第71話 陰キャな僕と姉の未来談義 1
僕は清楚な感じの私服姿の姉を見遣ると、内心溜息を吐きつつ声を掛ける。
「ねーちゃん、いったいどうしたのその恰好?」
「お菓子作り。もう十二月だろ? 今度受験の息抜きで私のクラス内でクリスマス会があるんだ。プレゼント交換で私手作りのクッキーを袋に入れれば、当たった奴は間違いなく喜ぶでしょ?」
「さいですか……」
「というわけで来人、ちょっと下に来て味見して」
「……因みに拒否権は?」
「あ?」
「嘘ですすぐ行きます」
ん、というと姉は部屋を出て行った。僕はのそのそとベッドから起き上がると部屋を出たのだった。
はぁ、ちょっと一人で"夢"に向き合いたかったんだけど……。
僕が自室から出ると二階まで甘い匂いが充満していた。焼き菓子特有のその良い香りに頬を緩ませながらリビングに向かうと、姉が大皿に大量のクッキーを載せていた。
それをテーブルに置くと、姉は僕を見ずにキッチンに向かいながら言う。
「プレーン、ココア、チョコチップ、星の小型、市松模様、スノーボール……色んな種類作ったから取りあえず感想聞かせろ」
「りょうかーい……あれ、母さんと父さんは?」
「今日は二人の結婚記念日だからレストランを予約したって言ってた。だから今日は多分帰ってこない」
「そっか……ねぇねーちゃん」
「ん? なに?」
僕はお菓子作りした容器を洗っている姉にあることを訊きたくて声を掛けた。クッキーの甘い匂いが鼻孔を
「―――"夢"って、何かな」
「はぁ、いきなりどうした?
「いや、そっちじゃなくてさ……」
姉は僕を見ずにそう言って洗い物を続ける。
……ったく、いくら僕が一日中部屋に籠っていたとしても、別にふて腐って寝てるわけじゃなかったし! むしろ大好きなラノベを読まずに将来のことについて真剣に考えていたよ!
ねーちゃんは僕のことをいったいどんな弟だと……あ、ただの生意気なクソガキだったね。調子に乗ってすみません。
僕は目を逸らしながら話し掛けた。
「……まぁいいや。ねぇ、僕ってさ……前はどんな感じの人間だったっけ?」
「あ? …………ふぅ。そうだな、常に気持ち悪い作り笑顔を浮かべて協調性を大事にして、自分の本音も言えない……いや、中身が一つもない空っぽの人間だったな」
「ひっど」
「事実だろ。……でも、そんなお前だけど良いところもある」
「え、なになに!?」
姉の口から出た言葉に思わず僕は目を輝かせる。なにせ、姉が僕の長所を言う場面を見るのは初めてだったからだ。
それ訊きたいんだけど! ねーちゃんから僕の長所を聞けるとかこれが最初で最後じゃない!? 是非ともそれをワタクシめに教えて頂けないでしょうか御姉様!
そんな言いにくそうに眉を顰めないで! さぁ!
「ちっ……、そんなキラキラした目で見んな。大したことじゃない」
「それでもいいよ、訊きたい!」
「―――来人、お前は小さい頃から
「え、なにそれ?」
要領が、良い……? んー? 全然思い当たらないんだけど。だって僕勉強以外はからっきしだし、そんな場面は一度も無かったと思うんだけど?
……これはあれかな。家族特有の身内に対する贔屓目ってやつなのかな。そもそも要領が良かったのなら、いつまでも中学でのことずるずる
姉はそんな僕の様子をちらっと見ると、特に表情に変化なく口を開いた。
「……その様子を見る限り、無意識だったんだな」
「いやいや、無意識も何も要領なんて全然良くないよ。むしろねーちゃんの方が……」
「何度も回り道して努力を積み上げないと身に付かなかった私が、要領が良い? ……んなわけないだろ」
「…………」
被せる様に言った姉のその言葉に重みを感じた僕は息を呑む。
前に姉と買い物に行ったときに思った通り、勉強、スポーツ、料理など姉が色んなことを頑張っているのは理解していたし、尊敬もしている。何度も反復して練習・復習しながら習得、そしてその練度を高めていった結果高校の生徒から『女神』と評されるようにもなった。
例え時間を掛けた努力の末だったとしても、まるでスポンジのように知識や技術を吸収していき、それを自分の力として昇華させ身に付けていく様は"要領が良い"と言っても良いと思うのだけれど……。
どうやら、姉はそうとは思ってはいないらしい。
「"要領が良い"っていうのはな、言われたことをすぐに出来て、無駄なく物事を
「それが僕に当て嵌まるっていうのか……?」
「あぁ。……因みに今だから言うけど、私は昔、お前のことが嫌いだったんだぞ?」
「えぇ、どうしてさ……?」
まさかの姉からの衝撃発言。うっそ、そんなそぶり一切見せてなかったからわからなかった……。
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