第79話 陰キャと天使のクリスマス 3




 僕の目の前には懐かしくも決して忘れることの出来ない、思い出として深く心の中に刻まれている大切な少女が佇んでいた。


 彼女はあのときのように大人びた表情で、背筋をピンとしながら僕を真っ直ぐに見つめている。


 僕は思わず息が止まりそうだった。なにせ風花さんの部屋の扉を開いたと思ったら、その中には宝条さんが居たんだから。


 ……ううん。



「風花さん……キミが、宝条さんだったんだね」

「……驚かないのぉ?」

「もう十分驚いてるよ。でも、それ以上に安心してる」

「あんしん……?」

「だって、あれからずっと僕の側にいてくれたんでしょ? その事実が、すっごく嬉しくてさ」

「…………ッ!」



 途中から涙腺が崩壊しそうだった風花さんだけど、長い黒髪のウィッグを外すとなんと僕に抱き着いてきた。

 突然の行動に驚くけど、抱きしめられるのは二度目だったので緊張はすれどパニックにはならなかった。


 僕はそっと彼女の背中に両腕を回すとゆっくり力を入れる。風花さんの香りに包まれながらも、なるべく緊張していることを悟られないように話しかけた。



「ど、どうしたのさ風花さん? いきなり抱き着いてきて」

「……私にとってぇ、とーっても都合の良い、だけど嬉しくて優しい答えだったからぁ……!」

「あはは、なにそれ?」

「わ、笑い事じゃないよぉ! 私にとってぇ、このことを打ち明けるのがどれだけ勇気がいることか来人くんは分かるぅ……!?」

「分かるよ。僕も中学でのことを風花さんに話したじゃん」

「うぅ……っ、そうだったねぇ……!」



 風花さんは強く僕を抱きしめながらも言葉を続けた。



「好き、好き、大好きなのぉ……! 初めて来人くんに会ったあの夏からずっとキミのことが好きだったぁ!」

「うん、僕もだよ」

「本当は来人くんの事情も入学してから全部知ってたぁ! あのとき来人くんに差し伸べた手を掴むことが出来なくてぇ、悔しくてぇ、ずっと後悔しててぇ……。来人くんが白亜高校に入学することは話してたからぁ……、だからさっきの偽物の私を脱ぎ捨ててぇ、この本当の私の姿で白亜高校に入学したのぉ」

「そうだったんだ」

「本当ならぁ、私の嫌いな中学までの姿を来人くんに見せるつもりはなかったぁ……。でもぉ、過去に向き合おうとしてる来人くんの姿を見てぇ、次第に私も勇気を出さなきゃって思ってぇ……」

「うん」

「だからぁ……っ! うぅ、今まで隠しててごめんねぇ……! あのとき、本当の私を見つけだし・・・・・・・・・・てくれて・・・・ありがとぅ……っ! 来人くん……っ!!」



 彼女はぎゅっと僕を抱きしめたまま嗚咽おえつらす。それはまるで、このまま一緒に溶けてしまいそうなあたたかな温もりだった。そう思うと僕の表情はふっと和らぐ。


 僕はこの腕の中にいる愛しい女の子の背中を優しくポンポンとたたく。そうして、彼女の耳元で囁くように呟いた。



「僕も大好きだよ。前の風花さんも、今の風花さんも……、全部―――!」

「うぅぅ……っ!! うぇぇぇぇぇ~~~~~んッッッ!!!」



 じわりと浮かぶ涙が抑えきれなくなったのか、風花さんは僕の胸の中で声をあげて泣いた。










 すりすり。



「えへへぇ、えへへへぇ……♡」

「………………」



 すりすり。すりすり。



「ねぇねぇ来人くぅん♡」

「んー、な、なぁに風花さん……?」 

「なんでもなぁい。ただ呼んでみただけぇ♡」

「あ、あはは……、なにそれー……」



 ―――さて、今のこの現状を整理してみよう。


 あの後泣き止んだ風花さんと一緒にケーキを作って(って言っても買ってきた生クリームと果物でデコレーションするだけ)、彼女の部屋に切り分けたケーキを持って行っていざ二人で食べようとしたら、だ。


 なんと風花さんが僕の隣に腰を下ろして、そのままこてんと小さな頭を肩に載せてきたのだ。彼女のその突然の行動に思わず身体を硬直させてしまうのもつか、さらにその小顔こがおを僕に擦りつけてきた。


 ……え、ちょっと待って風花さん色々ハメ外しすぎじゃない!?



「やっぱりこうしてると落ち着くなぁ……! 来人君の匂いも大好きぃ……♡」

「ん゛ッ……! な、なんだかこうしてみると、宝条さんの時とのギャップがすごいなぁー……。本当に同一人物?」

「むぅ……、だってあの時はそれまで『宝条グループ』に相応しい品行方正な淑女として育てられてきたからねぇ。本当の自分を表に出す事なんて、家でも外でも許されなかったからずっと息苦しかったのぉ……。もしかしてぇ……来人くんは、こういう甘えたがりな私は嫌いぃ……?」

「えっ、ぜんぜん? むしろ好き」

「うん、しってたぁ……♡」

「えー……」



 さらににゅふりを笑みを深めて僕に強くくっついてくる風花さん。すんごい可愛いけど、今まで僕の感情や思いを見通していたのかと思うと、ちょっと今の僕の心中は複雑かなー……。


 でも今のこの姿はもはや"ゆるふわ系天使"じゃなくて"でれかわ系天使"だね(バージョンアップ)!!


 僕はふぅ、と一つ息を吐く。ケーキ作りをしている時にも風花さんの境遇など・・を訊いたけど、まさか彼女が元『宝条グループ』のお嬢様だとは思わなかったよ。ご両親が離婚しているのは知ってたけど、まさかそのお父さんの方が会社を経営していたなんてね……。


 風花さんは離婚と同時期にお母様とこの新築の住宅に住み始めたらしく、今は母娘仲良く暮らしているんだって。あっ、因みに風花さんのお母様は有名雑誌の女敏腕編集長をやってるって言ってたよ。今日はクリスマスシーズンだからなんか色々忙しくて帰りが遅くなるみたい。


 ………………。


 あっ、つまり……?



「ねぇ風花さん、もしかして今日って僕たち二人っきり……?」

「うん、そうだよぉ……? ……ってあぁ、もしかして来人くん。聖夜と掛けてえっちなこと想像してるぅ……?」

「えっ!? いいいいいや、そんなわけないじゃん!? 僕としてはこうして二人で一緒にいるだけで満足っていうかさ!?」

「へぇー、そうなんだぁー……。私ぃ、せっかくウェブ小説やラノベでえっちぃこといっぱい勉強したのになぁー……?」

「うぇ!?」



 あわっ、あわわわわわわわわわッ!!!


 僕は超至近距離で囁かれた風花さんの甘美な言葉に思いっきり動揺する。もう、思わずヘンな声出ちゃったじゃん!


 そそそそれってつまり、ラノベで描かれてるあーんなことやこーんなことだよね!? ふぁー、もう僕を弄ぶなんて風花さん小悪魔! 腹黒だよ!

 ……あれ、もしや僕が純粋な天使と思っていただけで実は元からそうだった問題?


 僕がそんな重大な事実に気付きかけていると、隣からころころとした笑い声が聞こえた。



「ふふっ、ふふふ……っ! 可愛いなぁ、冗談だよぉ来人くん。私もそれで満足だよぉ♡ でもでもぉ、いったいどんな想像しちゃったのかなぁー?」

「黙秘権を行使します……! で、でもそっか、そうだよね……、じょ冗談だよねぇ……」

「……もぅ、そんな残念そうなお顔しないでぇ? そ・の・か・わ・りぃ……!」



 風花さんは僕の両頬を手でがっちりホールドすると、僕の両眼を覗き込んだ。彼女のその表情は、とても幸せそうで―――、



「今までしてたようなシュミレーションじゃない―――、"愛の共同作業"をたっくさんしていこうねぇ……!!」

「! …………うんっ!!」



 この後めちゃくちゃケーキの食べさせ合いっこをしました。





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