第67話 天使とキャラメルホットカフェラテ 3
スマホのインターネットアプリを起動させて指を動かしている風花さん。本当は失礼だけど、その画面をちらりと覗き込むと、あることに気が付く。
「……あれっ?」
「んぅ? どうしたの来人くん?」
「風花さんって、ウェブ小説サイトに登録ってしてたっけ?」
「あぁうん! 来人くんと
「おぉ……っ! そっか、そっかぁ……!」
スマホの画面を僕に見せながらにへらっと笑みを浮かべる風花さん。もうスマホよりも風花さんの可愛い
いや、正直言うといくら風花さんでもウェブ小説サイトに登録までしてくれるとは思わなかった。何故かラノベに関することを言うと口が悪かった風花さんだったけど、まさか彼女の口から応援したいだなんて言葉が聞けるなんて!!
ぶっちゃけ、だからラノベの話題をあまり詳しく言うのは避けていたんだけど……。うん、これはもう解禁という風花さんなりのシグナルなのでは!?
明日から少しずつ様子を見ながら話をしてみようっと。
「因みに私の最近のハマりは悪役令嬢ぉ!」
「あぁいいねぇ。ざまぁ系は爽快感に富んでいるし、なにより見ててわくわくして面白いからね!」
「うんっ!」
そうして僕らは小説を読む。始めはコンビニのBGMが鳴り響いていたけど、次第にそれは遠のいていった。
―――登場人物同士の自然な会話文、それを補うべく巧みに表現化された感情、それを一層引き立たせるべく使われる間隔の空白……。
積み重ねた言葉や時間一つ一つの意味を汲み取り、噛みしめ、しっかりと味わった後に
その世界観に沿って登場人物を追体験することで、どこか心が満ちる気がした。
そう、片や紙、片やスマホと小説の媒体は違えど、僕らはそれぞれの物語の世界へと間違いなく降りたっていたのだ。
不思議と身体を支配する、僅かに迸る高揚感があった。
僕はしばらく無心にページをめくる。耳朶に紙の音が心地よく響くと、ふと僕は喉が渇いていたことに気が付いた。同時に、いつの間にかもう文庫本の半分まで読み進めていたことも。
片手に本を持ちなおすと、僕は文章に視線を向けたまま僕と風花さんの間に置いてあるテーブルのカップに手を伸ばす。
それを掴み、自然な動作で唇へと運ぶ。
そして、口を付けた。
その瞬間―――がちゃんっ! と硬質な音が響く。いったいどうしたのかと僕はそこへ視線を向けると……、
「……っ!」
「ごごぉ、ごめんねぇ来人くん! びびびビックリさせちゃったねぇ……!?」
「あぁ……うん、大丈夫だよ! 手が滑ってスマホがテーブルに落ちちゃったんだよね」
「へ? ……あ、あぁうん! そ、そうなんだぁ! こう、集中しちゃってぇ、すぅっと引きこまれるような感覚があってねぇ……!」
顔の向きは僕の方を向いているけど、何処かわたわたと視線を泳がせる風花さん。どうやら彼女は集中のし過ぎでスマホを持つ手が滑ったらしい。
うん、あるある。こう、スマホの画面の見過ぎでいつもより画面と文字が近く見えたり、何処か新鮮に目に映るときとかあるよね! ……ある、よね?
僕は再度飲み物をごくり。僕は口に広がった甘い味を味わいながら先程から何故か挙動不審な風花さんを見遣ると、首元に手を添えながら「かっ……かぁ……っ!」と小さく何かを呟いていた。
気のせいか、顔も少しだけ赤い。……何か恥ずかしいことでもあったの?
「落ち着いてぇ……! 落ち着くんだよ風花ぁ……! 前も似たようなことあったしぃ……っ!」
「? さっきからどうしたの、風花さん?」
「
「そっか。……あ、風花さんもそれあったかいうちに飲みなよ。たぶん、その方が身体が温まるし美味しいよ?」
「ふぇ……!? あ、あぁうん……そうだねぇ!?」
僕と風花さんの間のテーブルに置かれたカップに手を伸ばしつつ、風花さんは声を震わせながら返事を行なう。
僕はそんな動揺気味な風花さんの様子を見て思わず首を傾げた。
……うーん? どうして風花さんは手に持った自分のカップと僕の顔を交互に見ているんだろう?
「……ごくり。よ、よぅし……!」
「……?」
風花さんの突然の行動に疑問に思う僕だったけど、風花さんは何か覚悟を決めたようにつばを飲み込む。
そして両手に持ったキャラメルホットカフェラテの入ったカップの穴の開いた口元を風花さんの小さな唇に付けると、一気にそれを傾けた。目を瞑って喉を鳴らして……まるで中身を全て飲み干す勢いだね。
あと風花さん、僕に奢られたわけでもないのにすこーし仰々しくなかった? どして?
「んぐ……っ! んぐ……っ! ……ぷはぁ! ふぅ……! ……はっ! ―――え、えへへぇ。こ、これぇ、あ、甘くて美味しいねぇ!」
「あ、もしかして風花さん、かなり小説に夢中になってて喉が渇いちゃったの?」
「そ、そうなんだぁ! もうのめり込んじゃうくらい集中しちゃってぇ、喉が渇いちゃってさぁ……! お、お恥ずかしいところを見せちゃったねぇ……!?」
風花さんは空になったカップをテーブルに置くと、顔をほんのり赤くしながらもはにかむ。
あぁ、そっか! うんうん。きっとさっきの風花さんの不自然な行動は、一気飲みしようとする自分のはしたない姿を僕に見られるのを
あはは、そんなの全然気にしなくていいのに。
「全然そんなことないよ。むしろ、そこまで風花さんにラノベとかウェブ小説に興味を持って貰えたことが嬉しいかな!」
「え、えへへぇ……そぉ、それほどでもぉ! ……っとぉ、いけなぁい! そぉ、そろそろ帰らなくちゃぁ!」
「え、もうそんな時間?」
風花さんにつられてコンビニの壁に掛けられている時計を見ると、もうすぐで七時になりそうだった。窓越しに外の景色を見ると既に暗い。
「そそそれじゃあ来人くん! 私急いで帰らないといけないから一人で帰るねぇ! また明日ぁ!!」
「あ、風花さん……! 外暗いけど一人で大丈夫……!?」
「ありがとう来人くん大丈夫ぅ!」
そう言い残すと、まるで風のように立ち去ってしまった風花さん。また明日ね、と彼女に返事が出来なかったことに少しだけ落ち込むと、僕は溜息を吐く。
「はぁ……僕も帰ろっかな」
時間も時間だし、風花さんとの心地よいひとときも幕を閉じた。僕は半分まで読んだラノベにしおりを挟むとそれをバッグに仕舞う。
そうして肌寒さを感じながらコンビニを出ると、ポケットに手を突っ込みながら自宅へと帰路に着くのだった。
◇
「どぉ、どうしよぉ……!」
外は肌寒く、もう既に陽は落ちていた。慌ててコンビニから出た私は、街頭で照らされた夜道を早歩きで歩く。
自分ではわからないけど、きっと顔が真っ赤になっていることだろう。思わず口元を片手で覆った私は、身体の内に溜まった興奮を散らすように言葉を洩らした。
思い出すのは、ある光景を見た私が動揺してスマホをテーブルに落としちゃったときのこと。
「来人くんのカフェオレ、全部飲んじゃったぁ……! ふぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そう、私がスマホでウェブ小説を読んでいる途中に私と来人くんの間のテーブルにふと視線を向けたらぁ、来人くんは私が飲んでいたキャラメルホットカフェラテに手を伸ばしていたのぉ。
次の瞬間、そのままぁ! 自然にぃ! 飲んだのぉ!
……ま、まぁ少し期待していたとはいえ来人くんのカップの近くに私のも置いてたのも悪いんだけどねぇ!
そしてわたしもぉ、そのままぁ……!
「はぁ、甘かったぁ……♡」
未だ口に広がる甘さに、私は笑みを浮かべながら目を細める。この蕩けるような声は、そのまま夜空に溶けていったのだった。
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