第28話 天使の強かさ




「………………………」

「………………………」



 お昼休憩で場所は屋上。日陰になっているこの場所で、僕と風花さんは超至近距離・・・・・で隣り合って座っていた。

 ただし、あれから一度も互いに喋ってない。うん、正直に言おう。すごーく気まずい。


 現在風花さんからの提案で僕のブレザーを地面に敷き、互いの肩が触れそうで触れないギリギリの間合いで一緒に座り合うという、通常であれば全身から隈なく砂糖を放出するアオハルな胸キュン展開が繰り広げられていた。

 きっと、第三者の視点から見ればそう見える筈だ。


 ただし僕の場合現在進行形で心臓を鷲掴みにされたような、ある意味胸キュンな状態だけどねっ! きゅんきゅん♡



 さて、恒例のおふざけはともかく、今も顔を真っ赤にしている風花さんはおそらく恥ずかしがっているのだろう。


 何故僕がそう考えるのかについては理由がある。始めは咄嗟に口元を力強く塞いだせいで、怒りと恐怖心がぜになってパニックになってしまったのだと思ったんだけど……もしそうだとしたら僕の存在自体怖がられて、一目散にこの場から離れて逃げる筈。いきなりただのクラスメイトである男子(僕)から口元を押さえられたんだからそれが普通の反応だろう。


 しかしそうはならずに、風花さんと肩を並べてこんな近い距離で座っている。それは何故か。


 僕は思う。これはひとえに、僕と風花さんの間に"席が隣同士でよく話す&シミュレーションに協力する異性"という他の男子にはないアドバンテージ(割合は多分後者の方が大きい)が確立されているからではないかと。……いや自慢じゃないよ!?

 それが、彼女が恥ずかしがっていると考えた理由。うん、きっとそうに違いない筈。

 


 でも問題はこの後である。恋愛経験が皆無で対女性対応力に乏しい僕(姉は除外)ではどうしたら良いのか全然わからない。


 風花さんとは逆方向を向きながらどうしようかと頭の中で考えを巡らせていると、それまでずっと静かだった風花さんから話しかけられる。



「ら、来人くん……っ! まず言っておくけどぉ……怒ってなんかないからねぇ? 最初はいきなりだったからすごーくびっくりしちゃったけどぉ、来人くんなりに私を気遣ってくれたんだもんねぇ?」

「え、あ、うん……そう、なるね」

「むぅ……私の目を見て返事してぇ」

「むぎゅ……っ!」



 気まずくて風花さんの目を逸らしていると、少し不機嫌そうにいきなり僕の両頬を自らの小さな両手で押さえ込む彼女。そうしてやや強引に風花さんと視線が合う。



「ねぇ、今こうしていきなり来人くんに触ってるけどぉ、嫌な気持ちになったぁ?」

「なってないでしゅ」

「それが私の答えだよぉ。もし見ず知らずの人からされたらその人が立ち直れなくなるくらい精神的に追い詰めながら怒るけどぉ、来人くんは別ぅ。だってぇ、まだ少ないだろうけど積み重ねてきた思い出があるからぁ」

「風花、さん……」

「まぁ来人くんは優しいからなぁ。自分から強引に異性に触れるのは抵抗があるからこそ土下座までしたんだろうけどぉ……キミの人となりを知ってる私としては別に嫌じゃなかったよぉ?」

「………っ!」



 真っ直ぐ見つめてくる風花さんにより、頬をぐにぐにと動かされるままの僕。


 心の底からそう思っているといわんばかりの表情に思わず息を呑む。目をパチクリしながら呆然としている僕に、そのまま風花さんは何かを思い付いたようににゅふりとした笑みを浮かべて言葉を続けた。



「あぁ、良いこと思いついたぁ。私ぃ、来人くんに付き合ってあげるぅ!」

「な、何に……?」

「自分から女の子に触る練習ぅ。苦手ぇ、なんでしょぉ?」

「はっ……!? で、でもそれはさしゅがに……っ!」

「だって来人くんは私のシミュレーションに協力してくれてるでしょぉ? 私も来人くんに何かしてあげたいなぁって思ってたんだぁ」

「あ、その……っ、うぅ……!」

「……もしかしてぇ、余計なお世話だったぁ………?」



 思いがけない唐突な風花さんからの提案に今度は僕が狼狽えるが、その様子を見た風花さんはしゅんとしながら不安げに瞳を揺らす。


 僕はというと、いきなりの内容に考えが纏まらずに戸惑っていた。肝心な時に今まで見ないふりをしていた臆病さが首をもたげる。

 しかし僕を思ってくれた風花さんにそんな悲しそうな表情をさせたくなくて、僕は急いで言葉を紡いだ。



「いやっ、全然っ、しょんなことないっ!」

「それじゃぁ決まりぃ! 私はこれからいつでも良いからねぇ? ……あぁそれとぉ、来人くんの苦手意識が無くなるまでぇ、私以外の女の子にはなるべく触らない方が良いかもねぇ。だってもし間違って今日みたいな事があったらぁ……来人くん嫌われちゃうもん。それは来人くんも避けたい事態だよねぇ?」

「あ……しょう、だね。……わかった、風花さんの言う通りにしゅるよ」

「よろしぃ。はぁい、それじゃぁこのお話はおしまぁい! ちょっと遅くなっちゃったけどぉ、お昼食べよぉ?」

「う、うんっ!」



 ゆっくりと僕の頬から手を離した風花さんは、持って来ていたお弁当を取り出した。



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