第50話 笑顔のために
その後昼休みに先生や風花さんが僕の荷物を持って来てくれたり、保健室で弁当を食べたり、女性養護教諭の霧山先生が湿布を腰に張ってくれたりと、ベッドの上で教科書を見て自習(たまにうたた寝)しながら放課後まで過ごしたのだった。
あ、早い段階で早退をオススメされたけど、あんまり家族に心配を掛けたくはないので丁重にお断りしたよ。
因みに職員室で会議があるという霧山先生からは、もう放課後なので保健室の鍵はこのままで自由に帰宅して良いことを言われた。……雰囲気や仕草の一つ一つが最後まで妖艶で、綺麗だったなぁ。
それはともかく湿布を替えた効果が出たのか、痛みは午前中よりも引いたみたい。カーテンに囲まれたベッドの上で身体の動きが制限された半日だったので、僕はベッドから降りると徐々に凝り固まった体をほぐすように両手を天に上げて背伸びする。
おぉう……きもちいぃ………!
「うん、午前中と比べてすごい楽になったかも。……さて、五時も過ぎたしそろそろ帰ろうかなぁ―――」
「あぁ来人くん、一緒に帰ろぉ。もう腰の具合は大丈夫なのぉ?」
カーテンを開けながら息を吐くようにして呟くと、なんと微笑む風花さんが治療台の上に足をパタパタさせて座っていた。……え、今日部活あるって言ってなかったっけ? 生地からピザを作るんだぁって言ってたよね!? なぜか沈んだ表情だったけどさ。
僕は若干テンパりながら、たまらず風花さんに問い掛ける。
「風花さん!? だいぶ良くなったけど……あれ、今日部活は!?」
「えへへぇ、サボっちゃったぁ。……あぁ、友だちに今日は大事な用事があるから行かないって伝えたからぁ、気にしなくても大丈夫だよぉ」
そう言ってぴょんっと立ち上がる風花さん。はい可愛い。
しかしまさかのサボタージュ。基本真面目な風花さんが部活をサボるのは本当に珍しい事なんだろうけど……何か家で外せない用事があるのかな?
心優しい風花さんだからこうして僕の心配をしてくれるんだろうけど、もし何か用事があるなら僕のことは良いから先に帰って欲しいなぁ……。
風花さんの重荷にはなりたくないし(しょんぼり)。
「ねぇ風花さん。僕、腰がだいぶ良くなったとはいえ、歩く速度はゆっくりじゃないとまた腰を痛めるかもしれないんだ。だから、何か用事があるなら僕のことは良いから先に帰って大丈夫だよ」
「……あぁ、なるほどぉ。むぅ……そう捉えちゃうのかぁ」
「…………風花さん?」
目の前に佇む風花さんは目を伏せながら小さな声で呟く。ん? そう捉えちゃうのかって……風花さんの用事だよね? え、大事じゃない? 僕にとってはすごく大事だよ? なんで難しそうな顔をしちゃってるのかな?
数秒間だけそうしていた彼女だけど、やがて顔を上げる。
「―――来人くんはいじわるだと思いまぁす」
「……へ?」
「せっかく来人くんの為に部活を休んでまで一緒に帰ろうとしたのにぃ、酷いこと言うなぁ?」
「え、だってさっき大事な用事って……」
「大事だよぉ?」
こてん、と首を傾げる風花さんと視線が交わる。しばらく無言。
………………。
……あぁダメだ。僕はきっと顔が真っ赤になっていることだろう。僕を映し出すつぶらな瞳に耐えることが出来ない。なんでこの子はこういうことをさらっと言うのかな……っ! 風花さんへの気持ちを自覚しているのとしていないじゃ破壊力が違う……っ!
僕は赤くなった顔を隠すようにさっと片手で覆いながら、ばっと視線を逸らす。
「そ、それじゃあ一緒に帰ろっか……!」
「うん!」
そして自宅へと向かう帰り道。荷物を纏めて高校を出た僕らは、コンクリートで固められた地面をゆったりとした速度で歩く。
僕らを包む優しい風は緑の匂いを運んだ。
僕と同様に足並みを合わせている風花さんは、何かあったときの為に僕の隣にて超至近距離で並んで歩みを進めている。
僕は平然としつつも、ずっと彼女のちらちらとした気遣うような暖かい視線を横目に感じていた。
その仕草が、その時間が、その想いが。なんだか新鮮でくすぐったくて。
「………ありがとう、風花さん」
「? どういたしましてぇ!」
僕が感謝を伝えると、風花さんは最初こそきょとんとしたけど、すぐさまその表情には満面の笑みが咲き誇る。
―――この笑顔を見続ける為には、僕には何が出来るだろうか。
昨日から痛みでしばらく眠れない中、ずっとそのことだけを考えていた。
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