第84話 何だか新しい時代が来たような気がします。
<佐々木瑞菜(ささき みずな)視点>
「瑞菜さん!ありがとうございました。これで、ずっと心に引っ掛かっていた、変なモヤモヤが解消された気がします」
西宮陽(にしみや よう)くんが、晴ればれした笑顔を私に向けました。二人で並んで渋谷の街の裏道を歩きます。二人でデートしているみたいです。
ふわりと太陽の匂いが漂ってきます。若草を思わせる香りに心が和みます。ちょっとフェチっぽいですが、私、佐々木瑞菜(ささき みずな)はこの匂いがとても好きです。
「陽くんと藤原社長を従えて、私は益々無敵になりました」
私も笑顔で返します。
「えっ!そうなんですか」
「はい。陽くんが勇者で、藤原克哉(ふじわら かつや)社長が賢者です。そして私がわがままほうだいのお姫様。最強のパーティででしょ!」
「わがままなんですか?」
「はい。その上、甘えん坊さんです」
「そんなふうには全然見えませんが」
「はい。陽くんといる時だけです。ふふっ。お腹が空きました。ランチの時間ですよ。勇者様!」
「もう少し歩いたら『YADOYA』に到着します。キッチンを借りて何か作りましょう。おてんばお姫様」
「わっ、私、おてんばなんですか?」
「はい。僕といる時だけです」
「じぁあ。こんなこともありですね」
私は陽くんの手を取って、恋人手つなぎします。ふふっ。陽くんの手は大きくてあったかい。
「僕は、かまいませんよ。でも、ほら」
すれ違う若者たちが私たちに気付く。プライベートの時くらいほっといてください。遠巻きに人垣ができ始めている。
「逃げましょか」
私は絡めた指に力を込めて、陽くんの手を強く握って駆け出します。火照った顔を秋風が撫でて行く。なんか気持ちいいです。
・・・・・・・
『YADOYA』に到着すると、店内はクリエーターさんとか職人さんとか色々な人が集まって、とてもにぎやかです。店内にいる人たちだけでなく、等身大のモニターに映し出されたニューヨーク、パリ、上海、シドニーの『YADOYA』に集った人たちも、私たちを笑顔で迎い入れてくれます。陽くんと私の周りに人が集まってきます。家にいる時はヘタレな陽くんでも、ここでは別人みたいに人気者なのです。
「あれっ。陽くん!今日はお休みでしたよね」
「はい。瑞菜さんとデートです」
わっ!デートだなんて。陽くん、恥ずかしいです。
「陽くん。これを見てくれないかな」
小学校の黄色い帽子をかぶった中年の男性!ランドセルまで背負って、変態さんですか?
「試作品が完成したんですか!」
陽くんは楽しそうにしています。
「ああ。ドライブモニターならぬ、お子様モニター。この帽子の上の360度カメラが登下校を記録するんだ。これさえあれば、変なおじさんに声を掛けられてもこれで安心さ」
陽くんは黄色い帽子の上にあるでっぱりを覗き込んでいます。私から見れば、変なおじさんはあなたです。
「ずいぶんと小さいカメラですね」
「スマートフォンのおかげて小型化の進歩がすごいんだよ。しかも安い」
「ランドセルの中に映像の記録装置があるのですか」
「いや。これだけで携帯の回線に接続されていて、直接外部のサーバーに映像を転送している。AIによる顔認証と行動チェックで、不審者を瞬時に特定してくれるんだ。位置情報と一緒に警察への連絡もしてくれる。警報(アラーム)で不審者を撃退する機能も付けた」
難しいことは私には良くわかりませんが、田舎街でもいろいろなニュースが起きるので、役に立ちそうです。
「犯罪抑制の為にカメラがあることを、ワッペンみたいなものでカッコ良く表示できませんか」
「そうだな。見てもらって良かった。やっぱり陽くんは頼りになるな」
「ところで、そのランドセルにはどんな機能があるのですか」
「これっ?これは小学生の気持ちになって考える為だよ」
「まさか、その格好で『YADOYA』まで来たんじゃないですよね」
「もちろん来たとも!子供の目線を確認するために、来る途中で見つけた公園では、こうやってしゃがんで歩いた」
黄色い帽子をかぶってランドセルを背負ったおじさんが、腰を落として歩いて見せます。やっぱり、変態さんです。発明品はすごいですけど、周りがまったく見えていません。『YADOYA』に集まった人たちが引いています。
「マズかったか?」
「当然です」
陽くんは笑顔でバッサリと切り捨てました。可愛そうですが仕方ありません。本当に困ったお人です。
「陽くん。俺達のも見てください」
「何ですか」
「スマホ版『YADOYA』アプリですよ!これさえあれば、いつでも、みんなとの会議に参加できます。ほらこの通りです」
すっ、すごいです!フランスのモニター画面に彼が映っています。
「CG合成を使っています。スマホの自撮りカメラの映像や話し声を分析して心理状態を解析、CGの表情を作り出します」
「リアルすぎて、両方の『YADOYA』にいるみたいに見えます。外から参加しているのが自然に分かるようにしたらどうでしょう。オーラみたいに少し光っているとか」
「うーん。確かに記憶が混乱しそうですね。オーラですか。ちょっとまってください。簡単ですからすぐにやってみます」
彼はスマートフォンに向かって何やら作業をしています。わあっ!モニター画面の彼の輪郭が青白く光り出しました。すぐにアイデアが出てくる陽くんもすごいですが、陽くんのアイデアをこんなに簡単に実現するなんて、この人も普通じゃありません!
「うん。最高ですよ。嫌味が無くて、ちょうどいいです」
次から次へと変わった発明品が飛び出してきます。若い人も、おじさんも、お姉さんも分け隔てなく語り合い、活気があってみんな楽しそうです。陽くんの作った『YADOYA』は本当に良い所なんです。
「次は俺のを頼む!」
「ごめんなさい。腹ペコなんです。キッチンをお借りします」
「すまん。今日は休みだったな。邪魔してすまん。つい興奮してしまって。失礼した」
親子くらい年の離れた大の大人が、ちょっと前まで高校生だった陽くんにちゃんと謝ります。威張り散らしたり、命令する人なんてここにはいません。何だか新しい時代が来たような気がします。
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