第81話 ロンドンは朝を迎えようとしている
<ヘレン・M・リトル視点>
森崎弥生(ミス ヤヨイ)と宮本京(ミスター ケイ)、ヘンテコな二人だ。日本には想像を絶する輩がいるのね。二人が結婚式の準備で帰った後の西宮陽(ミスター ヨウ)の提案(プレゼンテーション)には驚いだのじゃ。思い出すだけでワクワクしてくるぞよ。
矢内真司(ヤナイ)の変身にもぶっ飛んけど、それは序の口だったのね。まさか、あの和食が既に『ネタふり』だったとは。わらわの直感がビビッと来た王子様だけのことはある。うへへ。面白い男(おのこ)じゃわい。
箸でほろほろと崩れていくサバの味噌煮の奥深い味わい。初めてなのに懐かしさを感じる肉じゃが。一見食品には見えない真っ黒な色合いなのに口に中で弾ける未知の触感が楽しいひじきの煮物。豊かな磯の香りが口の中に広がるアサリのお味噌汁。洋食や中華とは違った奥深さじゃ。
生まれた時から三ツ星レストランで鍛えてきた、わらわを唸らせるなんぞ!見事なものじゃ。
「ヘレンちゃん。今日の料理は如何でしたか」
「うむ。土色(つちいろ)した料理ばかりで最初はびっくりしたが、初めて食べる味なのになんだか懐かしさを感じたぞよ。懐石料理みたいに雅(みやび)で煌(きら)びやかなものが日本食と思っていたが・・・。あれもたいそう気に入ったぞ」
「ありがとうございます!」
「姫(ヘレン)様、あんな平凡な貧乏料理に惑わされてはいけません」
「黙れ!ヤナイ。あれを凡庸(ぼんよう)と見なす、おぬしの口は未熟じゃのー」
「ぐっ」
「日本食の真髄は器にあると僕は思っています」
「はて・・・」
「西洋料理は白いお皿がベースで料理のソースを魅せるものです。食材にどれだけ手を掛けたがシェフの腕前になるのです。料理そのものが主役で、器は添え物にしかすぎません」
「うむ・・・」
「和食は食材本来の味わいをどれだけ引き出せるかが料理人の腕前です。ですから、器を選ぶことも食材を美味しくする料理の真髄(しんずい)なのです。底の深い器、浅い器。大きさも様々で、色も形も複雑です。場合によっては笹の葉や瓦、氷だって器に使います」
「そう言われれば。漬物一つを器に盛るなんて手間暇がかかっているからのー。洗い物が増えて大変じゃろうに」
「香の物一つ、薬味一つをわざわざ器に盛る。それも美しく。その繊細なおもてなしの心が和食なのです」
「ふむふむ。西洋にはない文化じゃのー」
「和食の文化が育った背景には日本の四季が関係しています。サバは日本ではポピラーな魚で、決して高級魚とは言えませんが、秋から冬にかけて脂がのって美味しくなります。アサリは春が旬と言われていますが十月にも旬があります。旬の食材だけでなくひじきのような乾物も上手に使ってバランスを取ります。季節を上手に取り入れて美味しい料理を楽しむのが日本人なのです」
「うーむ。奥が深いのー」
「はい。器の中に季節の宇宙を作り出すのが和食なんです。料理はとても気を遣うのに、日本人は遊ぶのがヘタなんじゃないかと思います」
うほっ。何じゃか金の匂いがしてきたぞ!
「日本政府は働き方改革と言っていますが、遊び方を示さずに休みだけ取らされても、経済が停滞したままでは給与が減るだけで心配になってきます。ちっとも楽しくありません」
「カフェ『YADOYA』に集まる仲間たちと色々話していく中で日本をもっと面白くしないと経済が沈んでしまう。既に物欲は十分満たされた人々に何が求められるか。それは時間を楽しむことです」
「ほほう。自信があるようじゃ。苦しゅうない。申してみよ!」
「短期滞在のその日限りの観光ではなく、中長期滞在型の本格リゾート複合施設を作りたいと思うのです。仕事疲れを癒やすのはもちろん、未来に向かって羽ばたける施設です」
「和食とどんな関係があるのじゃ」
「知識を深め資格を取るなど自分をステップアップするんです」
「調理師の学校などくさるほどあるが・・・」
「単に料理の腕前だけでなく、陶器を自分で焼き、お椀や箸に漆を塗るところから始められるのです。お店の内装や提供する音楽などについても学べる。和食を創るとはそういうことです」
「料理大学みたいなものか」
「さすが、ダン・B・リトルのお嬢さんです。それもあります。でもそれだけではありません」
「うむ!面白うなってきた」
「僕たち『YADOYA』のメンバーが考え出したのは『四季』で育った日本人にしか考えつかないリゾート施設です」
「ふむふむ」
「まずは日本の四季を体験できる四つの空間を造ります。秋のリゾート施設では先ほどの料理や器、芸術などのおもてなしの全てが学べる環境を造ります。冬のリゾート施設ではスキーやスノーボードのインストラクターを目指す施設。年中、雪が楽しめる巨大な空間です。春リゾートではモータースポーツやフィールドスポーツ。競技者として腕を上げるだけでなく、指導者や審判の資格の取得もできます。夏リゾートでは船舶免許やスキューバーダイビングのライセンスが取れる人工の海。文化の発信拠点となる場所です」
「お金がかかりそうじゃのう」
「はい。東京ドーム10個以上の巨大ドーム施設です」
「なんと・・・」
「姫(ヘレン)様。西宮陽の言うことはリスクが高すぎます。かるく見積もっただけでも数千億円規模の事業です。とても民間でやるようなものではありません。バカげてます」
「うむ。ミスターヨウ、回収の見込みが見えないものにお爺ちゃんは投資しないぞよ」
「はい。リゾート施設と合わせて周辺にマンションを建設して販売します。場所は埼玉県の山奥の遊休地。都心まで鉄道を敷設して利便性を高めます。急行なら三十分もかかりません」
「ふふふ。通勤圏内にしてタダ同然の土地にマンションを建てて高額で売りさばくのじゃな!遠くていけないような日本のバブル期のリゾートマンションの失敗を理解しておる。目の前に一生かけても楽しみきれない趣味性の高い娯楽を用意するのだから高く売れるぞよ」
「はい。『YADOYA』に集まるITなどのベンチャー企業も誘致します。彼らはネットで繋がっているので、どこででも仕事ができます」
「夏リゾートを使って海底宝探しができる遊園地とか、水中ジェットコスタ―とか、世界最大の水族館とか、プロジェクションマッピングを使ったプラネタリウムもありか。ぐふふ。冬のリゾート区画のマンションなぞ、雪を見たことに無い中国人に高く売れそうじゃ。おもろいのー。資格を取るのは一生もんじゃし、取れば更なる高みを目指したくなるものじゃ。リピーターを確保できるうえに長期間滞在してくれる。そして、いずれそこに住みたくなる。ラスベガスやディズニーリゾートの欠点まで克服するとは・・・」
「はい。名前は『フォーシーズンリゾート』と言います」
「自治体の箱もの事業の縮小で日本のゼネコンは仕事に困っておる。値切り放題じゃ。ガハハハッ。ヤナイ。帰るぞよ。ロンドンは朝を迎えようとしている」
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