第52話 天使と雨と体育祭 2




 女の子のように女々しく顔を両手で覆いながらダッシュで体育館から走り去った僕。購買スペースまで辿り着いた僕は、近くにあった複数の丸テーブルに手を置いて深く息を吐いた。


 ひっひっふぅー……あ、これラマーズ法だった。てっへ(やけくそ)!



「はぁ、はぁ……まさかあんなたくさんの人がいる状況で手を振ってくるなんて思いもしなかった……! はっずぅ……!」

「あぅ、ご、ごめんねぇ? 接戦した試合だったから思わずテンションが上がっちゃってさぁ……! 配慮が足りなかったねぇ……」

「ホントびっくりだよ。周りの生徒からも注目されかけてびくびくしちゃった……っへぇあんっ!!? え、風花さん!? さっきまで体育館にいたんじゃないの!? だいぶ距離あったよねぇ!?」



 想定してなかった声に驚いて目を見張りながら振り向くと、いつの間にか僕の背後に立っていた風花さん。申し訳なさそうにしゅんとした表情で僕の顔を上目遣いで覗き込んでいた。


 び っ く り ぽ ん ☆


 上は半袖の体育着、下は紺の長いジャージという格好の風花さん。その腰の部分には上の長袖のジャージを腰に巻き付けていた。

 うわぁ……! 他の人が腰巻スタイルだとイマイチ感が否めないのに風花さんがするとすごくカジュアルに見える……っ! キュートだよ! これぞ天使、カッコ可愛い形態モード……!


 と落ち着く為に若干ふざけたことを考えながら風花さんの行動力の早さに僕はびっくりしながら訊ねると、その後気まずそうに眼をスッと逸らした。

 ……え、なにその申し訳なさそうな表情?



「え、えへへぇ……。いやぁ、そのぉ……確かに来人くんが走って行っちゃったのは最初すこーしショックだったしぃ、むむぅって思ったよぉ? でもでもすぐにその後ぉ、来人くんの性格とか気持ちを考えずにやっちゃったなぁ、謝らなきゃなぁって思って、ちょうど試合が終わったところだったから急いで追い掛けてきちゃったんだけどぉ……そのぉ、ねぇ? すぐに来人くんの背中が見えちゃってねぇ……?」

「おーっと、なんかその後の展開が少しだけ分かったような気がするなぁ……! 良いよ覚悟は出来てるから大丈夫言って……!」

「えっとぉ、例えるならぁ……"わたし風花、ずっと来人くんの後ろにいるの"―――状態ぃ?」

「やっぱりメリーさん的な構図だったんだ!?」



 いや振り向いた時に知らないホラー的な女の子がいるよりも風花さんがいた方が何千倍も安心しちゃうけども! むしろときめいちゃうけども! きゅんきゅん!


 というか僕が走っている真後ろに風花さんがいても全く気が付かなかったって僕どれだけメンタル脆いんだよ!? しかも風花さんよりも走る速度が遅いという真実が明るみになった今日この頃、色々大打撃ですよこれ!


 なにより天使&風花さん上級検定の取得を夢見る僕にとって、風花さんがすぐ近くにいたというのにその気配に察知できなかったのはなんだか少し悔しい……っ!


 うぅ、風花さん。そんなチラチラと僕の反応を窺うような視線はやめて! そんな気まずそうにするくらいだったら『後から私に追い付かれるなんてぇ、来人くん走るの遅いんだねぇ……クソださぁい♡ 前世からやり直してぇ♡』とか言われた方がい……やっぱりいやだ!!


 可愛くて天使な風花さんからそんなこと言われたらきつい、死んじゃう、昇天しちゃう……っ(クソ雑魚メンタルびくんびくんっ)!


 ま、まぁどうせ陰キャでライトノベラーな僕だし? 基本登下校、高校の体育の授業しか身体を動かす機会なんてないから足が遅いのは当然なんですけどね!! ふんすっ。


 ……この前の筋トレの件、真面目に検討してみます。はい。


 僕は気を取り直しつつ、なんとか話題を逸らそうとさっきの試合に触れる。



「まぁいっか……そ、それよりもさっきのバレーの試合凄かったね! こう、正面からのスパイクを受け止めて正確にセッターに上げるなんてさ! あ、腕痛くない? 少し赤くなってるみたいだけど大丈夫? 冷やすの保健室から持ってこよっか?」

「……えへへぇ、うぅん、大丈夫大丈夫ぅ♪ すこーしだけひりひりするけど大したことないしぃ、しばらくすれば治るよぉ」



 風花さんの白く綺麗な肌の腕にじんわりと浮かんだピンク色。交互にその部分を手ででるように擦って、普段通りのにへらっとした笑みでそう答える。


 それは何度もボールの衝撃が直接肌に伝わった証拠。……まぁ勢いで聞いた部分もあったけど、さっきの風花さんの身を案ずる言葉に偽りはない。

 風花さんがそういうなら僕はそれを信じよう。うん。


 彼女の言葉に眉を下げた僕は、風花さんに話し掛けながらすぐ近くにある自販機へと向かう。そう、本来の僕の目的であるジュースを買う為だ。



「そっか、じゃあ風花さんが頑張ったご褒美に何か飲み物奢ってあげよっかなー。何が良い?」

「うわぁ、いいのぉ? 嬉しいなぁ! そ、れ、じゃ、あ……来人くんと同じのぉ!」

「あはは、前と一緒だね」



 隣でにへらっと嬉しそうにする風花さんにそう言いながら僕は微笑む。はぁ可愛い。


 前は麦茶だったからねぇ……。本当は今日も蒸し暑いから麦茶を購入しようとしてたんだけど、激しい運動を終えたばかりの風花さんも僕と同じものを所望しょもうする以上、飲み物の選択肢を麦茶だけに絞るのはいささ早計そうけい……!


 ならばどれにするか。目の前の客寄せ自販機が取り扱う商品は主にお茶、ジュース類、コーヒー類、スポーツドリンクといった大まかな種類に分けられる。

 風花さんが汗を流したことを考えるとコーヒーとジュースは論外。いやまぁ飲みたいときもあるだろうけど、僕的に運動後の飲み物としてはイメージできないからだ。


 となると残りはお茶かスポーツドリンクに絞られる。ただ暑いだけなら僕はもう迷わずにお茶を選ぶけど……現在風花さんは運動した直後で汗を掻いている状態。

 汗を掻いた後は体が冷えやすいので、体を冷やす飲み物である緑茶や麦茶などはNGだろう。


 つまり、エネルギー補給に最適なミネラルと糖質が含まれているスポーツドリンクがベストとみた(どやぁ)!


 ひとまず短パンの後ろのポッケに入れていた財布を取り出すと、自販機にお金を投入していく。えっ、スポドリ三種類あるし……!



「うーん、どうしよっかなぁ」

「いやぁ、激しく動いたから喉がからからだったんだぁ。もうたくさんあ―――っ」

「うん、これに決めた……っ! ……って、どうしたの風花さん?」



 がこんっという音と同時にピッピッピッピっと無機質な音が響く。


 取り出し口からスポドリを取り出して風花さんの方を向くと、風花さんは瞳の視線をあちこちに揺らしながら右手で左腕を押さえたまま固まっていた。……どうしたの風花さん? なんだか感情を全部押し込めたような表情になってるけど……?







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