軍議1

 ジャルグが急ぎ足で帰って来た、伯爵から許可が下りたらしく客将として是非参加してもらいたいとの事である。ちなみにリアは少し用事があると言って、伯爵の館にある自室に向かった。


 俺は頷きジャルグに先導されながら部屋に入ると、其処には3つの顔があった。一つは見知った伯爵の顔、そして髭面にいかめしい顔の軍人風の男と……少しナヨっとした体が悪そうな男。


「おお!来てくれたかルベド殿!」


「はい、何やら戦があると聞いて、以前頼まれていた物の納品もありましたので」


「其方も完成したか!二人にも紹介しよう、此方、北のグラスニア大陸でかつて王宮仕えの前線錬金術師兼軍事総統括をされていたルベド・フレストニア特別軍事顧問だ」


 御大層な説明ではあるが、軍事顧問になった覚えはないので2人に侮られないようにと気を使ってくれたのだろう。


「お初お目にかかります、ご紹介に預かりましたルベドです。どうぞお見知りおきを、見た目は子供ですが本当はお二方の間ぐらいの年齢ですので、あまり気を悪くなさらないでくださいね」


 一礼すると、少し怪訝そうな表情を浮かべながらも礼を返してくれる2人。というか、自分の年齢って何歳だっけ。


「こちらの細身の方がブルーノ男爵、そしてその騎士のレディア殿だ」


「初めまして、ブルーノです」


 こちらの男爵様、甲冑に身を包んでいるものの……どちらかと言うと着られている感が凄い。甲冑の質は良くも悪くも無いと言った所、つまりそれなりの小金持ちという事だろう。

 男爵領の立地によって経済状況が結構変わったりするが、基本的に中央権力から遠い田舎男爵の方が割と金と兵を持ってたりするイメージがある。


「お初お目にかかる、レディアと申す」


 此方は如何にもといった騎士だろう。髭面の渋い中年でフルプレートアーマーに身を包んでいる。鎧の質も良さそうな雰囲気だが、男爵よりも着こなしている感じが強いな。


「ご丁寧にどうも、それで……」


 チラリと軍議盤を見るとどうやら敵は平地に構えているようだ、数は……4千程か?やや配置に違和感を感じるが、どちらにしろ油断できる兵数では無いか。

 視線を感じたので視線の送り元を見ると、伯爵がニッコニコで此方を見つめていた。どうやら感想を述べよという事なのだろうが、前提条件が良く分からないのでとりあえず適当に話術で情報を引き出していくとしよう。


「平地に4千程ですか、少々配置に違和感を感じる気もしますが」


「ほう、分かりますか」


 と、すかさず伯爵がヨイショしてきた。


「ええ、この戦は使者を送って合戦場所の指定をされましたか?」


 基本的に平地で構えるという事は、お互いに何処で戦うかの指定をした上での交戦が多い。しかし、ブルーノ男爵が答える内容はそうではなかった。


「一方的な通告無しの布陣ですな」


 盤上には此方の軍の防衛施設と思わしき建造物と、敵軍の間に小さな村が存在している。なるほど、村を人質に取られて展開されてる訳か、軍を出さない訳にもいかないという事だ。


 最悪の場合村を見捨てて守りを固めれば良いが、そうなると他の奴等に舐められる。中々難しい立ち位置のようだな。


「敵方は展開済みですか。という事は隣接する村や領地に圧を掛けながら、本格的な攻勢の準備を行う事が目的でしょう。しかし、4千という少なくない兵数運用を考えた場合、補給用の拠点が必要になる筈なのに……見た所では敵の後方に資材運搬に適した拠点は無いです。そうなると補給に相当な手間がかかる筈です」


 と、一旦話を区切り伯爵を見ると、先を促された。此処まではあっているらしい。


「以上を踏まえた上で、相手が騎馬民族ならばこの配置にも違和感は無いです。しかし、男爵達が直接此方に来ているとなれば、想定よりも厄介な事態に陥っている事は明白。これらを鑑みるに……この盤上には必要な拠点が一つ足りない、敵がその位置で布陣しているならば、此処に敵の拠点が無ければ数の力押しで終わる筈だ」


 そう言いながら盤外から一つの拠点の模型を取り、そっと盤上に置くと3人が感嘆の声を上げた。どうやら想像通り、盤面や地図に無い拠点があるらしい。


「此処に砦等の拠点が無ければ、顔を見合わせる程に難しい戦でも無いでしょう。何故建てられたかという点も気になりますがね」


「ええ、概ね推察の通り。どういう奇術か、我々の目を盗み丁度その位置に石造りの砦が築かれていた。私も実際目にした訳では無いですが大層立派なようです」


 と、顔色の悪そうなブルーノ男爵が答えてくれた。


「方法は幾つか思いつきますね、例えば前の他の大国との大戦中にこっそり立てたとか、幻術で作業風景を見えないようにしつつ立てたとか」


「ブルーノ男爵領の境界線付近なので撤去するように伝えてあるそうですが、それは以前からあった砦だと言い張って取り合わなかったとか、まったくもって面倒な事です。放置していては民ごと付近の村が彼方に流れかねない」


 うへぇ、十中八九敵対している大国からの支援受けてるだろソレ。小国が戦時中にポンポンと砦建てれる筈も無い、恐らくだが技術支援と資金ないし資材の援助が秘密裏にあったと考えるのが正解だろう。


「ルベド殿、他に何か気になる点はありますかな」


「周辺地図はありますか?」


「此処に」


 そういってジャルグが誰よりも早く地図を差し出してきた。そして男爵と騎士は少し複雑そうな表情を浮かべている。まぁ、軍事機密をホイホイと余所者に見せるのは複雑という事なのだろう。

 

 さて、地図に目を落とせば……砦の位置から大きな山脈を一つ超えた場所に敵対国の領土があった。あり得るならば山を越えて資材を送って砦を作らせ、普段は自軍で使って良いが、次の大規模進行の際に使うという条件等か?


 大国同士での大戦の火種がくすぶっていると見て、まず間違いないだろう。思いっきり離間工作だもんこれ。


 逆に言えばこの火消しを上手く行えば、大戦までの準備期間を長く取れそうだ。だからこそ主要である彼等のような貴族が急遽集まり、軍議をしているのだろう。それに、あまり対処に時間もかけられない。


「お互いの防衛施設の位置を鑑みるに、相手の動きの想定としては兵を出し挑発して此方をおびき寄せ、兵数が互角及び少なければ野戦。多ければ城壁を利用した防衛戦で兵力を削り隙が出来次第侵攻でしょうか?無視もし辛いでしょうし、嫌な手を打ってきますね。それに中途半端な叩き方では効果が薄い、兵を出すならばそれこそ砦を奪うぐらいの戦果が必要だ、成功しても被害は多くなるでしょう」


 その言葉に3人が頷いた。


「ルベド殿の推定ではどの程度の被害が出ると?」


 問いかけたのは今まで黙していた騎士レディア殿。まぁ、被害を下手に出せないのは理解できる。大きすぎる被害が出れば、仮に砦を落とせたとしても事実上の敗北に近い。他の大国の目的は間違いなく、ヴァリア共和国上層部が自らの意思で自由に動かせる兵力を先んじてある程度叩いておく事だろう。


 つまり砦が完成した時点で、相手から見ればほぼ計略としては9割が成功と言って良いのだ。


「此方の兵数は?」


「伯爵と私からは合わせて5千が限度でしょう、しかし第八皇子からの援軍の5千も合流する事になる為に、砦を攻める為の兵力差としては問題無いかと」


 そう答えたのはブルーノ男爵。兵力は凡そ1万か、現物を見てみないと相手方の防衛設備がどの程度かは分からないが……。


「あくまでも机上での予想ですが、力押しならば死傷者3千から4千と言った所でしょうか?しかしそれでは被害が大きすぎる、逆に聞きますがどの程度の損耗までならば許容範囲ですか?」


「先ほど述べられた数の半数が限度です。しかし、被害を抑えようにも前提条件が厳しい」


 苦々しい表情で伯爵が笑う、パトロンにそのような顔をされては前線錬金術師として黙っている訳にもいかないな。


「魔術兵の数によります、相手方はどの程度揃えれていますか?」


「どんなに多くても50から100程度かと」


 50から100か、やや少ないとはいえ、攻城兵器を近づけるのは難しいと見る。かといって、兵器の守りに此方から障壁を張れる魔術兵を出したとしても、弓矢も届く距離まで肉薄する為矢からも身を守る必要がある。そうなると、弓矢に対する防御にも魔力を割り振らないといけなくなり、途中で魔力枯渇を起こしその後に敵側の魔術の火力で押し切られるだろう。


 砦に詰めている魔術師相手に対して戦うには少々以上に厳しいと見る。それに、此方の貴重な魔術兵をすり減らすような戦いになってしまえばそれこそ数値以上の大損だ。


 仮に勝利して相手の小国に対して何かを請求できたとしても、結局は内乱のような物。その後に他の大国2国と戦うという視点から見れば、どう足掻いても純粋なマイナスがあまりにも大きい。どういう形であれ、魔術兵の数を減らすのは良くないだろう。


 あ、いや……相手方の魔術兵は殺して良いか、最悪疑似魔剣あるし。


「貴重な魔術兵を殺すと他の大国が攻め込んできた時によろしくないですね、私が完全掌握出来て居る1万の兵なら200程度の犠牲で落とせますが、指揮権を初対面の相手に渡すなどそれは有り得ない……となれば、此方も一枚手札を切りましょうか」


 そう言って、先ほど確認していたゴーレムのスクロールを取り出しテーブルに置き、開く。


「これは?」


 騎士レディアが疑問の視線を浮かべて此方を見る。スクロールにはかなり緻密な内容の魔法陣が描かれており、専門的な知識があってもその片鱗程度しか理解できないだろう。魔術の素人ならば、見てもさっぱりというのが所感だ。


「このスクロールの中にクレイゴーレム150体が封入されています」


「なんと!?」


「そんな事が!?」


 同時に声を上げる男爵と騎士。そりゃそうだ、兵站も調練も無しでいきなりポンと空から沸く兵力なぞ、戦が大きく変わり過ぎる。


「あちらの大陸の秘術です。スクロール化に関して使えるのは、自分と一番弟子の2人のみ。作成に時間がかかるので今回はこれ一本だけですが、しっかりした運用を行えば今回の進軍における被害を半分以下に出来ますね」


 まぁ、それなりの数は破壊されちゃうだろうけど、人的被害を出さなければ問題無い。ゴーレムなど状況さえ整えば後でいくらでも作れるし、このタイプはコストが安いのだ。とはいえ、クレイゴーレムは平地だとあんまり強くないので大量に作っても仕方ないのだが。

 この先作るならばやはりキメラだ。走破性に優れ、死を恐れず、相応に火力もある為に非常に使い勝手が良い。

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