第51話 天使と雨と体育祭 1
それからというもの、ぴくりと腰を痛めた日から特に変わったことも無く数週間が経過。始めの数日は地味な痛みが続いたが、風花さんの
……まぁ、僕の心に潜む
何が大変だったのかっていうと、自分の気持ちを風花さんに悟られない様にいつも通りに振る舞うことだった。とにかく風花さんとの時間が幸せ過ぎて、表情やテンションが振り切りそうになるのをなんとか無理矢理押さえている状態だったからね。もう風花さんの前で変な顔とか仕草をしてないかすっごく心配。
風花さんは『天使』だけれども『天使』ではない。以前はなんでも天使だからという理由で納得していたけど……姉との夏休み中の会話で、幸いにもそれに気付けた。もっと、『風花さん』のことを知りたいと思った。
しかし、彼女が話しかけてくるまで一切の交流が無かったとはいえ、僕が風花さんをそんな偶像として見てきて、偏った認識をしていたという事実は消えない。彼女への想いが次第に形になっているとしても、僕の心の中には未だに
簡単に切り替えようと思えるほど、そんなに都合よくはいかない。
だから自分の気持ちに気付いた上で、今後の風花さんとの付き合い方を簡単に僕なりに整理して考えてみた。
その一、彼女とのシミュレーションや交流では僕の持てる全力を尽くし、誠心誠意向き合っていく。
その二、いつも通りの振る舞いを心掛け、自分の気持ちを悟らせない。
その三、風花さんとの距離を少しづつ縮めていく。
以上、これが僕の考え得る限り誠実な対応、今後の風花さんへの方針だ。これ以上もやもやするのも僕の心の中に潜むネガティブ色が濃くなっていくのでひとまずこの方針で頑張ってみようと思う。
あ、もちろん自分から話し掛けるASC (エンジェル・スピーク・チャレンジ)含めてね!
………………はぁ。
さて、こんなことを考えながら現在どこにいるのかというと―――、
「……みんなすっご、良くあんなに動けるなぁ」
白亜高校の生徒、数百人余りがいたとしても十分の広さを誇るこの体育館では、たくさんの生徒の歓声と共に最近流行りの音楽やテンションの上がるBGM、そして床にボールが弾む音が激しく耳に響く。
そう、今日は体育祭当日。高校指定の半袖短パンの格好になっている僕は東側のステージの壁側に座りながらクラス対抗の男子で構成されたバスケットボールの試合を見ていた。
本来であれば男子は外でサッカーの試合だったのだけれども、本日は
我が生徒会副会長である姉は『よっし、このまま順調にいけ……!』って目をぎらつかせながら呟いていたのが印象的だったよ。
たぶん今までこのイベントの為に生徒会と体育祭実行委員会、教師陣との連携や運営スケジュールを必死で進めてきたのに天候一つで水の泡になってしまうのが嫌だったのだろう。
現に天気予報通り、学校に着くまでの風花さんとの登校中までは曇りだったんだけど、僕らが高校に着くや否や雨がぽつぽつと降り出したんだよねー。……あ、因みに登校中に見たジャージ姿の風花さんは可愛くていい匂いで言うまでも無く天使だったよ(グッ)!
しかしどしゃ振りの雨がいきなり降ってくるだなんて姉やサッカー好きのきゃーきゃー言われたい陽キャの奴らにとっては災難だね(偏見)。……うーん、誰かが登校中にカエルを踏んじゃったのかな? ほら、カエルを踏むと雨が降るんだって小さい頃おばあちゃんに教えて貰ったことあるし。
急遽予定を変更し、体育祭は延期せずこのまま続行。グラウンドで行なう予定だったサッカーは中止となり、男子はバスケットボールを行なうことになったのだった。
当然の結果というべきか、運動がそんなに得意ではない僕は五人のメンバーの中には選ばれず、ただ試合を体育館の隅っこで見ているだけ。じわりと肌に浮かぶ汗がうっとおしい。
半袖でそれを拭いながら僕は耐えきれず呟く。
「しっかし蒸し暑いなぁ……! 夏場に振る雨だからじめじめするのは仕方ないけど、熱気が凄い……」
"わぁーーーっ!!"
言い終わらないうちに僕の声を掻き消すように歓声が沸く。たった今、スリーポイントシュートで点を決めた男子がいたからだ。僕は壁際で体育座りをしながらその男子をぼうっと眺め……おいおい暑いのは分かるけど眼鏡を何度も中指でクイクイさせてんじゃねぇよ。
嬉しいんだろうけどその『決めて当然なのだよ』とても言いたげな顔ムカつくから止めなさい
夏場の気温が高い中で雨が降ったから、体育祭に参加してる生徒の発汗と体育館内の湿度の上昇に伴い体感温度が上がっているんだろうね。
きっとテンションが振り切ったり頭が湧いたりしてもしょうがないのかもね!
とただ見ているだけで何をしていない僕は体育座りをしながら天上を見上げる。……うん、某イベントで出現したという熱気で出来た雲は無い。ネットでそんなニュース記事を見たからこの体育館でもあるのかなって思ったけど、しっかり
「喉渇いたなぁ……。ジュース買ってこよ」
僕は力無くそう呟きながら立ち上がる。まだまだ白熱した試合は終わらないだろうし、僕がメンバーとして試合に出るわけじゃない。
そう考えながら入口へと向かって僕は歩き出した。
現在体育館東側では一年生と三年生の男子によるバスケの試合中で、西側では学年は分からないけど女子がバレーボールの試合を繰り広げている。声を掛け合って連携しているけど……。
……ん? 西側のコートで構えているのって、あれ風花さんじゃ―――うわすごっ! 正面からのスパイクをレシーブで受け止めてピンポイントでセッターに上げた……! そしてそのセッターがレフトに上げると見せかけてそのままフェイント、相手チームは反応出来ずに僕たちのクラスの点数になったよ!
さっすが風花さん! 可愛くて性格良くて頭が良いだけじゃなくて運動神経も良いなんて神は彼女に何をさせようというのかな!? もう
僕のこの内なる感情をどう表現しようか入口へ歩きながら悩んでいると、風花さんたちのところでホイッスルが鳴る。
得点板を見ると『二十六対二十八』。どうやら先程の試合は接戦した試合だったようで、さっきの点数を獲得したことで風花さんたち率いる一年生チームは勝利したようだった。
僕がチーム内でハイタッチしながら喜ぶ風花さんを入り口付近で見ていると、彼女は僕に気付いたみたい。にへらっとした笑みを浮かべながらこちらにぶんぶんと手を振るので、僕もその彼女の可愛さににっこりしながらおずおずと手を振った。
他の生徒がちらほら壁際に座っているから正直逃げたいくらい恥ずかしかったけど、僕、なんとか、頑張ったよ(やり遂げた目)!
さて、と達成感を感じながら体育館をあとにしようとしたら、風花さんはまさかの行動に出る。
「おぉ~い~! らい……!」
「………………っ!」
なんとにこにこ手を振りながら僕を呼ぼうとしたのだ。思わず目を白黒させながら梅干しを食べたように口を
確かに入り口付近にいる僕と、コートの中心に居る風花さんとの距離は離れているけれどもさ……っ!
(ここ、教室、ちがう。他の、学年も、集まる、体育館……!)
当然、羞恥心が
恥っずかしいよぉ……っ!
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