第78話 陰キャと天使のクリスマス 2




 それから無事マフラーを購入した僕らはしばらくしてケーキの材料を購入、そして現在風花さんの自宅へ向けて歩いていた。冬ということもあってコートなど上着を着て暖かい格好をしていても空気は冷たい。


 今年は降雪量が少ないのかさほど雪が積もることも無く、足並みを揃えて歩きやすかった。


 風花さんは二人マフラーを、僕は比較的重量のあるケーキの材料の入ったビニール袋を手に持ちながら話をしていた。風花さんが言うにはもうすぐで自宅に辿り着くとのこと。



「―――それじゃあ今度は一緒にどこに行こっか?」

「……えぇ? あぁ、うーんとぉ……えへへぇ、ごめん来人くん。なんのお話だっけぇ……?」

「? だから、今度一緒にどこに行こっかっていう話だよ?」

「あぁ、そうだねぇ……!? 大晦日おおみそかぁ……ううん、お正月に初詣はつもうでに一緒にいこぉ……?」

「……? う、うん……わかった」



 ……うーん? なんだか風花さん、表情が固いような気がするけどなんでなんだろうな……? 全部買い物が終わってショッピングモールを出た直後はいつものゆるふわしてる風花さんだったんだけど、今は口元がにゅふーんってしてる。

 にゅふりじゃないよ、にゅふーんね?


 僕は風花さんの真正面からの想いに救われた。だからもし何か思い悩んでいれば相談に乗りたいし、彼氏として僕に何か至らないところがあればすぐに教えて欲しい。


 ―――こんな頼りない僕だけど、もっと頼って欲しい。


 また一つ覚悟を決めた僕は風花さんの表情を伺いつつ声を掛けた。



「風花さん。僕、もっと頑張るね」

「え……?」

「前に風花さん言ったでしょ、これからのお話のこと。楽しむこと」

「う、うん。言ったねぇ……?」

「僕の隣には風花さんがいるし、風花さんの隣には僕がいる。それってつまり今も、そしてこれからも同じ歩みで一緒に僕らの足跡を刻んで行けるってことだよね?」

「………………!」

「だから、頑張る。その僕らの歩みが途切れることが無いように、二人で精一杯楽しむことを頑張りたい。それが……今の僕の夢、なんだ」

「――――――」

「だから―――!」



 僕が悩みがあれば聞こうと風花さんに本題を訊ねようと風花さんへ振り向いたその瞬間、ぱしんっ!! という肌を叩く渇いた音が鳴り響く。

 僕は思わず目を見開きながら驚くけど、別にその音にびっくりした訳じゃない。


 風花さんの頬を自分の両手で叩いた、彼女自身の突然の行動にとても驚いたのだ。手に持ったまま叩いたせいでマフラーの入ったビニール袋が揺れる。

 その行動はまるで、自分自身の心に降り積もった余計な考えを取り払うかのようだった。


 現にそうしてから風花さんが浮かべる表情はどこか晴れやかで、大きく息を吸って深呼吸する。少しだけ間が空くが、顔を上げるといつものゆるふわ系天使な風花さんがにへらっとしていた。


 風花さんは僕を見つめると、口を開いた。



「ありがとぉ、来人くん。おかげでようやく最後の踏ん切りがついたよぉ」

「? そっか、それなら良かった……?」

「それでぇ……、私からもお願いがあるんだぁ」

「うん? 僕に出来ることなら」



 彼女は両手でマフラーの入った袋をぎゅっと持ちながら、上目遣いで僕を見上げた。



「私も、お話したいことがあるの―――!」







 やがて風花さんの家に着いた僕は心臓がバクバクとしていた。つい最近風花さんを僕の自宅……部屋に招いたけど、風花さんもこんな緊張感満載な心境だったのだろうか。


 なにせあのときは今回とは違って事前連絡なしの突然だった。風花さんの自宅に行くと分かっている僕でさえこんなに緊張しているのだから、あのときの風花さんの緊張度は相当だったろう。


 ……あっ、だからあんなに顔を真っ赤にしてたんだ(今更)! そりゃそうだよ!


 風花さんの自宅は僕の家以上に大きくて、さらに言えば小さなお庭付きだった。風花さんに聞くと新築したばかりの家とのこと。

 え、超羨ましいんですけど……っ!



「それじゃあ来人くん。荷物をキッチンに置いたらしばらくそのままテレビでも付けてリビングのソファで待っててぇ。私ぃ、先に自分のお部屋に行ってるから後で来てねぇ?」

「ふ、風花さんの部屋に!? っていうかえ、まだケーキは作らないの?」

「そ、それはお話しが終わってから一緒に作ろぉ……! じゃ、じゃあ少ししたらスマホで連絡するからぁ、それを見たら私のお部屋に来てぇ? ……あっ、私のお部屋は階段を昇ってすぐのお部屋だからぁ。私の名前があるからすぐ分かると思ぅ……っ。 じゃ、じゃねぇ……っ!」

「え、あ、うん……。わかった……?」



 そうしてマフラーの入った袋を持ったままたったったっと階段を軽やかに上っていく風花さん。がちゃりと微かに扉を開いた音が聞こえたと思ったら、ばたんと締まる音が聞こえた。

 そして訪れる無音。



「いったいどうしたのかな、風花さん……?」



 話したいことがあるって言ってたけど、なにか準備でもあるのだろうか……。さっきはなんだか目を泳がせた感じで挙動不審だったような気もするけど、帰り道を歩いていたときは何か覚悟を決めた様な様子だったし……。

 うーむ……、あっ。


 もしかして何か企んでいる……? 僕に……?


 ………………。


 ―――うん。こういうとき僕って色々考えを巡らせていたんだけど、天使な風花さんが恋人になった今では僕に酷いことなんてしないって信じられるし、そこはいくら考えても仕方がないんだよね。


 スマホに風花さんから連絡が来るまで大人しく待っていよう。―――忠犬ライト、ここに降臨。わんわん。



 僕は両手を膝に置くとそわそわとしながら室内をぐるりと見渡していた。もちろん風花さんから連絡が来たらすぐにスマホを見れるようにテーブルに準備しながら、ね。


 それから約十分後……、その時が来た。



「―――きたっ! 風花さんからだ……っ!」



 点灯した画面に表示されたのは風花さんの名前。僕は指をフリックさせながらSNSのアプリを起動させると、風花さんのトーク画面を開く。そこには―――、



『待たせてごめんねぇ、来人くん。―――きてぇ』



 風花さんには珍しく、そこにはいつもの顔文字が無かった。その点を少しだけ不思議に思いながらも、僕はソファからゆっくりと立ち上がる。


 そして先程風花さんが昇って行った階段に足を踏み出した。



(話したいこと……。風花さんがあんな真剣な表情で伝えたいと意気込む程の、僕に話したいこと……)



 僕は一段一段をしっかりと踏み締めながら階段を昇る。彼女の話したいことが何かはまだわからないし、少しだけ緊張もある。

 でもね、どんな話だろうとも受け止めたいという気持ちの方が圧倒的に強いんだ。


 彼女が僕を受け入れてくれたからっていう義務感なんかじゃなく、これは純粋に僕のしたいことだから。


 そうして僕は彼女の部屋の前に立つ。扉には『ふうかのへや』と可愛らしく描かれており、造花でデコレーションされている。


 僕は深呼吸をすると、扉を叩いた。



「風花さん、それじゃあ入るね」

『―――うん、良いよぉ』



 僕は意を決してゆっくりと風花さんの部屋の扉を開けた。そこには―――、



「え…………?」

「―――来人くん」



 長い黒髪に、大人びた表情。白のショルダータックプルオーバー、ネイビーのフレアスカートを身に纏った懐かしい姿。


 忘れもしない、あの日図書館で初めて会った格好をした彼女が、部屋の真ん中で僕を見つめながら柔らかく微笑んでいた。



「宝、条さん……?」




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