第80話 天使な彼女とお正月






 それから大晦日おおみそか元旦がんたんと時が経ち一月二日。今日はクリスマスの日に計画してからずっと楽しみにしてた、風花さんと一緒に近くの神社で初詣はつもうでに行く日だよ!


 天気は空が澄み渡るほどの快晴。僕は赤い鳥居の前で立って風花さんと待ち合わせをしていたけど、見渡す限りたくさんの人がいた。現に僕が一人で待っている間に家族連れ、友達、カップルなど様々な見知らぬ人たちとすれ違ったよ。け、決して寂しくなんてなかったんだからねっ(強がり)!


 因みにこの神社はテレビでも中継報道されるほどの有名な神社で、どうやらこの街の人以外にも県外からわざわざ参拝しに来るほどの御利益があるそう。


 ま、まぁ? 風花さんと恋人同士になれた僕にとってはもうこれ以上の御利益を願うのは恐れ多いんだけどね? せっかくのお正月に風花さんから行こうって誘われちゃ断れないよねっ!



「ふぅ、さぶいー……! 風花さんまだかなー?」



 僕は手を擦り合わせながら小さく呟く。今季は雪の量は少なかったけど、口からは真っ白な息が洩れた。


 現在の時刻は午前中の十時。待ち合わせの時間まであと三十分あるけど、僕にとってこの時間はまったく苦ではない。少し前の僕であれば、待つ間は緊張と不安などが前に出過ぎて焦ってばかりだったけど、今の風花さんと僕の関係は恋人同士。つまり彼氏彼女(ココ重要!)の関係だ。……うん、最近ようやくすんなり言えるようになった。やったね!


 ……ごほん。さて、なのでただ待つのと違って、風花さんを想いながら待っているとこの待つ時間でさえ愛おしいと感じるよ。この感覚は好きな人と付き合わないと分からない感覚だね。……ふぃ、風花さんは様々なことを僕に教えてくれるなぁ。


 私服越しに突き刺すような空気の冷たさを感じつつ今か今かと風花さんが来るのを待っていると、遂にそのときはきた―――!



「来人くんお待たせぇ! あっ、も、もしかして待たせ過ぎちゃったかなぁ……?」

「――――――」

「うぅ、来人くん……。お、怒ってるのぉ……?」

「いや、全然怒ってないよ。むしろ振り袖姿の風花さんが超絶可愛すぎて絶句してた……」

「うにゅ……っ!? え、えへへぇ、そう言って貰えるとお母さんに頼んで張り切って着てきた甲斐があったなぁ……!」



 僕が思わず目の前の彼女を食い入るように見つめてしまったのは理由がある。


 風花さんが着ているのは黒を基調とした布地に桃色の花柄が散りばめられているそで。大人っぽい落ち着いたその装いが風花さんの持つ可愛さを引き締める役割をしていて、全体的に見事に上品な美しさへと昇華されている。


 さらには丁寧に編み込まれた茶髪にはかんざしの華の飾りが綺麗に揺れており、どうやらよく見ると風花さんはうっすら化粧もしていた。


 ―――そこに存在するのは、完成されたひとつの"美"。


 頬を赤く染めた風花さんは、耳に掛かった髪を搔き上げるような仕草を行ないながらはにかむ。そんな食べちゃいたいくらい可愛い彼女のことを穴が空くほどの勢いで見ていると、風花さんは頬を赤く染めたまま上目遣いで僕を見つめた。


 人差し指同士を合わせてもじもじとさせると、おずおずと口を開く。



「そ、そのぉ……、えへへぇ、来人くんもいつもカッコいいよぉ……?」

「ぐっふ」

「ら、来人くん!? 膝から崩れ落ちてどうしたのぉ……!?」

「風花さんはもう少し自分の魅力を自覚した方が良いね……。その仕草と表情と声はもはや凶器だ……!」

「んぅ、自分の魅力ぅ? ……私ぃ、そんなのとっくに自覚してるよぉ?」

「え……。それってつまり……?」



 自分の魅力を理解していると言ってきょとんとした顔になった風花さん。まるでそれが当たり前かのように言葉を紡いだ彼女に対し、僕は首を傾げながら視線を向けた。


 彼女は仕方なさそうに口をすぼめると、いじらしい様子で声を出した。



「むぅ、来人くんが言って欲しいのなら言うけどぉ、後でご褒美ちょうだぁい?」

「え、あ、うん。わかった……。じゃあ言って?」

「やったぁ♡ 私の魅力、それはねぇ―――」



 すぐに風花さんは僕の耳に顔を寄せると、とろけてしまうような声音でささやいた。



「―――来人くんの瞳に映るぅ、私自身だよぉ」

「うん。……ん!? え、ごめん風花さんどういう事!?」

「んふふぅー、教えなぁい!」



 僕は風花さんの返事に戸惑いの声をあげるけど、彼女は満面の笑みでにへらっと笑うばかり。


 風花さんの魅力が僕の瞳に映る風花さん自身? それってつまり僕が知っている風花さんの様々な可愛い所や思慮深い所とか、もう数え切れない色んな部分を自分の魅力としてとっくに理解しているっていうこと……?


 ………………んぅ??


 頭を悩ませていると、やがて風花さんは僕に手を差し出しながら元気よく言葉を言い放った。



「はい、ご褒美ぃ!」

「手? ……わん?」

「~~~っ! ち、ちがっ……! ぷっ、あははははっ!!」

「えぇ!? 笑うなんてひどくない風花さん!?」



 僅かに悶えた後、風花さんは耐えきれないように笑った。


 えぇー……。僕は風花さんが差し出した手へ至って真面目に手を置いたのに、それを笑うなんてひどいよ風花さん!! 確かに理解が追い付かなくて咄嗟に忠犬ライトの側面がひょっこりと顔を出したけどさぁ!!



「ご、ごめんごめん……っ! まさか私の手の平にワンちゃんがお手をするときみたいに手を乗せてくるとはぜぇんぜん考えてなかったからさぁ……! 可愛かったぁ!」

「じゃ、じゃあいったいなんだったのさ? さすがにもう少し会話のキャッチボールが欲しかったかなぁ……!」

「もう、しょうがないなぁ。―――手、一緒に繋ごぉ?」

「………………あ。~~~ッ!!!」



 僕はすぐさま風花さんの意図に思い至る。そして赤面。


 僕と風花さんがただ並んで歩いていたとしよう。ここら一帯は正月なので人通りが多いから手を繋いでいないとはぐれる可能性がある。そしてなによりもここで重要なのは、風花さんが僕に手を差し出したのは恋人として一緒に手を繋ごうという意味だったのだ。


 これは確実に僕が悪い。酷いのは僕の方だったよ……。


 あぁ……っ、これはイタイ……っ! 黒歴史として心の闇と共に葬り去りたい……っ! 何が『わん』じゃ僕っ!!


 思わず顔を両手で隠すように覆ってしまった僕だけど、こっそりと指のあいだから風花さんを覗き見る。


 彼女はにまにまとした表情をしていた。



「……風花さん、出来れば先程のことは忘れてくれるとありがたいのですが」

「絶っ対に忘れませぇん♡ ほら来人くん、早くご褒美ちょうだぁい!」

「あ、はい……」



 僕は風花さんに促されると素直に手を繋いだ。彼女の小さな手を僕の手に絡ませると、恋人繋ぎをしながら鳥居をくぐり参拝客さんぱいきゃくの列に並んだのだった。


 その後は賽銭箱にお金を投入して参拝さんぱいをしたり甘酒あまざけを飲んだり、おみくじを引いて風花さんは『大吉』、僕は『吉』だったりと、とても充実した一日を過ごした。

















「―――あれって……」



















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一体誰なんでしょうねぇ……?


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