第82話 偽パイは西宮月の手に渡った。

<ヘレン・M・リトル視点>


 キン、コン、カン、コン。キン、コン、カン、コン。


 始業を告げるチャイムの音が、私立修学館中学校の廊下に響きわたる。担任の女先生は、わらわに廊下に待つように告げて、教室へ入っていった。騒々しかった教室が静まり返る。今日はわらわ、ヘレン・M・リトルの転校初日だ。


 くそっ!なんてことじゃ。おじいちゃんのダン・B・リトルが学校側に十億円の寄付をしたにもかかわらずこの扱い。廊下にフカフカの赤絨毯(レッドカーペット)が敷いてない。後でおじいちゃんに言いつけてやる。こんなことなら学校、丸ごと買い取ってしまえば良かった。


 それはさて置き、矢内真司(ヤナイ)のやつを立ち入り禁止にするとはどう言う事じゃ!これでは投資市場が急変した時の対応が遅れるぞよ。一日に数億円も動かしているのだから損失は半端ないんじゃ。このヘレン・M・リトル様をなめないで欲しいぞ。


「ヘレン・M・リトルさん。入ってらして」


 女先生の声が聞こえてくる。ようやく出番か。待たせおってからに。あっ、いけない!英国淑女であるわらわが初対面の生徒相手にむくれ顔と言うのは印象が良くない。ビジネスレディはマーナ―にうるさいのだ。


 全身をチェックする。アホ毛なし。眉毛、OK。リップ、OK。爪、OK。ミニスカート、校則ギリOK。偽パイOK。盛った上に引いて、寄せて、おー!チョー、セクシー。


 音を立てないように引き戸を引いてと。んぐ。引っ掛かっているぞよ。むぐー。おりゃー。


 ガラ、ガラ、ガラーーーー。バーン!


 ガジョ。ヒューン。ドッカーン!


 勢いあまって、外れて倒れる引き戸。激しい振動と共に教室中に響きわたる轟音。生徒たちが不安顔で一斉にわらわの顔を見つめる。不良少女の登場じゃー。って違うぞよ。


 気まずいムード!沈黙が教室内を支配している。くー。わらわの登場を台無しにしくさって。このポンコツドアめ!後でおじいちゃんに言いつけて自動ドアに変えてやる。


 わらわは英国淑女らしく制服のスカートをつまんでお辞儀した後、両方の口角をあげてにっこりとほほ笑んだ。


「先生!銀髪もカラコンも校則違反です!」


「ずるっ。私も明日から金髪にしょっと!」


「あんにゃろ。後でトイレに呼び出してやる」


「牛みたいな胸しやがって!」


 女子たちの不穏(ふおん)な反応。ここって中高一貫の私立の進学校だよね。うざいやつらだ。庶民のくせに、わらわと張り合う気か。札束でほっぺたをブッ叩いてやる。


「かっくいー。モデルさんみたいだ」


「チョーかわいい。ラッキー」


「俺の女神様が現れた!」


「巨乳天使参上っか」


 よしよし、男子連中の心(ハート)は掌握した。男は単純でいいのー。今日から、こやつらをヤナイの代わりに奴隷として使おう。日本流に言えばパシリだ。


「きょ!巨乳ちゃんだー。スリスリしたい!」


「?」


 ぐっ!西宮月(ミス ツキ)、おぬし、何でここにおるのじゃ。


「ばうー」


 ばうーって、西宮月(ミス ツキ)?うわっ!尻尾を振りふり、駆け出してくる。幻覚なのじゃ。幻覚が見えるぞよ!


「尻尾が?」


「くうーん。尻尾は校則に書いてないのだ」


 尻尾を付けて登校するのは禁止なんて校則は世界のどこにもない。なぜか!非常識すぎるんじゃよ。


「やめて。ヨダレを流しながら顔を胸に押し付けんじゃない。ズレちゃうじゃろが!」


「あっ!」


「うわっ。ズレた」


「ギャイーン。偽パイなのじゃー!本物みたいにプルルンな感触なのに・・・」


「だからやめてって言ったのに!西宮月(ミス ツキ)。許さないんだから」


「・・・。あれっ。ヘレンちゃん?なんで、ここにいるの」


「今頃、気づいたんかい!おのれは」


「オッパイ!」


 この子、なんてバカなの!信じられん。西宮陽(ミスター ヨウ)の妹じゃなかったら顔面蹴りじゃ。


「ヘレンちゃん!その偽パイを月(ボク)にくれ!」


「やめるのじゃ。ブラウスのボタンを外すんじゃない。いやん!手を突っ込まないでー」


「ぐへへ。ついに森崎弥生(もりさき やよい)ちゃんを超える巨乳が月(ボク)のものに。着脱可能、後付けOKのプルルンおっぱい。逃してたまるものか」


「やめなさい。二人とも!」


 頭に女先生の雷(いかずち)の拳が降ってくる。


 ゴチン!


「殴ったね! オヤジにもぶたれたことないのに!」


「キター。オタク心をくすぐる名台詞!」


「?」


「やれ!僕っ子戦士!偽巨乳天使のおっぱいを奪うのだー」


「そこの男子!黙りなさい」


 ヤジを飛ばしまくる男子生徒。ヒステリーになる女教師。しらける女子生徒。わらわの初登校はポンコツと化した西宮月によって、最悪の幕開けとなったんじゃ。おしまい。って終わっとらんわ。


 こうしてアメリカで開発された偽パイは西宮月(ミス ツキ)の手に渡った。中学生にもなると胸にコンプレックスを持つ女の子も多く、噂を聞きつけた他のクラスの女生徒からも注文が殺到する。内緒で担任の女教師からも。売れる!おじいちゃん。この投資は間違っていない。


「ぐへへ。ヘレンちゃん。あんがとね。憧れの巨乳なのね」


「西宮月(ミス ツキ)!自分で揉むのは変態よ。男子が見てるじゃない」


「いいの。いいの。八重橋元気(やえばし げんき)のやつ。帰ってきらたビックリさせてやるのだ」


「八重橋元気(ミスター ゲンキ)?あのボクシング、バンタム級、チャンピオンの?」


「うん。月(ボク)の彼氏!」


「・・・?」


 国民的無敵美少女アイドルの佐々木瑞菜(ミス ミズナ)、クールジャパンを牽引する『Be Mine』の森崎弥生(ミス ヤヨイ)、世界チャンプの八重橋元気(ミスター ゲンキ)。西宮陽(ミスター ヨウ)の周りに集まってくる面々。面白いじゃない。わらわの心(ハート)をときめかせた王子様だけのことはある。


「これ、お礼なのね。お昼にしょ!」


「インスタントラーメン?」


「んじゃ。日本の最高傑作!」


「お弁当なら持ってきておるぞよ」


 わらわは東京の三ツ星料亭『やまむら』で作らせた三段のお重弁当を取り出して開けてみせる。高級食材てんこ盛り。アワビに伊勢海老、マツタケに生湯葉、トリュフソースの神戸牛ローストビーフにキャビア!庶民には一生手出しできないものじゃ。


 私立修学館中学校校長め!わらわを誰だと思っているんだ。ケータリングが許されないんだからこれくらい当然。来週には、おじいちゃんに頼んで学食も超高級に変えてやる。


「うほー。見たことない食べ物!みんな集まるのじゃー。ヘレンがご馳走してくれるぞ」


「えっ!」


「カップ麺、あげたじゃん」


「これは貧乏な愚民の食い物!」


「いいから食べてみなよ!兄貴の『YADOYA』仲間が作ったものだよ。それと、食いもので釣った方がクラスに溶け込みやすいでしょ。『美味しい料理は人を幸せにする』兄貴の口癖なのね」


 と言うことで、わらわの超高級弁当は、クラスメイトによって豚の餌のごとき勢いで消え失せた。一食十万円のお弁当。まあ、わらわは、毎日そのレベルのものを食べているから、どってことないんじゃが。


「バリバリでスナック菓子みたいじゃのー」


「ヘレンちゃん!カップ麺、食べたことないの?」


「あるわい!庶民ごときの餌くらい。ぐっ!固い。箸が通らない」


 ぐっ。矢内真司(ヤナイ)がいないと何もできない。あんな使用人のことを思い浮かべるなんて。なんでじゃ。


 矢内真司(ヤナイ)は今頃、西宮家で国民的無敵美少女アイドルの佐々木瑞菜(ミス ミズナ)による歌のレッスン中か。なんだか嬉しそうに、わらわをほっぽって飛んでいきおった。・・・。


「カップ麺はお湯をかけないと。食堂いこっか」


 学校の庶民食堂。全てが五百円以下。わらわのおやつ、チョコレートの四分のひとかけらも買えない金額。こんなものを食べて大丈夫なのだろうか。


「できたよ。ヘレンちゃん」


「うん。香りは悪くない」


 ズズ。


 うほっ!なんという美味。うまいぞよ。叫びたくなるくらいうまいぞよ。日本のインスタント技術。なんと進んでおることじゃ。


「こっこれは。いったい、いくらするのじゃ」


「税込み百五十円ってとこかな。コンビニで売っているよ」


 百五十円?なんてことだ。一個、売っていくら儲かるのじゃ。・・・。たまには、矢内真司(ヤナイ)にお土産でも買って帰るか。

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