回想⑥ ~夏休みの運命の出逢い~






『―――なぁ来人。お前最近俺らの誘い断るけど、休みの日に何してんだ?』

『……え? 急にどうしたの光輝?』

『いや、せっかく俺らの予定が合ったのに、遊ばないのは何か理由があるのかって思ったからよ』

『んー、まぁ来年高校受験だし本気で勉強に取り組んでこうかなって思ってさ』

『へー、相変わらず真面目だな』



 僕が図書館に通うようになって、それから約一年が経過して中学三年生になった。

 季節は立夏になったばかりで、その日は僕と光輝は先生からの頼みごとを終えた帰り道だった。綺麗な夕陽が差していたけど、妙に風が生暖かったのを覚えているよ。



『そう言う光輝は遊んでて大丈夫? 来月に部活引退だとしても、今からでもしっかり勉強してた方が良いんじゃ―――』

『―――そんなのわかってんだよ……!』

『あ、あぁ、ごめん光輝。そうだよね、余計なお世話だったよね……!』

『い、いや……俺の方こそわりぃ』



 僕はねーちゃんも入学した偏差値の高い私立白亜高校に入学を決めていたけど、光輝は進路の方で悩んでいるようだった。


 サッカー部の朝練や部活が忙しかったからか授業中は居眠りが多くテストは平均点かそれ以下。なかなか成績が上がらず、結衣さんに訊いた話だと病院を経営してる両親からも苦言くげんていされていたみたい。


 だからだろうね、光輝は少しピリピリした雰囲気を出すようになった。



 そして中学最後の夏休みになって図書館で……。あー……、僕はある綺麗な女の子に出逢うんだ。……って、あ、あれー? てっきり僕、風花さんからまた女の子が出てきたとか言われると思ったんだけど。


 うわぁ、す、すごい嬉しそうににこにこしてるね……。どうして……あ、うん、話し続けるね。



『………やはりこのヒロインの魅力はただ天真爛漫てんしんらんまんなだけじゃないのよ。主人公の些細な感情の変化に気が付く視野の広さこそが……!』

『……文音さん。ところで前から思ってて言わなかったんですけどここでサボってて良いんですか?』

『………(ふいっ)』

『そっと顔を背けないでくれませんか!? あとさっきから貴方の上司らしき人がこっち睨んでるんですよ怖いです!?』

『………仕方ないわね。ちょっとやっつけてくるわ』

『仕事をですよね!?』



 その日は高校入試に向けて夏季講習が学校で開かれていたんだけど、僕はテストの点数や授業中の成績が良かったから、成績上位の人限定で夏期講習が免除されていたんだ。

 だから僕は午前中に図書館に行った。


 本当だったら、高校入試が控えてる受験生なんだから家に籠って勉強しているべきなんだろうけど、息抜きは当然必要でしょ?

 だから僕は勉強道具と共にラノベを図書館に持って行って気分転換してたんだー。


 ……あぁ、因みに光輝たちのグループは全員参加だったよ。って言っても、光輝以外は特に成績酷くはなかったけどね。十位以内に洩れたんだから仕方がない。


 それは置いておいて……図書館は良いよ。本の匂いとか静かなところとか……。何より冷房が効いているのが決め手!

 懐かしいな。環境的に勉強ははかどるし、休憩するときは読書するか文音さんと話せるし、夏休みはほぼ毎日通っていたよ……。


 ……え、毎日は息抜きじゃないって? じゃあ言い直すとルーティーンかな! 日課だったよ!


 それで、女の子に出逢った話の続きね。合間合間に勉強をして、主にラノベを読んだり文音さんとお話をしたり休憩してたんだけど、彼女が仕事に戻ってしばらく経ってからかな?


 さっき言った、綺麗な黒髪ロングの女の子が不思議そうな表情でいきなり僕に話しかけてきたんだ。



『―――ねぇ、その本って面白い?』

『え………?』



 長い艶のある黒髪に白のショルダータックプルオーバー、ネイビーのフレアスカートを身に纏った女の子。

 初めはびっくりしたよ。なんせラノベを読んでる僕にいきなり知らない子が話しかけてくるなんて思わなかったし、まるで物語から出てきたかのような背筋をピンと伸ばしたお嬢様然とした立ち姿をしてたからね。


 長時間外にいたのか汗だくだったけど、彼女が持つ美貌とか美しさは全く損なわれていなかったよ。しかもなんかすごい良い匂いだった。


 ……? 風花さん、なんで顔を背けながら腕を口元に寄せてるの? 気のせいか顔が赤く……くしゃみがでそうって? ……あぁ、出なかったんだね。あるある。


 じゃあ話を戻すね。彼女は僕にそう聞くと、ハッとした表情で口を開いたんだ。



『と、隣、座ってもいいですか?』

『ああ、どうぞどうぞ! ええと、このラノベ……"ライトノベル"のことだったよね?』

『その手の平ほどの大きさの本は、らいとのべる……と言うのですか』

『あはは、やっぱり普通の人は聞き慣れてないよね……』

『はい、ごめんなさい……。でも、とても気になってしまったんです』

『気になったって……もしかして僕、どこか変だったかな? 服装とか?』

『いえ、服装のことではなくて……もし機嫌を損ねてしまったら、ごめんなさい』

『う、うん……大丈夫』

『―――そのライトノベルを夢中に読んでいるキミのお姿が、とても気になりました……!』



 その子は大人びた真面目な顔をしてたんだけど、その表情には隠し切れないほどの興味や喜色が浮かんでいてね。当時、その雰囲気と子供のようなギャップにすっごく心が和んだんだ。あはは、懐かしいなぁ。



『なので、よろしければそのライトノベルのことを是非教えて頂けると―――』

『ぷっ』

『なぁっ!? わ、笑わないでください!』

『あぁ、いやいやごめんね。なんだか案外子供みたいで可愛くって』

『か、可愛いですか……って子供みたいぃ!? は、初めてそんなこと言われました……。失礼ですね。私、これでも来年高校生なのですが……!!』

『あ、じゃあ同い年じゃん。僕と歳は一緒だね』



 最初は優しい笑みを浮かべた真面目な子かと思ったら意外と感情が豊かで、話してるとすごく楽しかったんだ。上位グループみたいに気を使わなくていい分、一緒に話してると落ち着く感じ。まぁ彼女がどうだったかは分からないんだけどね。


 でも僕が彼女と話すのが楽しいと思ったら、それだけその違和感は大きくなったんだ。



『ねぇ、なんだかさっきから無理してる?』

『―――え』

『うーん、表情が柔らかい割にはどこか辛そうに見えるし、言葉遣いも……なんだろう、"言わされてる感"? があるんだよねぇ?』

『………………』



 彼女の浮かべる表情が、なんだかうっすらと張り付いた仮面のように見えたんだ。自然な感じじゃなくて、まるで"誰に対しても同じ上辺だけの笑み"みたいな。彼女の話す敬語も自然なんだけどどこかぎこちない感じがあってね。


 ……まぁ今思えば、初対面の人に言い過ぎだったのかなってちょっと後悔してるんだけどね。いくら最近光輝達と会話を合わせるのが疲れていたとしても、彼女と話すのが楽しいからって思わずはっきり言っちゃったのは若気の至りってやつなのかなー……あははー。


 そしたら彼女、案の定顔が強張って不安そうに視線を揺らしたんだ。いきなり不躾な言葉を言ったことに気が付かない僕はあれ?って思いながらも、少し話しただけで心を落ち着かせてくれる彼女を笑顔にしたくてさ。


 こう言ったんだ。



『わかった、このラノベのこと教えてあげる。その代わり、僕のお願い訊いて貰っても良いかな?』

『……わかり、ました。私に出来る範囲なら出来る限り応えましょう。将来的な地位や名声ですか? それともおか―――』

『―――キミの名前、教えて欲しいな』

『……は?』



 僕がそう言った時の彼女の顔、まるでは鳩が豆鉄砲喰らったみたいな表情してたなぁ。すぐに何か思い至ったような顔をしたあとなんと彼女、笑ったんだ。


 最初会ったときとは比べ物にならないとても自然な、綺麗な表情で、ね。



『あぁ、人に名前を訊ねるときはまず自分からだね! 僕は阿久津 来人あくつらいとっていうなま……』

『ふっ、ふふふ……っ! あははははっ……!』

『ちょ……っ! し、しぃー……! ここ休憩スペースだけど一応図書館だからね……っ!? 声のボリューム下げてー……っ!』

『ふふっ、ご、ごめんなさい。なんだかおかしくって……!』

『お、おかしいって……。名前訊くのがそんなにおかしいかな……?』

『ううん。……ありがとう・・・・・

『?』



 何故か感謝を告げるとそのまま憑き物が落ちた様な表情をした。澄み渡る青空のような笑みで彼女は僕に名前を言ってくれたんだ。



『私の名前は宝条ほうじょうです。阿久津くん、是非覚えてくださいね?』

『宝条さん……え、苗字だけ? 下の名前は?』

『えへへ、ライトノベルのことたくさん教えてくれたら、下の名前も教えてあげます!』



 これが僕と宝条さんとの出逢い。僕の図書館に行く楽しみがまた一つ増えた瞬間だった。





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