第66話 お願いみんな。正気に戻るのです。

<佐々木瑞菜(ささき みずな)視点>


 今日は、いよいよ西宮陽(にしみや よう)くんが私の両親に会う日です。朝食会場の雰囲気が何時になくソワソワしています。陽くんはともかくとして森崎弥生(もりさき やよい)さんや妹の西宮月(にしみや つき)ちゃん、八重橋元気(やえばし げんき)さんまで緊張しまくりです。何だか親に会うだけなのに私まで緊張しちゃいます。


「うひょ!『カマレズ』の姿が見えない」


 そう言えばそうです。時間にうるさい宮本京(みやもと けい)社長が遅れるなんてあり得ません。


「陽くん。宮本社長は?」


「大切な日だからしっかりメイクしないとって洗面台を占拠していました」


「なあ、月(つき)ちゃん。恐ろしいだろ。俺たち、追い出されたんだぜ」


 八重橋元気さん。面白がってませんか?弥生さん、お願い!何かあったら助けてね。


「やあ!キミたちお待たせしたね」


「・・・?」


 田舎の古びた温泉旅館には似つかわしくない背広の紳士が朝食会場の入り口に立っています。


「ど、どうしたんですか宮本社長!!」


 私が叫ぶと陽くんも月(つき)ちゃんも元気さんも怪訝そうに辺りを見回します。気付いているのは弥生さんだけです。さすが弥生さん、コスプレ慣れしています。


「なんだ、キミたち。僕の顔を忘れてしまったのかな」


 イケメン紳士が高級革靴をコツコツと鳴らしてこちらへと近づいて来ます。宮本社長は容姿だけでなく声の質から口調まで完全に男に戻っています。


「ぐおおー。イケメンお兄さん!」


 美しいもの大好き西宮月ちゃんが反射的に走り出しました。


「月(つき)ちゃん。ちょっと待って!その人、宮本社長よ」


 既に社長に抱き着きスリスリ。あー、やっぱり手遅れでした。


「おや、また子うさぎちゃんですか。僕はロリコンの趣味は無いと前にも言ったはずですが。ポイ!」


「ぎょえー!この匂い、この感触。出たな『カマレズ』人間を惑わすこの悪霊め。助けてー。元気!」


 月(つき)ちゃんはピョンピョンと飛び跳ねながら元気さんの元に向かいました。口をあんぐりと開けて驚いていた元気さんも、さすがに月(つき)ちゃんの訴えは受け入れません。そりゃー、まあ、月(つき)ちゃんのポンコツぶりを直ぐに理解しろと言うのは無理があります。この二人、出会いが突然だっただけに先が思いやられます。


「宮本社長の男性の姿を見るのは4年前のオーディション以来ですね」


「ああ、久しぶりに男に戻った。本心を隠すのは居心地の悪いものだな。それにこのウィッグ、暑苦しくてたまらん」


「あのー。宮本社長。そのお姿は・・・」


 陽くんは腰が抜けたのかへなへなと座り込んでしまう。そりゃあ私だって社長の変身を初めて目にしたときは驚きのあまり立っているのもやっとでした。私の両親に会うと言う緊張と合わさって陽くんのヘタレモードは全開マックスなのです!それに比べて弥生ちゃん。こっちはこっちで変態モードフルスロットルと言った感じです。


「宮本師匠!御見それしました。その変身の極意、なにとぞ、この森崎弥生にご伝授下され!」


 サファイアブルーの瞳孔が開きっ放しです。言葉も変な時代劇みたいです。


「みなさん!落ち着いてください。衝撃は分かります。ですが、みなさんならきっと受け止められます」


 私は国民的無敵美少女としての女神の力をフルに使ってほほ笑んだ。お願いみんな。正気に戻るのです。

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