信頼の証明-プロバティオディアボリカ-⑦

******


 俺が話を終わらせると、疲れていたのかオッサンは眠ってしまった。


 胡坐を掻いたまま頭を垂れ、規則正しい動きで肩が静かに上下している。


「無防備に寝こけやがって……簡単に信じると痛い目見るぞ」


 俺がぼやくとマイルが笑った。


「まだそんなことを言っているのか? お前は見た目がいいのにどこまでも捻くれているな」


「あ? 喧嘩売ってんのか?」


 思わず睨んでやるとマイルは牙を見せてにやにやする。


 ちっ、なんだよその顔は。


「……とりあえず、アガートラー。この者たちはどうする? 野営とやらの場所を教えることはできるが、そこは……」


「そうだな。革命軍が攻めちまう。かといって連れていくなんてのは馬鹿がやることだ。一番いいのは俺が魔王ヘルドールを○△※×してやるまで革命軍に保護させることだが――そういや捕虜になった奴らの扱いがどうなってるのかは知らないな」


 応えるとマイルは胡坐を掻いたまま腕を組んだ。


魔王ヘルドールの城まではまだ半月以上あるし、ここに留まらせても食料が尽きるだろうからな……もしこの者たちが保護に同意するのならアルヴィア殿宛ての手紙を持たせてはどうだ? そうすれば酷い扱いは受けないだろう」


「……俺は文字を書けないぞ。お前が書けるならそれでいいが……アルヴィア宛てじゃ駄目だ。あいつの思考だと手厚い保護をしちまって反感買うだろうさ。……そうだな……書くならバリス宛てにしろ」


 言い切ると、マイルは驚いた顔で俺を見る。……同時にその尻尾が大きく縦に揺れた。


「書けるが……バリス殿宛て? 何故だ?」


「あいつは生きようとして足掻く奴を簡単に斬り捨てない。かといって手厚く保護なんてことはしない。丁度いいだろ?」


「……そう、なのか?」


「いまはたぶんな。前はもっとクソみたいな奴だったが」


「――ふむ。まぁお前が言うならそう……なんだろうな、たぶん」


「なんだよ、別に納得する必要はないぞ」


「いや。人族というのはよくわからないと思ってな。嫌っているようでよく見ている……お前がおかしいのかもしれないが」


「ハッ。本人目の前にしてよく言えるな」


「はは。とにかくそれで決まりだな。この者たちが起きたら聞いてみよう。アガートラーは先に休め。見張りは俺が引き受ける」


 マイルはにやりと牙を覗かせると槍を自分の横に突き立て、俺に向かって二度手を振った。


「……ふん」


 俺は鼻を鳴らしてそのまま目を閉じる。


 テントは張ってあるがマイルをひとりにするわけにもいかないだろうからな。


 ……雨は上がったようだ。


 思い切り息を吸い込むと、土と木と苔の匂いがする冷えた空気が肌を撫でていった。


******


 翌日。


 オッサンは提案を受け入れた。


 変な話にも思うが、結局町を焼いたのは龍だったこと、にえを使う儀式が恐ろしかったこと、なにより子供のためにいま力尽きるわけにはいかないことを理由に挙げた。


 マイルは畳まれた分厚い羊皮紙――家畜の皮で作るらしい――を引っ張り出すとバリス宛てに炭で手紙を記し、端をがぶりと噛んで痕をつけてからオッサンに渡す。


「なんで噛む必要がある?」


 俺が顔を顰めるとマイルは笑った。


「これは俺が書いたものだと証明するためだ。狼々族ろうろうぞくなら気付く」


「……へぇ。読めない俺にとっちゃどうでもいいが」


 俺は言いながら持っていた食料の一部と広域の地図を出す。


 これだけありゃ、とりあえず革命軍と合流することはできるだろうさ。


 最悪すれ違っちまったとしても狼々族ろうろうぞくの町にたどり着けりゃなんとかなる。


 俺は荷物をオッサンに向けて放りながら……ふと口を開いた。


「――おいオッサン、もしアルヴィアって甲冑の女に会ったら……」


「む。言伝か? 聞こう」


 するとオッサンが大きく頷いて聞く姿勢になり、俺は言葉を止める。


「……」


 ――言伝、ね。柄でもないか。


 俺はかぶりを振って「はあー」と深いため息をついた。


「いや、なんでもない。案外毒されていやがるもんだな」


 たぶん、あのお節介が移ったんだろうさ。


 オッサンは不思議そうな顔をしたが、横でマイルがにやにやしていたので尻尾を握り締めてやった。


 見上げれば枝葉のあいだから見える空は青い。


 さっさと魔王ヘルドールを○△※×しちまって……うまい『酒』でも楽しんでみるってのもいいかもな。


 俺は水を拭って畳み終えたテントを荷物に詰め込み、服に付いた汚れを払った。


「よし、そんじゃあなオッサン。クソガキは勝手にうろうろするなよ」


 俺が言うと、子供の魔族はオッサンのでかい手で押し出され――小さく頭を下げる。


「あ、ありがとう……ございました」


 その額から突き立つ角は魔族の証。


 それでもこうして頭を下げられるんだ、人族とだってやっていけるだろうさ。


 ……最初からそうだったら俺みたいなアガートラーは生まれなかったかもな。


「本当に助かった。こんなことを言うのもなんだが……道中気を付けてくれ」


 そう言うオッサンにひらひらと手を振って、俺はしっかりと一歩を踏み出した。


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