第55話 だから、そんなこと言わないでよー

<佐々木瑞菜(ささき みずな)視点>


 西宮家の塀の向こうは大変なことになっているようです。カーテン越しにテレビ局のライトの明かりが行き交います。私はテレビ局に出入りしていますので、報道のスタッフの人たちが大変なのは良く知っています。いつでも出られるように待機して、事件が起きたら徹夜も当たり前。とても大変なお仕事です。


「私、本気で引退しようと思います。これ以上、みんなに迷惑かけたくないです。小学校6年生で突然デビューして、事務所の社長の言うままに仕事をこなしてきたけど、ギスギスした芸能界に馴染めないんです。芸能界は下積時代から努力して、オーディションで競い合って、周りを蹴落としてはい上がろうとする世界なんです。頑張っているけどデビューすらできない人を見ると申し訳なくなります。『無敵美少女』を演じ続けているから、嫌がらせをされることはないけど・・・。誰もお友達になってくれません。私はぼっちな女の子のままなんです」


『無敵美少女』だったらあってはならないことですけど、思いっきり声を上げて泣いてしまいたい。西宮陽(にしみや よう)くんが私の肩にそっと手を置いてくれました。


「瑞菜さん・・・」


 私は彼の肩に頭をあずけます。太陽の匂いに満たされていきます。この人がいれば、この人さえいれば私は満たされるんです。


「私、芸能界を引退して、陽くんのお嫁さんになりたい。陽くん、私を貰ってください」


 とうとう言ってしまいました。陽くんに出会って恋をして、ずっと考えていたこと。陽くんの義理のお父さんとお母さんと話せたからでしょうか。少ししか話していませんが二人ともいい人です。私には分かります。陽くんを育てた人ですから。


「・・・」


「こらー!西宮陽。しっかりしなさい!佐々木瑞菜(ささき みずな)さんが陽くんにプロポーズしているんだぞ。本当に情けないヘタレ男子ね。女の子にプロポーズさせるなんて。いい加減、ちゃんと受け止めたらどうなの。ハッキリしてくれないと、私が困るじゃない」


 森崎弥生(もりさき やよい)ちゃんが顔を真っ赤にして、怒っている。ごめんなさい、弥生ちゃん。私の気持ちはもう押さえられないんです。そして有難うございます。弥生ちゃん、大好きです。


「瑞菜さん・・・。本当に良いのですか?僕はまだ瑞菜さんを養う能力もないし、自分が何になりたいかもわからない半端ものです。それに未成年は現実的に結婚できる年齢では・・・」


 ガタン。


 八重橋元気(やえばし げんき)さんが立ち上がった拍子に、リビングテーブルにぶつかりました。


「月(つき)ちゃん、キミの兄貴、殴っていい?」


 元気さん!ダメです。私は思わず陽くんに覆いかぶさりました。


「元気先輩・・・。みんな、ありがとう。法律なんて大人が決めたことです。関係ないです。今わかりました。僕はもう迷いません。僕、西宮陽は世界で一番、佐々木瑞菜を愛しています」


「陽くん・・・」


 陽くんが私の両肩を押さえて見つめてきます。私、溶けちゃいそうです。


「瑞菜さん」


「はい」


「僕と結婚してください」


「はい」


 陽くんは私のあごに手を添えて優しくキスをしてくれました。やわらかいものに触れた感覚が心地いいです。陽くんは私の背中に手を回して、しっかりと抱き締めてくれました。私の三度目のキスは陽くんの方からでした。このまま、時間が止まってくれればいいのに。


 私はずっと考えていたことを言いました。


「陽くん。一緒に私の故郷、新潟で暮らしませんか。ちょっと郊外に出れば本当に田舎なんです。お金ならいくらか蓄えがあります。『国民的無敵美少女アイドル』で稼いだお金です。私、陽くんとのんびり暮らせればそれだけで十分です。他にはなんにもいりません。そうそう、お庭に畑を作って、新鮮な野菜を育てるんです。陽くん料理ってみんなを幸せにするから」


「ふふっ。いいかも。二人でカフェでも開いたら!美男美女が開くカフェ。絶対に受けるわ。私も会社が落ち着いたら新潟で暮らそうかな。今はインターネットでどこででも仕事ができるし、両親も田舎暮らしがしたいって何時も言っているから」


「そうですね。東京で暮らしてたらマスコミに振り回されるだけですし、いっそ田舎ならのんびり暮らせそうですね。カフェですか。面白そうです」


「はい。陽くん『仙人』ですから、田舎暮らしの方が色々なアイデアを思いつくと思うんです」


「いいね!東京だけが住むところじゃないか。ボクシングの世界は寿命が短いんだ。十年もせずに引退する日がくる。サラリーマンになれるわけでもないし、引退してから昔の栄光にすがる人生なんてまっぴらだ。俺も加えてくれないか。今から予約できないかな」


 あれ?ずっと黙り込んでいる月(つき)ちゃんの顔が怒っています。どうしたんでしょう。


「勝手に盛り上がらないで!そんなの一番になったことがあるか、なれる才能を持った人間が言う事だよ。月(ボク)は違うと思う。月(ボク)みたいに、何にもなれない人間の方がいっぱいいるんだよ。月(ボク)はテレビや雑誌で輝いている瑞菜様が好きだし、キラキラしている兄貴が自慢なんだ。元気先輩にだって、これからもずっとチャンピオンでいて欲しいんだょー。だから、そんなこと言わないでよー。ぶぇーん」

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