第10話 無敵美少女!私が初の敵になってやる

<森崎弥生(もりさき やよい)視点>


 家の近所が騒がしい。これでは集中して勉強ができない。ここをどこだと思っているのだ。繁華街ならいざ知らず世田谷の閑静な住宅地だぞ。まったく人迷惑な。


 森崎弥生(もりさき やよい)はカーテンを引いて窓を開け放った。撮影用のライトをこうこうと灯しながらテレビ局の撮影隊が裏道を進んでいく。何か事件でもあったのか。事件と言うには和気あいあいとした雰囲気を醸し出している。


 私の大嫌いなバラエティ番組。きっとそうだ。お下劣で人生の何の役にもたたない番組。民放のくそ局がつくる最低の品物だ。あんなものを見て何が楽しいのだろう。アナウンサーの大声がマンションの三階まで響いてくる。


「あれ?」


 彼らの進む先には、西宮陽(にしみや よう)の住む一軒家がある。


「西宮陽!まさか、また何かをやらかしたのか。しかも今回はテレビ沙汰」


 私の予感は的中する。撮影隊が西宮家の玄関前で止まった。私は監視用に用意していた一眼レフカメラを手に取った。倍率50倍の大口径望遠レンズ付き。部屋の明かりさえあれば夜でも十分に西宮くんの顔がバッチリとらえられる優れモノだ。


 覗き?違います。私はストーカーではありません。私は私立修学館高校、都内でも名門の中高一貫の難関進学校で生徒会の風紀委員長をしています。先生の信頼も厚く、次期生徒会長とも噂されている真面目女子。


 幼なじみの問題児、西宮陽が不純なことをしていないか監視しているだけ。これは立派な風紀委員の役目。そう、仕事なのです。私は変態ガールではないのです。勉強につかれた時、ちょこっと西宮くんの顔を見て和むことはありますが、これは役得と言うか。はい、決してあやしい行動ではありません!


「うそ!なんで佐々木瑞菜(ささき みずな)がいるの?」


 西宮家の玄関前に撮影隊のライトに照らし出されて、国民的無敵美少女アイドルこと佐々木瑞菜が立っていた。私は民放なんて見ませんが、国営放送の歴史ドラマは大好きです。だってお勉強の役に立つから。歴史ドラマの中で佐々木瑞菜の演技はぴか一です。


 私は慌ててノートパソコンの電源を入れた。起動するまでの時間がイライラする。もう、これだから旧式は。最新式のタブレットパソコンが欲しい。


「やっと立ち上がったか、このポンコツ」


 パソコンの画面に西宮陽のスクリーンセーバーが浮かび上がる。これは盗撮したものではありません。彼の監視記録です。彼を更生させるための私の決意です。私のライフワークなのです。


 って鼻の下を伸ばしている場合か。私はインターネットにアクセスして『佐々木瑞菜』を検索した。


『JNH放送、独占生番組。佐々木瑞菜がラブレターをくれた彼のもとへ!』


 放映日も時間も合っている。西宮家に目を向けると、既に佐々木瑞菜の姿も、テレビクルーも玄関から家の中に消えていた。


「・・・」


 私は震える手でキーボードを叩き、パソコンをテレビモードに切り替えた。初めての民放番組はガサツで賑やかだ。CMの時間らしく、佐々木瑞菜がさわやかな笑顔でシャンプーを宣伝していた。


 くっ。アップで見る彼女の笑顔に勝てるものはいない。無敵美少女とはよく言ったものだ。おっと見とれている場合じゃない。CMが終わるとモザイクで顔を隠した西宮陽と佐々木瑞菜が向かい合っていた。


「ぐはっ」


 驚きのあまり椅子から転げ落ちるところだった。三流コントをしている時ではない。私はパソコンのボリュームを上げた。


『ドキドキしました』


「?」


 佐々木瑞菜がラブレターらしき便せんを持って、西宮陽の顔を覗き込んでいる。


『えっ』


 西宮陽の顔はモザイクでよく見えない。


『私とお付き合いしてください』


 なっ、なんでー!なんで、佐々木瑞菜が西宮陽に告白してんのよ。意味、わかんない。こんな恐ろしい事件があってたまるか。信じられない。お願い、断るのよ。西宮くん。芸能人なんて浮き沈みの激しい野蛮な人種と接点を持ってはいけない。


『はい。こちらこそよろしくお願いします』


「陽のバカ。保育園の時の私との約束。好きって言ってくれたじゃない。この浮気者。この裏切り者。このヘタレ男子が!うぇーん」


 泣き声が抑えられない。鼻水と涙で顔がぐしゃぐしゃだ。なんで、なんでなの。がんばって、がんばって。やっと、やっと彼と同じ学校に入学したのに。高校1年になって初めて同じクラスになったのにあんな事件を起こして。2年生になって奇跡的にまた同じクラスになって、こっ、これからだと思ったのに。


「あぁ。神様!あなたの試練に負けるものですか。相手が佐々木瑞菜!上等ですとも。無敵美少女!私が初の敵になってやる」


 森崎弥生のハートは恋の炎でメラメラと燃え上がった。彼女はメガネを外してティッシュで豪快にはなをかんだ。涙を拭いとってゴミ箱に投げ捨てた。手の中にあるトレードマークの赤渕メガネ。エリートの象徴。森崎弥生はためらうことなく、それを握りつぶした。

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