第60話 コスプレには人格を変える力がある。
<森崎弥生(もりさき やよい)視点>
「夜も更けてきたことですし、夜食でも作りましょうか。食材も手に入ったことですし」
宮本京(みやもと けい)社長が持ち込んだスーパーの買い物袋を指さして、西宮陽(にしみや よう)くんが言った。今日は二回も陽くんの手料理が食べられるなんてラッキーだ。周りのみんなも小腹が空いているようだ。
「宮本社長も食べますよね。僕は料理に少しばかり自信があるんですよ」
「そうね。まだまだ外には出れそうもないし、いただこうかしら」
「じゃあ決まりですね。大根とネギの和風リゾットなんてどうですか」
陽くん、食材を見ただけでレシピがイメージできるんだ。本当に何でも天才なんだ。陽くんと佐々木瑞菜(ささき みずな)さんが結婚かあー。陽くんきっといい旦那さんになるんだろうな。家事とかもしっかりしているし・・・。
もう、私の入り込む余地なしか。幼なじみで初恋の人・・・西宮陽くん。長過ぎたのかな。色々な思いが頭の中を廻っちゃう。二人ともお似合い。何だか取り残された気分。西宮月(にしみや つき)ちゃんにまで追い越されたじゃない。私も新しい恋がしたい!仕事に生きる歳でもないし。あー、なんかムカついてきた。
こんな時は憂さ晴らしが必要だ。陽くんは早速、キッチンに向かった。私は残った面々を見まわす。ふふっ。面白いことを思いついた。
「月(つき)ちゃん。じぁあ私たちも準備をしないと」
「・・・?」
「やだなあー。ほら、陽くんが皆にご馳走してくれる時は、感謝の気持ちを込めて『コスプレする』って決めたじゃない」
私は宮本社長と八重橋元気(やえばし げんき)さんに見つからないように、瑞菜さんと月(つき)ちゃんに素早くウインクした。瑞菜さんと月(つき)ちゃんは、一瞬驚いた顔をしたものの、理解してくれたようだ。幸いに『Be Mine』の試作品をいくつか月(つき)ちゃんに預けてある。
「そ、そうだった。準備、準備。元気の分はさすがにないから、チャンピオンのカッコで許す!えへへ。ここで着替えて。んで、カマ・・、宮本社長はこっち来て」
「はあっ?アナタたち、私にコスプレをさせるつもり」
宮本社長が月(つき)ちゃんをキッっと睨みつける。月(つき)ちゃんがオドオドして元気さんの影に隠れる。狐に睨まれた子ウサギみだいだ。瑞菜さんが援護射撃をする。
「社長!社長と言えども西宮家のルールには従ってもらいます」
さすが、無敵美少女。一歩も引かないキリリとした凛々しい顔。女子の私でさえ、その美しさに逆らう気力を失いかねない。女神の視線と悪女、あれ、宮本社長は男だっけ?ほんとにややこしいけど、見た目優先で悪女にしておこう。で、女神の視線と悪女の視線がぶつかり火花を散らす。
「いち、コスプレーヤーとして、宮本社長がこの家に入る手段として使った主婦のコスプレは認められません。あれでは化け物です。私が正しいコスプレの精神をレクチャーします。瑞菜さん、月(つき)ちゃん、宮本社長を瑞菜さんの部屋まで連行するわよ」
私は掛け声とともに宮本社長に飛びついた。瑞菜さん、月(つき)ちゃんも加勢する。いやがる宮本社長を三人で瑞菜さんの部屋に押し込んだ。瑞菜さんのアイドル用の化粧台の前に座らせて、強引に厚化粧をふき取っていく。あれ・・・。意外にきれいな肌をしているじゃない!赤ちゃんみたいにやわらかくてキメの整った肌だ。瑞菜さんも宮本社長のすっぴんを見るのは初めてみたい。
「社長!ビックリしました。社長がこんな顔してたなんて!清純派アイドルでも通用します」
「バ、バカ言わないでよ。清純派アイドルなんて。私はもう32歳よ!」
鏡に映る自分の顔を見つめる宮本社長は、言葉とは裏腹にまんざらでもない様子。とても32歳のおばさん・・・?、もとい、おっさんには見えない。
「決めたわ!学園SFロボットアニメのヒロイン、神崎彩菜(かんざきあやな)の柊木(ひいらぎ)中学の制服でいくわよ」
「中学生?そんな・・・」
あ然とする宮本社長はなんか可愛い。アイメイクを取り去ると迫力がトーンダウンした。私のひらめきに間違いない。このまま突っ走るのだ。
「大丈夫です。『Be Mine』の社長である私、森崎弥生がデザインしたものです。瑞菜さん、ナチュラルメイクでよろしく。月(つき)ちゃん、衣装を準備して」
私は瑞菜さんと月(つき)ちゃんに、次々と指示を出していく。瑞菜さんがメイク担当。月(つき)ちゃんが衣装担当だ。この瞬間がコスプレの一番楽しいところだ。コスプレには人格を変える力がある。って宮本社長は男子だった。女性の格好が既にコスプレだったことに気づく。えーい。知るかそんなの。私の魔法で『カマレズ』をヒロインに変えるのだ。
「よーし、出来た。完璧だ」
鏡の中には学園SFロボットアニメのヒロイン、神崎彩菜の姿があった。ちょっとスカートが短かったか。月(つき)ちゃん用に仕立てたものだから無理はない。二人の男子には目の毒だがエロいヒロインも悪くない。宮本社長!美青年だったのね。32歳か。丁度、私たちの倍の年齢。そうは見えない。この人、ほんとうに化け物だ。
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