第27話 天使からのお昼のお誘い



「………ふぅ」



 次の日、期末テストに出るという範囲を必死に覚えながら午前の授業を乗り越えた僕はゆっくりと息を吐く。

 現在お昼休憩の時間。教室内を見渡すと、クラスメートは各々友達同士で昼食を食べたり購買か他の場所へ行く為だろう、教室から出て行っていた。


 息を吐きながら思い出すのは、昨日の風花さんとのSNS上でのやりとり。


 いやぁ、思い込みとネガティブ思考が激しいのが僕の悪い癖☆ まさかお弁当のおかずの好みを訊かれるなんて唐突過ぎて陰キャな僕には想像できなかったよ……っ。


 でもいきなりどうしたんだろうね風花さん。トーク上で理由を訊いても、今日登校中にそのことを訊いてみてもにへらっとした笑みではぐらかされるし。


 まぁ可愛いからいっかって思っちゃったけどさぁ!


 僕は隣に座る風花さんにちらりと視線を向ける。するとそこには、何故か小風呂敷に包まれた弁当箱を二つも机に置いているではないか。

 というか、いつもお昼休憩になるとお友達が来るのに今日はまだ来ないね? いったいどうしたんだろう?


 と不思議に思って風花さんが取り出した弁当箱から目を離すと、にゅふりと口元を曲げた風花さんがいつの間にか僕を見ていた。びっくり。

 優しげな瞳をしている風花さんだけど僕は騙されないよー。だってこの口の形をするときはなにか悪戯を考えている時だからね!



「ねぇねぇ来人くん」

「……ん、どうしたの風花さん? さっきの授業で何処か分からない所でもあった?」

「うぅん、それは全く問題ないよぉ。そんなことよりもぉ―――」



 風花さんはいったん言葉を切ると視線を下に向けると、その目線の先にはお弁当箱が鎮座。


 その行動に僕は頭の中で疑問符を浮かべながら待ち構えるが、次に彼女が言い放った言葉は僕にとって衝撃的なことだった。



「お弁当作ってきたからぁ、屋上で一緒に食べなぁい?」

「………ふぇ?」



 ………………………ふぇぇぇ?






 がちゃりと屋上に繋がる扉を開けると、僕と風花さんは瞬時に感じた爽やかな空気に思わずといった形で声をあげた。うん、すっきりとした清々しい風だね。


 さて、多くの学校では基本的に屋上は立ち入り禁止の筈なのに何故足を踏み入れることが出来るのか。それはただ単純に、僕らが在学する私立白亜はくあ高校では校長の認可により屋上が開放されているからだ。


 屋上といってもただ殺風景なモノではなく、そこには緑豊かな花壇や観賞用の美しい花々が植えられたプランター、ベンチなどが設置されている。

 始業式の時に体育館の壇上で校長直々に、それ含め屋上を開放している理由を言っていた気がするけど……確か『君たちの一瞬一瞬の青春に幸あれ』的なことを言ってたような……。


 んー、まぁ言ってることは格好良かったんだけどね……。その話を清聴してから、あれ以来僕の中では校長先生は学生時代、青春敗北者の可能性が微レ存なんだよなぁ。


 ……もう好感度爆上がりだよっ(同族意識)☆

 


 それはともかく、屋上を見渡すと、綺麗に彩られた観葉植物や花に囲まれながら数人の生徒がちらほらと友達と一緒にお弁当を食べながら談笑していた。


 『天使』は清涼さが漂う爽やかな風によって少しだけ乱れた、ゆるふわカールボブな茶髪を手で整えるとどこかくすぐったそうに声をあげた。



「ひゃー、久々に屋上にきたけど良い天気だねぇ! 絶好のお弁当日和びよりだよぉ!」

「あ、あぁうん。確かに今日は気温的にはあったかいくらいだし、そよ風を感じながら食べる弁当って美味しいよね」

「うんうん! あぁ、ちょうどかげになってるあっちに座ろうよぉ!」



 風花さんは遮蔽物で日陰になっている地べたを指差すと、とててっと軽い足取りでそこへ向かう。未だこの状況についていけていない僕だったが、慌ててその背中を追いかけた。



 僕は少しだけひんやりとした地べたに座り込むと一息つく。あ、もちろん『天使』は砂埃とかで汚れない様に僕が脱いだ制服のブレザーを下に敷いてね。

 ……あれ、ほんのりと風花さんの頬が赤いのは気のせい?


 すると、風花さんは小さく擦れたような声でぽつりと呟いた。



「ふぇ、来人くんのブレザーの上に座ってるぅ………っ」

「あ、もしかしなくても嫌だったかな……。ごめん今日持ってきてた僕の使ってないタオル持ってくるね……っ!」

「……はっ、ち、ちがぁ……っ!? そうじゃなくってぇ、そ、そのぉ……あぁっ! っていうか来人くん地べたに座ってるじゃぁん! お返しに私のブレザーを下にぃ……!」

「ちょっ、言わせないよっ!?」

「!? うむぅ~~……!?」



 大きな声で慌てて何か弁明しようとしてた風花さんだったけど、とんでもないことを口走ろうとしてたので僕は隣でブレザーを脱ごうとしてる彼女の口を咄嗟に片手で塞いでしまう。


 だって日陰になってるこの場所に居るといっても屋上には他の生徒もいるのだ。断言出来る。『天使』のブレザーを僕が尻に敷いてしまったなんてもし他の誰かが知ってしまったら社会的に死ぬ。絶対に死ぬ!!

 あと風花さんもお返しとはいえ、僕の為に自分の制服を汚そうとしちゃメッだよ!!


 誰が聞き耳を立てているのか分からないからね。故に僕は慌てて風花さんの口元を押さえたのだが、『天使』に最後まで言葉を言わせないことに成功した僕は安心しながら息を吐く。


 しかし少しの間隔を空けて冷静になると、ふとある事に気が付きピシリと固まった。



(………あれ? 僕は今風花さんに何してる?)



 いや、冷静にならずともわかってる。この状態は―――、



「………………んふぅ~っ」

「………………………」

「すぅ~……ふぅ~……すぅ~、ふぅ~………っ」

「~~~~っ(声にならない叫び)!!!」


 

 咄嗟とはいえ、風花さんを見下ろす姿勢で横から伸ばした右手で彼女の肩に触れながら、左手で口を塞いでいた僕。

 表情を覗き込むと、彼女は見開いた瞳をぐるぐると回しながら上目遣いで僕を見上げ、言葉にならない声や呼吸を繰り返していた。


 風花さんの様子を見てまたも固まる僕だが、彼女の生暖かい鼻息や唇の形が塞いだ僕の手を何度もくすぐる。

 その事実と共に、今距離が近い彼女に対して僕が何をしているのかを意識したらもうダメだった。


 僕はすぐさまぱっと『天使』から手を離す。自分でも分かり易く動揺しながらもなんとか弁明を行なう。

 


「ごごごごめん風花さん! いやあのその自分でもどうしたら良いのか分からなくってだから咄嗟に風花さんの口を塞いじゃって……っ! 本当にごめんなさい!!」

「………………………あぁ、あうぅ……っ」



 僕は顔を真っ赤にしながらグルグルと目を回して狼狽えている風花さん。それもそうだろう。咄嗟にとはいえ、急に女子の身体―――彼女の口元を僕の手で強く押さえつけてしまったのは言い逃れの出来ない事実だ。


 驚いただろう。

 怖かっただろう。

 嫌だっただろう。


 僕は風花さんに頭を下げて土下座する。彼女の為にしてあげられるのは誠心誠意を込めた謝罪のみ……!


 しばらくのあいだ、土下座の姿勢を崩す事無く続ける。すると、頭上から風花さんの声が聞こえた。



「………じゃ、じゃあさぁ。……一緒は、どぉかなぁ?」

「? ……一緒って、なにが?」

「ブレザーの、上……二人で分け合って、一緒に座ろぉ?」



 土下座の姿勢から顔だけを上げた僕と、こちらを見下ろす『天使』の垂れ目な視線が交わる。


 顔が赤いままの彼女は未だ瞳が揺れながらも、僕のことをじっと見つめていた。




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