第30話 社長、どこまで聞きました

<佐々木瑞菜(ささき みずな)視点>


 タイトスーツに身を包んだ女性がモニタールームのドアを開けて、スーツに身を包んだ紳士を引き連れてこちらにきました。長身がハイヒールを履いて颯爽(さっそう)と歩く姿は、いかにも仕事ができるビジネスウーマン。そう、この人が事務所の社長、宮本京(みやもと けい)さんです。一緒にいる男性も服装のセンスが並外れています。


「社長!」


「瑞菜(みずな)さん。プライベートの会話の時はマイクのスイッチを切るものよ」


「あっ!」


 私は、自然な音を収録する為にピンマイクを付けていたことを忘れてしまっていました。


「あら、瑞菜さんらしくないミスね。彼氏のことで浮かれすぎてたのかしら」


 横からマネージャーが恐るおそる尋ねます。


「社長、どこまで聞きました」


 宮本社長は不敵な笑みで答えました。


「全部、筒抜けよ」


「・・・」


 マネージャーの顔が一瞬にして凍りつきます。私も言葉を失うしかありません。説明する手間が省けたと言えば、そうなるのかもしれませんが心の準備が整っていません。


「社長、すみませんでした」


 私は深々と頭を下げました。


「本来なら怒り狂ってしかるべきところかな。でも、今日は私にとっても貴方にとっても大切なお客さんと一緒でね」


 社長と一緒にいる紳士が名刺を取り出して、私とマネージャーに手渡しながら言いました。


「いいじゃないか。年頃の女の子に恋をするなと言う芸能界の在り方に問題があると思うよ。私はこう言うものだ」


 名刺には『KFホールディングス 代表取締役 社長、藤原克哉(ふじわら かつや)』と書かれています。


「藤原社長は今日のCMのスポンサー、『KIRA』ブランドの親会社の社長さんよ」


 事務所の宮本社長が説明してくれるが、正直、私にはどれ位の地位の人物なのか全く分かりませんでした。ただ、マネージャーさんが委縮しているところと、スーツの着こなしのセンスを見ると有名な社長さんなのだろうと感じました。


「はじめまして。佐々木瑞菜(ささき みずな)です」


 ペコリと頭を下げます。


「モニターで見るよりも更に美人さんだな!」


 藤原社長は私の顔を覗き込むようにして見つめてから、人懐こそうな笑みを浮かべました。事務所の社長もつられて笑顔です。私はこの人に救われたと思いました。


 その時、ライトに照らされたセットの影から一人の女の子が飛び出してきて、私に抱き着きました。私が誘った西宮月(にしみや つき)ちゃんです。


「瑞菜様ー!見学に来ました」


 後から森崎弥生(もりさき やよい)さんも顔を出します。


「やっぱりすごいですね。華やかな芸能界って感じがします」


「あら、瑞菜さんがお友達を誘うなんて初めてじゃないかしら。紹介してくださる」


「社長、すみません。社長が来るなんて思ってませんでしたから」


「いいのよ。こちらの青い目の美少女はどなた?」


「彼女は私の親友で、森崎弥生さんです。で、こっちの女の子が西宮月ちゃん。私の妹分です」


「森崎弥生です」


 弥生さんは私立修学館高校生徒会風紀委員長だけあって、挨拶も丁寧です。


「んぐっ。宝ジェンヌ?ぼ、月(ボク)、西宮月です」


「ちょっと。月(つき)ちゃん。いきなり社長に抱き着かないで!ごめんなさい社長。悪い子ではないのですが・・・」


 マネージャーさんは頭を抱えて、今にも倒れそうです。森崎弥生さんと西宮月ちゃん!この二人がいるところは、いつも事件の匂いがします。

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