第16話 腹黒天使は溶ける

※昼休み中の風花ちゃん視点のお話です。





 蒼天のもと爽やかな風が吹き抜ける昼休み。私はりっちゃんと一緒にいつものベンチに座りながらお弁当の風呂敷を広げる。小さなピンク色のお弁当箱のふたをぱかっと外すと、私が朝に作った色とりどりのバランス良い中身が姿を現した。うん、自分で言うのもなんだけどとっても美味しそぉ。でも、


 じぃーーーー………っ。

 


「………風花」

「んぅ、なぁに? りっちゃん」

「一応言っておくけど、あたしの目の前で手の匂いなんて嗅いだら流石に引くわよ」

「や、やだなぁりっちゃん、ななな何のことか分からないなぁ……っ」



 手のひらをじっと見つめていた私に、コンビニで買ったであろうサラダにドレッシングをかけているりっちゃんが冷静に言い放つ。

 授業の合間の休憩時間に来人くんの頭を撫でたという事などを話していた私は思わず変な汗をかいた。


 ててて『天使』と評判の私が学校内でそんな変態的な行動する筈ないじゃぁん……! ただ唐突に手相を見たくなっただけだってぇ……っ! うわぁ、運命線ながぁい(声が上擦りながら)♪


 りっちゃんはコンビニで貰った余り物のお手拭きナプキンを私に渡しながら「まぁいいわ」と言葉を続ける。



「中学からの付き合いだし、風花の考えている事くらい分かるわよ。はい、お手拭き」

「……ありがとぉ。今度お礼に蜂の子入りの手毬てまりおにぎり作ってくるねぇ」

「それは分かりたくなかったわねー………本当にやめてね? フリじゃないわよ?」



 ウェットなお手拭てふきで両手をきながらお礼を伝える。ふきふき。

 りっちゃんがその後も焦ったような表情で執拗しつように訊いてきたから私は「あははぁ」と返事しながらあえて流してたよぉ。


 ―――だってりっちゃんが悪いんだよぉ? 授業中に何度かくしゃみをするふりをして自然に両手で口元を覆って匂いを嗅いだりぃ、頬杖しながら自分の頬に擦りこんだりしたとはいえ、まだまだ足りないもん。………ばれなきゃ平気、だよねぇ?

 えへへぇ。


 た、確かに直接両手で顔を覆って深呼吸しながら来人くん成分を堪能しようと一瞬だけ考えたけどぉ、それじゃぁ変態だもんねぇ……。

 つまりそれをしなかった私は痴女や変態なんかじゃぁないっていうことぉ(ドヤ顔)!


 まぁ衛生的にも昼食時に手を清潔にしないのは問題だから、惜しかったけど仕方なく手を拭いたけどねぇ。



「はぁ……でも風花を迎えにそっちの教室に行って隣の彼を見たらびっくりしちゃったわ。髪を切って目元が明るくなってるんだもの。案外風花の言う通り切れ長な目をしてるのね」

「でしょぉ? 切れ長でぱっちりして目力があって、いわゆる『アーモンドアイ』ってやつだねぇ。はっ………りっちゃん、まさかぁ……っ!」

「惚れてない。あたしは一目惚れとか一切しないタイプだし、それは風花も知ってるでしょ?」

「まぁねぇ」



 知ってた。でもだからこそ危ないんだけどなぁ。この学校の中で来人くんのことに詳しいのはお姉さんの次に私と、私から来人くんの話を聞いているりっちゃんぐらいだしぃ……。中身重視のりっちゃんだからこそその可能性も無きにしもあらずなんだよねぇ。


 もぐもぐもぐもぐ。―――まぁもしそうなったら親友でも容赦しないけどぉ。



 私はおにぎりを食べてるりっちゃんに小さな警戒網を張ると、お弁当をつつきながら至福の時間を思い出す。



 あんな優しく『いいよ、遠慮なく触って』なんて懐が深い台詞せりふ言われたら胸がきゅんってきちゃったよぉ。気分が高揚しちゃって思わず息を押し殺しながらハァハァしちゃったもん。気付かれて、ないよねぇ……?


 さらには彼らしからぬ『もっとして……』なんて言葉を訊いたときは一瞬だけ驚いて変な声がでちゃったけどぉ、もう、もうもうもう可愛くてゾクゾクしちゃったぁ……♡


 表情に出そうになったけどなんとか耐えたよぉ。返事の声は少し固くなったけど違和感は無いはずぅ。


 しばらく頭を撫でたり綺麗な黒髪をくしゃりと掴んだりしながらなでなでくしゃくしゃなでなでなでなでなでなでと手触りを堪能。周囲のクラスメイトが気にならないくらい夢中になって触ってたけど、変な声は出してないと思う。

 気分は来人くんなでなで職人。


 顔が赤かったし実際に恥ずかしいって言ってたから恥ずかしかったんだろうけどぉ、多分私も同じように頬が赤く染まっていたのかなぁ。……うん、きっとそう。だって来人くんに言われるまで時間や状況を忘れるほど集中してて、途端に羞恥心が芽生えたもん。


 最初から最後まで心がぽかぽかしっぱなしだったなぁ。……やばぁ、あの感触を思い出したらにやけてきたぁ。


 お弁当の味と共に来人くんの髪の感触に舌鼓したつづみを打っていると、隣に座るりっちゃんから指摘が入る。

 


「風花、顔、顔けてる」

「待って今戻すぅ……えへへぇ」

「はぁ………これは重傷ね」



 私は両手を使って顔をぐにぐにしながら表情を戻すように心がけ………たけどそれは一瞬。今は無理だよぉ、私の幸福感が十分に満たされているんだからぁ。でも変な顔になってませんようにぃ……!


 何とか表情を平常時に戻そうと頑張って努めていると、りっちゃんはひとつ溜息を吐く。



「まぁ精々嫌われないように頑張りなさいな。ただ、彼にぐいぐい行くにしても節度や距離感を忘れずにね、貴方たちまだ恋人でも何でもないんだから」

「こっ、こここここぉ……っ!」

「いやニワトリか」



 い、いやぁ、ここここぉ、こいぃ、こいびぃ、恋人ぉ! は、まだ・・早すぎるってりっちゃん……っ! そういうのは慎重かつ丁寧、そして綿密な計画を練りつつ外堀を埋めて相手を攻略した結果その地位を勝ち取るものであってぇ、それを掴み取る権利はまだ私にはないよぉ……!


 だって恋は妥協したら一生後悔するんでしょぉ? 前から読んでるウェブ小説にもそう描いてあったよぉ。私も同意見!


 だからまずは来人くんとどんどんお話やシュミレーションを通してぇ、私の存在を彼の心に刻まないとぉ、ねぇ。


 ま、まぁここだけの話ぃ、来人くんが私に向き合おうとしているのは実は彼も少しは異性として意識してくれているのかなぁとかぁ、ぐいぐい構ってった結果将来的にそうなったら良いなぁってずっと考えているんだけどねぇ!


 ……あ、そうなったら私もしかして本当に顔だけじゃなくて存在ごと溶けちゃうかもぉ。


 そんな関係になった姿を想像して思わずによによしていると、りっちゃんが隣で何か小さく呟いた。



「うわぁ……あっま。今日はブラック飲も」

「? 按摩あんまぁ? 私得意だからやってあげよっかぁ?」

「はいはいまた今度ね」



 んぅ? 私がさっきマスターした来人くんなでなで検定一級は親友であるりっちゃんにも有効だよぉ? なんでそんな胸焼けしたような渋い表情してるのぉ?




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