったホムンクルスを用意できます。最初はホムンクルスに任せて、良い人材が居たらスカウトして改めて部隊長として教育を施すというのも良いかもしれませんね」


「間に合わなさそうならそれで頼もうか、金で解決できるなら遠慮せず言ってくれ、こう見えても金には自信がある。なにせ資産家だからな」


「なるほど、心強い」


 錬金術はとにかく金が必要だ。だが、金があるならあるだけ底なしに強くなれる。それがこの世の真理である。


「そうなると……私の前にゴーレムの研究を行っていた人、あの人の身柄は抑えられますか?」


「ああ、此方も把握している。しばらく自らの研究室に籠っているようだね、彼を使うのかい?」


「ええ、彼も魔術師でしょうし、学ぶという姿勢を持っているのは教える側としてもやりやすいのですよ。なんなら私の2人目の弟子にしても良いかもしれない、いかんせん大陸では余りにも優秀な弟子が一人出来てしまって、俗事を弟子に任せすぎてしまったので……」


 弟子の弟子は多かったが、俺の弟子と言えるのは一人だけだった。というかそれ以外は400人殺しの途中で心折れて脱落したか、戦場で死んだ気がする。今回は……もう少し優しく育てるとしよう。でも400人は確実に殺してもらう。


「なに、一人とは言えど後任をしっかり育てたのです。責められる事はありますまい」


「だと良いのですが」

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