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 左の前後のタイヤが宙に浮く。片輪走行。戦闘機の機動で言えば「エルロン・ロール」だ。しかし傾く方向が違う。戦闘機が左旋回する場合は左にロールするが、クルマが左旋回する時にロールするのは右なのだ。


 片輪走行の状態ならヒットは無理なはず。にもかかわらず、ダメージ警告音がコクピットに鳴り響く。


「何ぃ?」


 思わずルームミラーを見た俺は、驚愕する。


 ヤツも片輪走行をやっていた。そして、なんとそのまま撃ってきたのだ。こんな敵は初めてだった。


 即座に俺はステアリングを少し戻して左の前後タイヤを着地させ、サイドブレーキターンで回頭、フル加速する。ヤツもすぐに追いついてきた。そこで俺は左右にステアリングを小刻みに切りまくる。


 シザーズ、だ。ドリフトの初心者がカウンターステアのおつりを食らって左右にケツを振るのを「タコ踊り」などと言うが、シザーズは意図的な、制御された「タコ踊り」である。ハサミが切り進む様子に似ているためその名が付いているが、空中戦でも全く同じ戦法がある。


 ヤツもぴたりと俺のシザーズに追随する。やはりダンスを踊っているようだ。意外に気が合う相手かもしれん。


 しかし、空中戦のそれもそうだが、シザーズはずっと続けていられるわけではない。速度がどんどん落ちていき、いずれは手詰まりスティルメイトとなって離脱することになる。俺とヤツは正反対方向に離脱し、再び組んずほぐれつの機動を開始する。


 状況は間違いなくヤツが有利……だったはず。だが。


 ここに来て、ヤツの動きにキレが無くなってきた。


 その原因も、俺には何となく見当が付いていた。


 おそらく、リアブレーキ、だ。


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