勇者の子孫-ゲノス-②
俺の突き出した右の長剣を悠々と受け止め、組み合った刃を滑らせてアルヴィアが肉薄する。
その向こう、クソ勇者が笑っているのが見えた。
どういうわけかアルヴィアは魅惑されていないらしいが――クソ!
(お前正気なら最初からそう言えッ!)
滑稽だって話さ、余計なことを口走った自分に反吐が出る!
不満を吐き出す俺にアルヴィアはどこ吹く風。
とにかく意識を切り換え、力を緩めることなく鬩ぎ合う俺にアルヴィアは腕を震わせてしれっと囁いた。
(短期間で血を吐くほど鍛えてきたので。二度目の失敗はありませんよ)
(知るか馬鹿。……右、左でいくぞ!)
俺は大きく身を引いて剣を返し、まず左の短剣を突き出してから間髪入れずに右の長剣を腹へと撃ち込む。
アルヴィアは己の剣を右腰へと引くようにして俺の短剣を逸らし、左足で大きく踏み込みながら体の左側に剣の柄を押し出すことで長剣を受け流すとそのまま切っ先を俺の腹へと向けた。
「ちっ」
飛び退く俺を追って突き出される剣。
鎧があるのをいいことに本気で突くつもりだなアルヴィアの奴――! 避ける身にもなれってんだ!
俺は胸のなかで盛大に文句を吐きながらアルヴィアの攻撃を躱し、クソ勇者側へと回り込む。
「はは、よく逃げる! アルヴィアを斬るかい『アガートラー』?」
「うるせぇ黙れクソ勇者ッ!」
……秘薬を呑んでいるぶん楽だが――そろそろ効果がいつ切れるともわからない。
クソ勇者と戦うってんなら早いに越したことはないだろう。
もう少し、ほんの数歩――そこまでいければ。
考えた瞬間、アルヴィアが踏み込んでくる。
飛び退く俺を見てクソ勇者は笑いながら玉座の後ろ――巨大な黒い釜へと続く階段をゆったりと上がり始めた。
特等席で見下ろすってか? ……ハッ、いいぞ。運が向いてきた。階段の上ってのは逃げ場を失うようなもんさ!
「舐めやがって――傍観するつもりか? 魔王が聞いて呆れるな!」
俺は言いながらアルヴィアの剣戟を躱し、いなし、位置調整を繰り返す。
……そうして階段の下までじわじわと移動し、クソ勇者を背にするアルヴィアと目が合った――その瞬間。
「そこだッ!」
俺は吐き出して踏み込んだ。
アルヴィアは俺の突きを躱すような動きで身を翻し、その横を抜けた俺は一気に階段を駆け上がる。
「覚悟しろクソ勇者ッ!」
整った顔立ちがよくわかる距離。
俺はぴくりと眉を跳ねさせた『アガート』へと剣を閃かせ……剣と剣、意地と意地がぶつかった。
ギイィンッ!
金属音が響き渡り、クソ勇者が口元を歪める。
「こんなことで僕を倒せるとでも?」
「ハッ、いい反応するじゃないか! まだこれからだ、楽しめよクソ勇者!」
「はぁ――ッ!」
俺の言葉に後ろからアルヴィアが剣を突き込み、今度こそクソ勇者の顔が驚愕に染まる。
ガギィッ……
「――くッ⁉」
赤い角を掠めたアルヴィアの一撃は直ぐさま引き戻され、俺は踏鞴を踏んで離れたクソ勇者へと追撃を振り下ろす。
しかしクソ勇者はそれ以上怯まない。
俺の長剣に向けて真っ向から刃を振り上げ、呆気なく俺の一撃が弾かれた。
――ま、それも狙い通りだけどな!
「アルヴィア!」
「相変わらず人使いが荒い――ですねッ!」
そこに赤黒い液体を跳ね飛ばしながらアルヴィアが迫り、クソ勇者へと凄まじい勢いで攻撃を始めた。
ごぼごぼと沸き立つ赤黒い液体が絶えず足下を流れ、ときおりボコリと弾けて悪臭を放つ。
それを跳ね飛ばし、散らし、弾けさせ、互いが一歩も退かない攻防が始まった。
「まさか魅惑されていないなんてね」
「ここで魅惑されてはたまりませんからね」
余裕綽々で話しているように見えるが、どっちも真剣そのものだろうさ。
そこで急激に体が冷えるような感覚が込み上げ、俺は小さく息を吐く。
薬が切れたか――。
秘薬が切れるのがもう少し早けりゃ危なかった――紙一重で運よく切り抜けただけってのはわかってる。
少しふらついたが迷わずベルトの革袋から秘薬を取り出して飲み下し、俺は強烈な吐き気を空気と一緒に呑み込んでから構え直した。
あと少しだ。
あと少し、それで終わる。
この肥溜めみたいな酷い臭いの塊の世界……クソ勇者ごと○△×※してやるってもんさ!
血が熱を持つ。体中が滾る。ばくばくと心臓が脈打ち、すべての感覚が研ぎ澄まされていく。
俺はアルヴィアとクソ勇者の攻防をじっと見詰め、隙を待った。
――そして。
「ふっ……!」
アルヴィアが息を吐きながら剣を左下から右上へと振り抜く瞬間、クソ勇者が目を見開いて唇の恥を吊り上げる。
低く重心を落としたその頭上、クソ勇者の髪をひと房斬り飛ばして振り抜かれたアルヴィアの剣。
当然その胴ががら空きになり、クソ勇者が反撃に出た。
――勝利を確信した者が生み出す隙は絶対の好機。
狙うはその首、ただそれだけ。
「そ こ だ――ッ!」
腹の底に力を入れて飛び出した俺はクソ勇者の横から思い切り剣を突き込んだ。
ビキィッ……!
しかし。俺の手に伝わったのはあり得ない衝撃。
咄嗟に頭を突き出したクソ勇者の赤い角にヒビが奔り、俺の剣が弾かれる。
「――ちっ、邪魔なもん生やしてんじゃねぇよ!」
吐き捨てた俺に、踏鞴を踏んだクソ勇者はゆらりと体勢を立て直して視線を這わせた。
ギロリと動くその目に明らかな『殺気』を感じ……俺は咄嗟に距離を取る。
「…………興醒めだよ。邪魔をするなアガートラー……勇者にでもなるつもりかな」
低く冷たい声が発せられたその足下。
ゴボゴボと赤黒い液体が波打つ。
どうしてかはわからないが……まるで笑っているかのように見えたそれに思わず眉を寄せて警戒した俺は――光が弾けるのと同時に世界が回るのを見た。
「がっ……はッ……⁉」
「アガートラーッ!」
アルヴィアの悲鳴に近い声が耳朶を打つほんの僅かな時間で――俺は階段の下に吹っ飛ばされて赤黒い液体のなかに転がっていた。
体中が痛みに軋み、四肢が震える。
――なんだ? いま、なにが……?
「僕とアルヴィア……血統を同じくする者同士の真剣勝負に無粋な真似をするからだよ――」
両腕を突っ張りなんとか上半身を起こした俺を階段の上から射るような視線で見下ろすクソ勇者は――切っ先をついと俺に向けた。
「ぐっ⁉ ガッ……あぐッ」
次の瞬間には、俺はあらゆる方向からの強烈な痛みにのけ反って再び赤黒い液体へと突っ伏していた。
その激痛は刃を突き込まれるそれ。
鎧を突き抜けた攻撃にどくどくと流れ出る俺の血が赤黒い液体と混ざりあってシュウシュウと音を立てる。
魔法ってやつだと気付いたときには遅かった。
クソ勇者の切っ先に光が収束して球となり――俺に向けて放たれたからだ。
ゴボゴボッ……
俺を取り巻く赤黒い液体が歓喜に震えたが――ハッ、ふざけんな!
「この○△×※が――ッ!」
こんなところで諦めてたまるかってんだよ!
俺は抗うために傷が疼くことも忘れて身を捻った。
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