勇者の子孫-ゲノス-

勇者の子孫-ゲノス-①

「おい待て! わかってんのかアルヴィア! そいつは――」


 言いかけた俺を右手で制し、アルヴィアは頷く。


「わかっています。……初めまして勇者様。貴公の子孫アルヴィアと申します」


 剣を構えて名乗ったアルヴィアとよく似た双眸を細めたクソ勇者は、その言葉を聞くと反対に剣を下ろした。


「――いい甲冑だね。エルフの魔法も掛かっているようだし――可動域も広そうだ」


 ……瞬間、アルヴィアも剣を下ろして頷いた。


「はい。なかなかの業物です。まるで体の一部のように動き、軽くて丈夫ですよ」


「おい、そんな話はどうでもいいんだよ」


 思わず呆れてこぼすと、勇者はふふと笑って左手でさらさらした髪を掻き上げた。


「僕の子孫と言ったねアルヴィア。待っていたんだ――王族に言われてここまで来たのだろう? 僕のもとに下るつもりはないかな」


「……下る?」


 かちゃりと鎧を鳴らして応えたアルヴィアに、クソ勇者が深々と頷く。


「王のために戦った僕は裏切られ取り残された。攻めてきた魔王ヘルドールは憐れな勇者を笑ったよ。仲間は屠られ……僕は彼を喰らい魔王となった。……魔族たちの多くは魔王が代替わりしたなんて知らないけれど、始祖と呼ばれる魔族の上位種とでもいうべき者たちは僕とともに歩むことを決めてくれた。……そこで思ったんだ、このまま僕がすべてを纏めればいいって」


「……勇者様は統治を望むのですか?」


 聞き返したアルヴィアに、クソ勇者は今度は首を振った。


「統治ではなく、僕が望むのは限りない平和だ。愚かな人族が再び魔族と争うのなら僕と君たちの力で押さえる……そうすることでほかの誰も犠牲にしない本当の平和をもたらすのさ」


 俺はその言葉にぴくりと眉を跳ねさせた。


 ――限りない平和? 誰も犠牲にしない本当の?


「魔族たちはこの百年、君たち人族を追い立てたり攻めたりしなかったはずだ。それはこれ以上を僕が望まなかったからで、魔族たちはいまの暮らしに満足していた……平和だったんだ。それなのにまた戦おうとした人族に……王族に従う理由がどこにある? 僕と一緒に魔族と人族の平和を掴もうアルヴィア」


 差し出される勇者の右手にアルヴィアが静かに視線を注ぐ。


 赤黒い液体が足下でごぽりと弾ける悪臭漂う世界で、煌めく甲冑を纏うふたりはどこか浮いていた。


 けどな……納得いかないってもんさ。


 俺はゆっくりと右腕を伸ばし――切っ先を勇者に向けて鼻を鳴らす。


 まだ体は熱い。秘薬の効果は残っている。


 やるならいまだ。アルヴィアがどう思ったとしても俺は譲らない。


「――なにが限りない平和だ? お前の頭は腐ってんのか? 誰も犠牲にしない? ふざけるなって話さ。なら俺たち『隷属』はなんだ? 儀式とやらのにえになった奴らはなんだ? なあ『アガート』、クソみたいな名前がクソみたいな娯楽になったのはお前の怠慢だろ?」


「……『アガート』?」


 アルヴィアが兜の下から聞き返す。


 俺はそれを無視して続けた。


「お前も王族とやらと同じだクソ勇者。俺たちを見捨てて傍観していやがっただけのくせに偉そうに。あの血塗れの娯楽があんたと同じ『アガート』なんて名前になったのも頷けるってもんさ。やっぱり思ったとおりだな、担ぎ上げられて調子に乗った大馬鹿者――」


「――その口を閉じてくれるかな」


 瞬間、俺の言葉に被せ、クソ勇者の口から冷ややかな乾いた声が発せられた。


 射るような視線は俺を捉えて放さない。


 明らかな『殺気』と『嘲り』に俺はくくっと喉を鳴らした。


「結局俺を見下してるだけだろうさ。さすが大馬鹿者だな」


「……まったく品がない人族はこれだから困る。さあアルヴィア、こちらに。このような男を隣に置く必要はないよ」


「――ハッ。もうお前のクソみたいな言葉に乗せられたりしないさ。――いいぜ、お前がその気なら次はちゃんと楽しませてやる」


 俺は腰を落とし足場を確かめる。


 絡み付くような赤黒い液体の下、ごつごつとした岩肌があるのが感じられた。


 そこでアルヴィアが鎧を鳴らして俺に向き直る。


「待ってくださいアガートラー、話はまだ――」


「黙ってろアルヴィア。よくわかった。そいつの平和とやらに俺たち『隷属』は入ってない――それがクソ勇者の望みなら俺は心置きなく○×△※するってだけだ。見るのが嫌なら下がれ」


「…………」


 アルヴィアは言い切る俺に「はぁー」とため息をつくと、再び体の前に剣を構えて勇者へと視線を合わせる。


 俺はその様子に眉をひそめ、それを見たクソ勇者は双眸を眇めた。


「――どういうつもりかな、アルヴィア?」


「……まったく。貴公は私の話を最後まで聞いてください――それも直してもらわねばなりませんね! ……勇者様、限りない平和には賛成します。……ただしすべての人族と魔族、ほかの種族たちにとっての平和に、です。私は――――」


 アルヴィアは兜越しにちらと俺を見て……笑った・・・


「アガートラーが隣に置けと言ったので同意したのです。これ以上、彼を侮辱することは許しません」


「――それが君の選択かアルヴィア。……戯れ言を」


 クソ勇者は低い声でこぼすと目を閉じて、右の指で眉間をぐいと揉みほぐしてから瞼をゆるりと持ち上げる。


「なら……言うことを聞いてもらうだけだね」


「ッ! アルヴィアッ、魅惑だ、見るな! ……おい!」


 咄嗟にアルヴィアとクソ勇者のあいだに体をねじ込もうとした俺は足を止めた。


 アルヴィアが剣をゆるゆると下ろしたからだ。


「クソッ、お前なにしに来たんだって話さ!」


 俺はすぐに距離を取り、笑うクソ勇者に向けて舌打ちをかます。


「はは……! さあアルヴィア。その汚い男を斬ってしまえ!」


「アルヴィアッ、しっかりしろ! 二度目だぞ馬鹿が! ……くっ⁉」


 瞬間、赤黒い液体を蹴散らして一気に踏み込んできたアルヴィアの切っ先が俺の左頬すれすれを抜ける。


 チッ、と音がして髪がひと房千切れたのを感じた。


 ――この状況は不利だろって話さ!


 流れるような動作で次の一撃……左上からの振り下ろしを繰り出すアルヴィアの剣を受け止め、俺はその兜に額をガツンと当てた。


 ……強く歯を噛み締めた俺からは兜越しに冷めた蒼色の瞳が見える。


 頭のなかにぎるのは最初に剣を交えた『アガート』の戦場。


 臆せず乗り込んできたくせに胸の奥には迷いを抱えていた星が革命を告げたあの日だ。


 ――本当に面倒臭いってもんさ!


 俺は思い切り息を吸って……吐き出した。


「――俺はお前を斬れないんだよッ! だから置いてきたってのに……それくらい察しろ馬鹿野郎がッ! 退けアルヴィアッ!」


 鬩ぎ合う刃がギリギリと音を立てる。


 そのとき、どういうわけかアルヴィアが形のいい眉を下げて困ったように笑ったのが見えた。


 白銀の甲冑を纏う騎士はそのまま俺にしか聞こえないほどの小さな声を紡ぎ出す。


(――右からいきますよ)


「…………あ?」


 ギィンッ


 金属音が耳に届き、風を斬って『俺の右側』から刃が閃く。


 俺はそれを受け止めて目を瞠った。


 ――おい。ちょっと待て。


 アルヴィアは力を緩めることなく兜越しにしっかりと俺を見詰め、しれっと囁く。


(馬鹿だ馬鹿だと言わないでもらいたいですね。貴公の優しさは称賛に値しますし、私が一番知っているつもりですけど)


「……ッ⁉」


(このまま勇者様のところまで回り込みますよ。次は左からです)


 驚愕に息を呑む俺から弾かれたように距離を取ったアルヴィアはすぐさま左から剣を振るう。


 三度みたび受け止めたところで……俺はヤケクソになって大声で言い放った。


「ちっ……ふざけんな! お前がその気なら受け止めやがれ! そら、突きいくぞッ!」


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