第85話 もうどうにでもなれって感じだ。

<矢内真司(やない しんじ)視点>


 矢内真司(やない しんじ)、十五歳。俺の職業はイギリスの名門、世界的投資家であるダン・B・リトルの娘、ヘレン・M・リトルに使える正統派の『執事』。主の強大な権力と財力を使って裏世界を牛耳る姿なき支配者なのだ。のはずが、何かおかしい。


 今日は平日。主である姫(ヘレン)様は私立修学館中学校でお勉強中だ。俺は芸能プロダクションの宮本京(みやもと けい)社長に連れられてテレビCMの撮影スタジオに来ている。国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜(ささき みずな)が眩いばかりのライトを浴びでポーズをキメている。


 和装の着物が彼女を引き立てる。糸で釣られた天使の羽衣が宙を舞う。雅で華やかな世界。カメラのフレームの外では裏方さん達がドタバタと忙しなく動き回っている。ぐっ!気に入らない。裏方こそプロらしく華麗に振る舞うべきだ。奴らは裏の支配者ではなく単なる奴隷だ。


「素晴らしい!瑞菜さん。今のポーズ、最高だ。うん、セクシー!」


 うへっ。カメラマンの奴、仕事はできるがどう見ても変態だ。品がまるでない。


「よーし。矢内真子(やない まこ)ちゃん。こっち来て!出番だよ」


「お、俺ですか?」


「俺はダメでしょ!」


 すかさず、宮本社長のダメ出しが飛ぶ。こわい。かなり怖い。般若みたいだ。角(つの)、生えてんじゃね!


「俺?」


 CMプロデューサーの三浦(みうら)さんがすかさず反応する。


「『ボクっ娘』が流行だけど『オレっ娘』かー。国民的無敵美少女Ⅱ『プリンセス真子』が『オレっ娘』とは。うん、面白いんじゃない!」


 はえっ?何故か受けてる!芸能界は不思議なところだ。


「うん、うん。『オレっ娘』ね。端正な顔立ちの美少女が『オレっ娘』。ふふふ。大好物れす」


『れす』?語尾がやばい。一人で納得してうなずくお髭の紳士、三浦(みうら)プロデューサー。彼の視線が、俺を上から下までなめるように動く。スカートの下の股間がスースーして落ち着かない。危険を感じる。


 ただ苦笑いする俺に向かって、女装バージョンの宮本社長の眼光が鋭くキラリと光った。・・・。照明の反射なんかじゃない。魔物の目だ。


「決めたわ。『プリンセス真子』のキャラは『オレっ娘』で行くわよ。さあ、百合系少女達のハートを溶かしに行きなさい」


 背中を押されて踏み出す俺にスポットライトがはり付く。眩しい!裏世界の支配者、矢内真司はどうなっちまったんだ。


「はい、もうカメラ回っているよ」


「ニッ!」


 俺の体が、芸を仕込まれたペットよろしく、勝手にポーズを作り出す。うわっ!何でそこで一回転して見せるわけ?何やってんだ俺!スカートが持ち上がって広がるだろ。女の子物の純白パンティが見えちゃう。恥ずかしいわ。


「うひょっ。キメポーズの後に視聴者サービス。しゅっと伸びた生足にプラス、パンチラですか。やる気満々ですな」


 CMプロデューサーの三浦(みうら)さんがギラギラし出した。オッサン!大丈夫か?心配になってくる。って、俺の方が間違っている気がする。『プリンセス真子』のキャラクターが日に日に体にしみついて来ている。


「おおー。国民的無敵美少女新旧ツーショット」


 スタッフたちの声援がかかる。スポットライトを浴びで俺と瑞菜さんは歌って踊る。台本なんてない。やりたい放題!なのに様になる。佐々木瑞菜のリードは完璧だ。何でか楽しいじゃん。


「はい!OK。休憩にしましょう」


 CM監督の声が飛んだ。


「いいねー。『プリンセス真子』ちゃん。男の子みたいな中世的な顔立ち。透明感があって引き込まれるよ。瑞菜さんと一緒に並んでも引けを取らない。さすが、宮本社長が見つけ出した極秘美少女!デビュー前でもこれだけの魅力が出せるなんて最高だ」


 男の子みたいって、本当に男だけど。でも、これだけ褒められるとやっぱ嬉しい。大勢の女性スタッフが駆け寄ってくる。


「『プリンセス真子』ちゃん、私、大ファンになりました。サインしてください」


「俺!?良いけど・・・」


「色紙がないんで、このシャツにお願いします!」


 まじ。ペンを渡されても・・・、その・・・、胸の上ってのはちょっと・・・。外見は女の子でも俺、中身は正真正銘の男って言うか・・・。げっ!宮本社長が鬼の形相。分かりました。やりますとも。あの人、怒ると俺のタマを本気で握りつぶそうとするんだもの。


 何か凹んでサインが書き辛い。揺らさないでくれ。えっ。この娘、俺の顔見て目をとろんとさせている。何だろう。


「わ、私にもお願いします」


 頭を下げられても。はい。もうどうにでもなれって感じだ。


「背が高くて、素敵だわ。手も足もこんなに細いのに・・・。完璧な胸。溜息が出ちゃう」


 やば!抱きつかないでくれー。姫(ヘレン)様が俺の為に、わざわざアメリカ企業に投資して開発させた俺専用偽パイがズレるだろ。3Dプリンターの技術を使って内部構造まで再現したハイテク仕様。姫(ヘレン)様とお揃いの偽パイ。二人だけの秘密がブラの下で揺れている。


「ふふっ。『プリンセス真子』ちゃんったら。大人気ね。アイドルはどんなに疲れていてもファンサービスを欠かしてはいけません」


 国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜さんが横でほほ笑んでいる。女子スタッフ全員に取り囲まれてんじゃんかよ、俺。乙女の甘酸っぱい香りに酔いそうだ。


「はい。休憩終了。撮影再開するぞー!各員、現場に戻れ」


 CM監督の一声に俺は救われた。


 宮本社長が俺の背後に。いつの間に!やっぱり化け物だ。耳元に唇を寄せてくる。動けない。腕が社長の胸に食い込む。怖い!


「真子ちゃん。その偽パイ、私のと同じね」


 えっ!ええー。そんな、姫(ヘレン)様!騙しましたね。力が抜けていく。

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