第70話 陰キャな僕は"夢"を考察する





「………………」



 僕は自室のベッドに仰向けになりながらぼんやりとしていた。今日は休日だけど、日課である勉強終わりに読むラノベやウェブ小説を読むことなく、だ。

 部屋を白く照らし出す蛍光灯けいこうとうがいやに眩しい。けれども目を瞑ろうとか、手や物で光を閉ざそうとか、そんな気には全くならなかった。


 言っておくけど、決してただ呆けている訳ではない。僕の心中を占めるのは、いつもにへらっとした笑みを浮かべる一人の太陽のような少女。



「…………"夢"、か」



 両腕を頭の後ろに回しながら僕はぽつりと呟く。


 風花さんから"夢"を訊かれてから約二週間が経過していた。幸いにも雪はぱらぱら降る程度だけど外はすっかり寒気に満ちており、外出するにもコートや手袋、マフラーなどといった寒さ対策が欠かせない。


 ……そうそう、因みに部活の活動停止の原因となったインフルエンザは案外あっさりと収束した。念の為いまだ部活は活動停止中だけど、今では休んでいた料理部の面々も元気に学校に登校しているらしい(風花さん談)。


 それはともかく、僕は風花さんのあの言葉がずっと頭から離れなかった。



「"自分の『今』を育くんでいけば、いずれ実る"、かぁ……」



 "夢"ではなく"目標"ならいくつもある。


 ―――陰キャゆえ口下手な僕が天使に積極的に話しかけるエンジェル・スピーク・チャレンジ、略して『ASC』。

 ―――"好きな人に恋する気持ち"を実感できるまで、全力で彼女の提案である『シミュレーションに付き合う』こと。

 ―――女の子と話す事や、特に触れることが苦手なので、風花さんをその協力者として接して『異性に慣れる』こと。

 ―――僕が中学時代に経験した出来事を、こんな僕の為に真剣に向き合ってくれる彼女に知ってもらうよう『過去を打ち明ける』こと。


 そして一番大事な―――僕の心に大切にしまっていた、『"好きだ"という気持ちを、風花さんに伝えたい』!


 どれも風花さんと出会って、知ってから掲げた、なによりも僕が絶対に向き合わなければいけない大切で大事な"目標"。


 きっかけは、全部彼女だった。―――なら、僕の"夢"は?



「僕は、何をしたいんだ……?」



 うーん、やっぱりわからない。風花さんは焦らなくていいって言った。自分の『今』をゆっくり、じっくりと育んでいけば、いずれ実るよって言った。


 そう助言してくれる彼女は優しい。でも今になって思えば、それは僕にとってとても甘美でとても都合の良い言葉と思えた。


 風花さんに他意はなく、僕を思って伝えてくれた言葉で間違っていないというのは分かる。とても嬉しいし、ありがたみすら思っている。僕の気持ちも変わらない。

 でも、だ。風花さんとはいえ、"僕自身の夢"に対して言われた言葉をそのまま鵜呑みにするのは、なんだか少しだけ抵抗があった。


 きっとそれは、僕が自分で導いた答えじゃなかったから。



「ハッ……僕ってホント、とにかくなんでも否定したがる子供みたい」



 もし何も変わらないままだったらどうしよう、夢が何もない、という将来への不安は確かにある。


 でも間違いなく、これまで"目標"は風花さんが道標みちしるべとなっていた。僕は、彼女が作ってくれていた道を踏み出して歩いていただけだ。

 人と関わることに憶病になって、ずっと震えていた僕を、小さな手で引いて連れ出してくれたのは『天使』のような彼女。



「……うん、うじうじ悩んでいても仕方が無いね」



 だったら、せめて。



「"夢"は、"自分のしたいこと"は、僕自身が自分の手で見つけないと……!」



 僕はゆっくりと吐き出すように、これからのことを呟く。


 "目標"と同時に僕の心を豊かに育てていく。そして常に考えていく・・・・・

 "夢"も、"今"も、そして"僕の情けなさ"も。全部全部、許容出来るようになる為に。


 ―――これからも『成長』していく為に。


 今後やることは変わらずともその意識を心掛けよう、そう思う僕だけど、一つだけどうしても分からないことがあった。



「風花さんの"夢"っていったい何なんだろうな……。聞いてみたけど、可愛くはぐらかされたし……」



 僕は静かに息を吐く。


 実は風花さんに帰り道、彼女自身の"夢"は何かを聞いてみたんだけど、『うーん、まだわかんないなぁ?』と首をこてんと曲げながらはぐらかされた。

 それからというものの、一度も"夢"に関しては訊けていない。


 気のせいじゃなければ、風花さんのあの表情は絶対に何か叶えたい"夢"を胸に秘めていると思ったんだけど……。



「うーん……」

「来人、開けるぞ」



 コンコン、がちゃりと姉の声と共に部屋の扉を開ける音がした。むくりと起き上がりながら顔を声の方に向けると、そこには可愛らしいピンクのエプロンを掛けた我が姉が仁王立におうだちで立っていた。


 ……おいねーちゃん、せめて僕が返事してから開けてくれない?

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