本当の金持ちは地味で質素に見えるらしいけど理由はわかる気がする
さて、高校二年生の夏休みも終わってしまった。
平均的な株価の上昇率は”前”に比べれば低いが、業績が順調な会社は基本的に”前”と同じであるということは確認できているので、持っている証券会社を通して買って持っていた株のうち上がった株は一度売りを入れて利益を確定させた。
「これでまた何十億かの利益は出たかな」
株や先物などの取引で、何億だの何十億だの何百億だの何兆だのという金額を動かしたとしても”前”の知識があれば損をしないというのは、まさしく
もっとも日本や世界の高額所得の多くは、そういった株などの取引による不労所得で、収入を得ていたりするのだが。
そして去年の2学期の初登校では、俺がジュエルスの作成者であることや谷津遊園のオーナーになったこと、高校生クイズで優勝したことがテレビで放映されたこともあって、大勢のクラスの人間から声をかけられることになったが、今年の夏休みは特にそういったこともなかったし、うちの学校の野球部が甲子園で優勝して、新聞やテレビで大きく取り上げられたこともあって黄色い声が上がっているのは野球部の一軍メンバーだな。
俺のほうは年収が手取りで5億になっていたらしいが、俺自身実感がなかったくらいだ。
「甲子園で優勝なんてすごいよね」
「プロ野球選手の奥さんになればテレビで結婚式とか映されちゃうかもね」
「将来有望だよね」
などという黄色い声が飛び交っているのは、ここが芸能学科だからでもあるのだろう。
で、俺のほうは北条先輩に声をかけられた。
「
「ん、了解。
ちょっと理事長室へ行ってくるよ」
というわけで理事長室へ向かうと理事長は満面の笑顔だった。
「今回も株の売却利益でだいぶ予算ができました。
そして野球部の甲子園優勝の宣伝効果は予想以上です。
わが校への野球の強豪校といわれる中学校からの入学希望者も相当数増えましたよ」
「ええ、甲子園優勝という実績があれば、当然そうなるでしょうね」
「しかし。たった一年で結果が出るものなのですね
正直に言えば本当に優勝できるとは、思っていませんでした」
「ええ、それだけ日本の野球の理論は遅れているのです。
体のつくり方をきちんと理解しないで、個人の資質だけに頼った精神論だけじゃ、アメリカのやり方に勝てないってことです。
もっとも、それは野球に限ったことではないですけどね」
「なるほど、そうかもしれませんね。
もともとこの学校自体がは女子高だったこともあって、男子生徒の入学者は多くなかったのですがそれも改善できそうですし、プロスポーツ科への入学者についての問題は解決できそうですね。
再来年には大学も開設できますが、経済学部の経済学科や経営学科のみならず、医療経営管理学科とスポーツ医科学科、短期大学ではこども学部の社会福祉学科、保育児童学科なども設置して小学校教諭二種免許状や司書の資格取得が可能とします」
「健康科学部なんかも設置して保健看護学科、リハビリテーション学科、理学療法学科、整復医療、トレーナー学科、看護学科なども賄ったほうがいいと思います。
医師や薬剤師はこれから過剰になると思いますが医師や歯科医師の指示の下に業務を行う医療従事者はおそらく不足するはずですしね。
できれば家政学部も欲しいですが」
実際にこの辺りは不足気味になるのだよね。
「なるほど、ではそれも検討してみましょう」
「よろしくお願いします」
「それにしても……」
と理事長が俺の姿を上から下まで眺めてからぽつりと言った。
「今や私よりも貴方のほうがお金持ちだというのに、全く変わっていませんからそうは見えませんわね」
「俺としては別に金持ちにみられる必要がないですからね」
これは”前”の転落人生の影響もあるとは思うけどな。
「そのほうがいいですよ。
お金は怖いですからね」
「ええ、その通りだと思います。
では失礼しますね」
下種な人間は金の臭いにつられて群がってきて、金がなくなればいつの間にか姿を消しているものだ。
それは男女親戚他人問わずだけど。
また本当の富裕層は金があるように見えることを避けて生活していたりもする。
人からうらやましがられるため、見せびらかすための買い物をすることもない。
まあ日本だけでなく旧家などの長い間の富裕層は、そもそもお金があるということを見せびらかさないものだ。
うちの家は江戸時代くらいから船橋に住んでいる分家だが、本家は漆喰の蔵付き塀付きの大きな屋敷に住んでいる。
だけど見た目はぼろいし、普段はすごく質素な生活をしている。
俺の先祖に当たる人たちは元々一郡総社葛飾大明神の神職の家系で、もともとは熊野神社だったものが
江戸時代に分かれた分家の先祖はその神社の札売りをしていたらしいな。
この神社は相当古くて文化7年(1810)年の葛飾誌略には「勧請より千有余年に及ぶとぞ」とあり、既に平安時代には熊野神社があったらしい。
で、熊野神社は、今ではほとんどは暗渠になってしまったが、昔は大川、新川などと呼ばれ、河川幅も広く鯉や鮒など多くの魚が生息していて、江戸時代には古作まで船が乗り入れていたという記録もある、昔はそれなりに大きい川だった葛飾川の流域にあって、今の国鉄ぐらいまでは海だったはずなので木下街道に近い、船着場のある町のかなり大きな神社だったらしいので結構裕福な生活をしていたみたいなんだな。
まあそもそも俺の父親が大卒の役職付き銀行員ということで、本当の富裕層ほどではないがそれなりに金には余裕がある生活をしていたということも理由にあるかもしれないが。
それはともかく、本当の富裕層はうらやましがられるための買い物などはしない。
自分が欲しいかどうかと本当に必要かどうか、それにコストパフォーマンスに見合うかどうかが大事なわけだ。
だから本当の富裕層は、衣服でも人の目には見えないところに地味には地味に金をかけ、派手なブランド物とかは持っていなかったりする。
その代わりタンスにしまわれている地味に見える羽織袴や着物が実は何百万円もするものだったりとかするんだけどな。
家も外見ではぼろかったり地味だったりするが、家の中の家具は地味だが高級な桐のタンスだとかで見る人が見れば建材も家具も一級品とわかったりするという。
要するに多くの富裕層は、見栄や虚栄心とは無関係なので、目立つことをしたところで、盗まれたり妬まれたり、悪い輩に目をつけられたりするだけで何もいいことがないということがわかっているんだな。
そしてお世話になっている人への気の利いた手土産を用意したり、人を呼んだ場合は奢るのを普通としたりもする。
基本的に信頼はそういった気配りなどでしかつかむことができず、信頼は金では買えないこともわかっているのだ。
だからといってあまり知らない人間へも気前よくするかというと、それはまた話は別で、特に初対面の相手を基本的には信用しておらず、初対面なのに”絶対儲かります”などという人間だったらば、すぐ追い払い塩をまいたりする。
すごい金持ちのビルオーナーなのに、地味な格好で廊下の隅々まで掃除をしている人がいたりもするのだが、廊下を掃除している清掃員に対して、オーナー目当てで訪れる人間がどのように対応するかでその人間の本性を知ったりもするんだよな。
金持ちは、相手にどう見られたいかでTPOに応じて服を選ぶが、それができる余裕もあるってことだろう。
まあ結局富裕層はただの消費はしないが、投資には金をかけるから金持ちなんだ。
むろん興味があること、学ぶことや健康などにたいしての投資は怠らないのだが、要は長い目で見て、かけたお金が帰ってくることにはきちんと使うわけだ。
結局の所、金は不幸を避けるための道具だと思って、必要なところにきっちり使うということが大事なんだとおもう。
だから身の丈にあった使い方が大事で、余裕があれば金儲けのチャンスだからと目の色を変える必要もなくなるし未来に希望も持てる。
逆に身の丈に合わない使い方をして、派手に見せびらかせたりしても、結局は他人の嫉妬を浴びるだけで、余裕もなくなる。
経済的なインフレがいいことではなく、インフレでも将来を心配しない心に余裕がある状態である社会的状況であることこそがいいことなのだ。
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