第26話 自宅にて 2




 結局あの後、くすぐったい感覚になんとか慣れた僕は彼女の腕を掴んでゆっくりと引き離す。

 僕の反応を一通り楽しんだであろう風花さんはどことなく名残惜しそうな表情を浮かべつつも機嫌良さげな顔を覗かせて高校へ登校、風花さんと他愛ない会話をたまに休み時間に行いながら普段と変わらぬ一日を過ごした。



 そして太陽が照らずとも空気中に纏わりつくじめっとした暑さを感じる夜。いつも通り宿題を素早く終えた僕は、小さな首振り扇風機を床にセットして自分の部屋でベッドに横になりながらラノベを読んでいた。

 白亜高校はあと一か月経たないくらいで夏休みに突入するが、世間の季節的にはもう本格的な夏に片足を突っ込んでいる具合の温度。あっつい。



 エアコンは無いのかって? あははやだなぁ、そんな高級品僕の部屋に設置されてるわけないじゃないですかーやだー。


 ………リビングと姉の部屋にしかねぇよっ!! なんだこの格差っ(悔し涙)!!!


 前に両親と姉に抗議した事があったけど、両親からは男なんだから我慢しなさいと言われ、姉からはドヤ顔で鼻で笑われて一蹴。

 ……もう圧倒的な家庭内権力差を実感したね。思わず寝るときに枕元を涙で濡らしたよ。ぐすん。



 僕がぺらっとぺージを捲ると暑さのなか仄かに香るのは独特の紙の匂い。いつも嗅ぎ慣れた匂いだが、何故今日は一瞬だけ鼻孔を掠めたのかと不思議に思うもすぐに解決。


 ラノベから目を話して視線を横に移すと、だいぶ使い古された『中』設定の扇風機がぶぅーんと音を立てて僕の火照った身体にずっとぬるい風を送り込んでいた。

 ……うん、あるだけマシなんだよね。温いけど。……温いけど(ここ大事)!! まぁ幼い頃から一緒に育ってきたブラザーだから文句は言わないぜ。



 窓を開けて涼しい風を部屋に入れようとも考えたけど、蚊が侵入してくるのが嫌なので即座にその考えはシャットアウト。

 蚊の羽音って何かに集中したいときは本当に耳障りだよねぇ。しかも気付かれずに血を吸っていくしさ。


 気配に紛れ、音も無く刺す。まさに『狂音の暗殺者モスキート・ザ・アサシン』(勝手に命名)と呼ばれる夏場の猛者もさだね。迷惑迷惑ぅ!



 と内心|毎年恒例になっている虫刺されに辟易しながらくだらない事を考えていると、枕元に置いていたスマホから音が鳴った。


 僕はおや、と目をぱちくりさせながらスマホへ視線を向ける。何故ならあれから久しく音が鳴る機会が無かったSNS内でのメッセージが届いた音だったからだ。


 背面になっているスマホを手に取りながら画面を見ると、現在の時刻とある名前、そして彼女・・のものだと一目でわかるアイコンが表示されていた。


 僕のスマホの連絡先とSNSは連動しており、もしその相手が件のSNSメッセージアプリをスマホに入れていたらその連絡先の名前がSNSにも表示されるようになっている(アプリ内で連絡先交換も可)。

 現在僕が登録しているのは家族である父母、姉、警察署、消防署、そして―――、



「風花さんからだ……! そういえば高校では席が隣だからよく話すようになったけど、こうしてメッセージが来るのはあれ以来かもしれないな……!」



 あれから変わらないおしゃれ感満載のアイコンと『Fu-ka Mikami/風花』と表記された、高校内で『天使』と呼ばれる美少女からのメッセージが僕のスマホに届いたのだった。


 僕は以前風花さんが送ったメッセージの最後の可愛い自撮り画像を思い出しながら呟く。


 すぐさま返事を返さなきゃと思った僕は、画面を指でタップしてパスワード解除、そしてそのままアプリの起動を行なう。

 おそいなー、こわいなー、読み取りマークがグルグルだなー。


 ゆっくりと起動する緑色の画面を見ながら、僕はその合間に何故風花さんが連絡したのか思考を巡らせると同時に独り言ちる。


 

「でもいったいどうしたんだろ。明日話すのでは遅い、なにか緊急の用事か……?」



 高校に教科書を忘れたから今日の宿題が解けないという内容だろうか。僕はさりげなくベッドから起き上がりながら、机の上に並べられた教科書を広げる準備を行なう。

 ふっふっふ、明日の授業で必要な教科書をバッグに入れられるだけにしているこの手際の良さよ!!



 やがてアプリが起動すると、風花さんのトーク内を覗く。そこには―――、



『やっほ~、ごめんねぇこんな時間にぃ。ちょっと訊きたい事があったんだけどぉ、良いかなぁ(´・ω・`)?』

『やっほー風花さん。全然いいけど何かあったの?』



 前回と変わらずの顔文字。カワイイ!


 ふふん、わかっているよ風花さん。宿題のこともあるけど、もうすぐ待ちに待った夏休みがやってくると同時に期末テストが待ち構えているからね。だからきっと教科書を見たいのだろう。そうに違いない筈。


 因みに我らが『天使』はゆるふわな雰囲気、もとい"ゆるふわイオン"を放出しているけど、勉学の成績は上位に食い込むほどの実力を持っている。

 そんな彼女が少しでも成績を落としたら彼女の印象的が悪くなってしまうかもしれない。そんな事態は絶対に避けなければ……いや、風花さんの学校中の好感度的にそうはならないか。うん。


 あれ、そう考えると万が一にも風花さんの成績が悪くなるとみんなのヘイトが僕に向かう場合がある? だって僕ほとんど教室内で風花さんと雑談してるし。


 ………………………やっばいどうしよう(ぶるぶる)!


 

 僕はスマホ片手に固まっていると、"ピロンッ♪"とリズムの良い音が鳴り響く。

 いずれ迫り来るであろう想像に思わず身震いしながらスマホの画面をのぞき込んだ。



「………え?」



 恐る恐る視線を落とすと、そこに書いてあったのはたった今風花さんから届いたメッセージ。だがその内容は全く僕が考えていた物とは異なるものだった。



『来人くんのぉ、好きなお弁当のおかずってなぁにぃ?(*´ω`)』



 好 き な お か ず !?



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